第109話 ルナ【アリソン視点】

 翌日、犬の魔物を連れてテディの家の前に行くとパンはなくなっていた。代わりに書き置きがあって、


「昨日一日なにも食っていなかったから助かった」


 と書かれていた。一体どういう生活をしてるんだろう。このままだとテイミングを教わる前に過労か飢餓で死んでしまうのではないか。それは困る。何も教わっていないので手伝えることなどないが、飢餓に関してはなんとかなる。毎日食事をおいとけば食べるみたいだから。


 そうケイトに相談すると、「喜んで手伝うわ」と了承してくれた。


「あの食事の代金は払います」

「いいのいいの。お金は気にしないで。昨日突然いろんなことを手伝ってもらったお礼だと思って」


 それにしてはお礼が多すぎる気がするけれど、アリソンはありがたくうなずいた。


「それと、その子は?」


 ケイトよりもメイドの方が気になったように犬の魔物を見ていた。


「ちょっと色々あって世話してるんです」

「あらあらかわいそうに。しばらくうちに置いておいてもいいのよ。この子犬に目がないから」


 ケイトはメイドの方をみて言った。メイドは「全力でお世話します」とうなずいた。


「この子の名前は?」


 ああ、決めてなかった。と言うより自分が決めていいんだろうかとアリソンは思ったが、仮の名前でもいいだろう。少し考えてアリソンは言った。


「ルナ……。ルナにします」




 それからは、毎朝城の周りを走り、それが終わるとケイトの家に行ってテイミングの勉強をしつつルナの面倒を見つつ談笑、夕食と朝食の二食分料理を作ってテディの家の前に置いてまた城に戻るという生活が続いた。ルナにも餌をあげているけれどテディにも餌をあげてるみたい。テディは魔物の世話をしているみたいだけど、私はテディの世話をしてて、それってつまり間接的に魔物の世話をしてるってことじゃない、と考えたりした。


 結局、テディの姿を見かけたのはケイトに声をかけられてから一週間経過した後。そのときアリソンとコルネリアはメイドを手伝って庭の手入れをしていた。昼で、まだは高かった。


 テディはこちらをみてぎょっとしていたが、アリソンもまた彼の姿をみてぎょっとした。目の下に深いクマがあってまったく寝ていないのがわかる。これで食事をろくにとっていなかったら本当に死んでしまったのではないかと思うくらいに。


「アリソン、何してるんだ?」


 テディの声にはっとしてアリソンは近づいていった。


「庭の手入れだけど、え、大丈夫? 絶対寝てないでしょ」

「目を離せない魔物がいたんだ。今日やっと落ち着いたよ」

「そう」


 彼にとってもイレギュラーだったんだろう。最初に会ったときはこんなに疲れていなかったし。


 テディはケイトの家の方を見て、それから言った。


「食事をありがとう。ものすごく助かった。作る時間なんてろくにとれなかったからな。食べる時間もなかったと言えばなかったが、……恐ろしくうまくていつの間にか楽しみになってたよ」

「でしょ? っていっても私は少し手伝ったくらいだけど。忙しくて食べずに死ぬんじゃないかって思ったの」

「ああ、食わなかったら倒れてたかもしれないな」


 彼はニッとほほんだ。


 そこで奥からケイトが出てきた。彼女はテディに気づくと姿勢をぴっと伸ばしてスタスタと歩いてきた。


「やっと来たのね、あなた。アリソンがどれだけ待ってたと思うの? 最初家の前で座り込んでたのよ」


 アリソンは苦笑した。ケイトに声をかけてもらえなかったら一週間家の前で座り込んでいたのかと思うと、本当にケイトに感謝しかなかった。


 テディは驚いてアリソンを見ていた。


「何でそんなことを?」

「あなたがテイミングを全然教えてくれないから! 本だってもう読み終わっちゃったし、それにここの空気にだってもう慣れた。ここにきてからもう一げつ以上ってるんだよ?」

「ああ、悪い。忙しすぎて時間の感覚が。そうか。もうそんなにってたか」


 テディは額に手を当ててうめいた。


「それで、教えてくれるの?」


 アリソンが尋ねると彼は額に当てていた手を顔を拭うようにして下げ、言った。


「ああ。明日……明後日から教える。今日明日は寝る」

「そうして。疲れ過ぎて倒れられても困るから」


 テディはうなずいてケイトの方を見ると、今までで一番礼儀正しく言った。


「食事から何から何まで大変申し訳ありません。お世話になりました」

「お世話をしたつもりはないわ。私はアリソンと一緒にお茶をして食事をしていただけ。あなたのお世話をしていたのはアリソンよ。本当はあなたがアリソンのお世話をしなければならなかったのではなくて?」


 テディはまたうめいた。


「ぐうの音も出ません」

「まあ、あの彼も忙しかったんですし……」


 アリソンは弁護したが、ケイトは譲らなかった。


「教えるならちゃんと責任を持って教えなさい。忙しくなるのがわかっているなら連絡しなさい。今度アリソンを待ちぼうけさせたら許しませんからね」

「…………はい」


 テディは崩れるようにうなずいた。何というかビーにもケイトにも怒られて、その上疲れでぐったりしていて彼はどんどん小さくなっていくような気がした。




 待ちに待った二日後、テディの家に向かう途中、ケイトの家の前を通ると、メイドとともに彼女は出てきて、アリソンにカゴを渡した。


「お昼に食べて」

「ありがとうございます!」

「いじめられたらすぐに言うのよ。コルネリア守ってあげて」

「当然」


 コルネリアが答えて、アリソンは笑ったがケイトは本気だった。そんなに頼りないかな、私。


 二人に手を振って、テディの家の前に立ち、深呼吸をしてノックする。すぐに出て来たテディはおとといより目の下のクマが薄くなっている。しっかり眠ったんだろう。彼はアリソンのもっているカゴを見下ろした。


「朝食か?」

「昼食!」


 テディは腹をなでて下唇をむ。我慢してる我慢してる。カゴから視線をそらすことに成功した彼は今度はアリソンの逆側の手を見た。アリソンはルナを抱きかかえている。あれから大分傷は治って毛も生えてきたが、まだ苦しそうにしている。


「それは……ダークガルムだな。どうした?」

「ちょっといろいろあって」


 アリソンはウィルフリッドとの間にあったことをテディに話した。彼は徐々に表情を険しくして、最後にはアリソンよりいらだっていた。


「ひどいな。俺ならぶん殴ってたが……そうか、相手は魔力至上主義者か。テイマーを馬鹿にしてるやつらだな」


 その言い方から彼は当然そうではないのだろうと察した。


「あほみたいだよな。信じてるのは何も考えてないやつだけ、こわだかに主張してるのはなにも考えていないやつを動かしたいやつらだけだ。恐怖は人を動かすからな」

「まるで自分は色々考えてるとでも言うみたいだね。忙しすぎて食事もろくにとれなかったのに」


 テディはうめいた。


「とにかく、そのダークガルムを診てみよう。俺は少しは魔物に詳しいからな」



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次回は火曜日更新です。

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