第108話 ウィルフリッドにいじめられている子犬【アリソン視点】

 城に戻ろうと城のすぐ外のくるわを歩く。あたりは暗く、歩いている人は見当たらない。アリソンふと、声を耳にした。

 

「使い物にならないな! オラ! 魔力を流せ!」


 アリソンはげんな顔をしてコルネリアを見る。


「なんだろう」


 コルネリアは首を横に振る。声のする方に歩いて行くと、男が一人棒を手にして立っていた。彼をどこかで見たことがある。どこだろう。暗くてよく見えなかったが、建物からの光に顔が見える。赤ら顔。中肉中背。ノルデアの港ですぐにビーに近づいてきたあの男だ。ビーが嫌なやつだと言っていた。


 彼は棒を振っている。見ると彼の足下に黒い塊がうずくまって震えている。また棒が振られ、その黒い塊が「きゃん」と悲鳴を上げる。

 犬の魔物だ。体から毛が抜け落ちて地肌が見えている。


「ちょっと!」


 アリソンは男に近づいた。男ははっとしてこちらを見たが、近づいてきたのがアリソンだとわかるとふっと息を漏らした。


「ああ。あなたですか。何の用です? 私は今忙しいんです」

「その子をいじめるのをやめなさい」

「いじめる? 違いますよ。しつけているだけです。魔力量が多いからと手に入れたのに、まったく魔法を使えない。魔力を流すことすらできない出来損ないです。オラ! 言うことをきけ!」


 また棒を振り下ろそうとして、犬の魔物は目をつぶった。

 アリソンはその腕を握って止める。男はけんしわを寄せてこちらをじっと見る。


「何です? 邪魔をしないでください」

「やめなさいって言ってるでしょ!」


 男は冷たい視線でこちらを見ると、言った。


「テイミングをするためにここに来たとおっしゃっていましたね。あなた、魔力が少ないんでしょう? だから魔物なんかの魔力を当てにしている」

「それが何?」


 男はクツクツと笑った。


「恥ずかしいと思わないんですか? 自分の魔力が少ないなら、そのまま惨めに生きていくべきです。テイミングなどという無粋な方法で魔力を得るなどごんどうだんです」

「あなたには関係ない。このことについて話すつもりもない。今はその魔物をいじめるのをやめなさい」

「関係ない? 大ありです。魔力の少ない者は魔力の多いものに服従すべきなのです。力でねじ伏せられる前にね。さあ、あなたも魔力が少ないなら、黙ってここから立ち去りなさい」


 アリソンは首を横に振った。もう犬の魔物を助けるためと言うより、この男、つまり魔力至上主義者に反発していた。彼はアリソンの父や兄にとてもよく似ていた。魔力がないと言うだけで見下してくる。


 男はさらにむっとして、腰からペンを取り出した。コルネリアが盾の姿になる。じりじりと間合いをとる。と、通路の方から男たちの笑い声が聞こえてくる。多分騎士たちだろう。


 ペンを構えていた男は舌打ちをして、ベルトにしまった。


「ここではいけませんね。けれどこのままでは済ませません。魔力の少ない身で私に反発したことを後悔させてあげます。アリソンと言いましたね。ウィルフリッド、それが私の名前です。覚えておくように。助けを求めても意味はありませんよ。だって、あなたは魔力が少ないんですから」


 ウィルフリッドと名乗った彼はそう言うと、足下にうずくまる犬の魔物を見下ろした。


「こいつはもう用済みですね。まったく魔力があっても外に出せないならなんの意味もありません」


 そう言って、彼は犬の魔物を蹴り飛ばした。アリソンはぎょっとして魔物に駆け寄る。ただでさえ苦しそうなのに、ますます弱ってしまっている。


「なんてことするの!」


 アリソンは叫んだがウィルフリッドはすでにその場にいなかった。




 アリソンは犬の魔物を抱きかかえたまま自分の部屋に駆け込んでベルを鳴らす。本当にすぐにメイドが駆けつけた。申し訳ないと思いつつ、城にいる医者のところに連れて行ってもらった。医者は「専門じゃない」とは言ったが一応は治療してくれた。骨が折れているわけではないと聞いてほっとする。体の傷がひどいがポーションや薬を使えばなんとかなるとのことだった。


 それでもひどく衰弱している。犬の魔物は光の下でも黒く、背中に翼が生えている。体はやっぱり毛が抜け落ちてまだらに地肌が見えている。腹部にはベルトを巻いていて、その中央にアニミウムらしき金属が埋め込まれていた。アリソンはそれを見たことがあった。


 医者もそれをみるとつぶやいた。


「おそらくは魔力中毒症だね」

「やっぱり」


 アリソンはコルネリアに尋ねた。


「これ……ニコラがつけていたのと同じかな」

「多分そうだろうな」


 ウィルフリッドはこの子には魔力が多いと言っていた。人間と違って魔力を循環する器官がある魔物が魔力中毒症になるなんて相当魔力があるんだろう。そう一瞬考えたが、ウィルフリッドはこうも言っていた。


――まったく魔法を使えない。魔力を流すことすらできない出来損ないです。


 コルネリアに確認すると彼女はうなずいた。


「魔力を流せないってことは多分魔力を循環する器官の方に問題があるんだろうな。ウィルフリッドは商人かだれかにだまされでもしたんだろ。魔力中毒症を患う魔物なんて魔力が大きいに決まっているとかなんとか言われてさ」


 アリソンは「そういうこと」とうなずいて魔物をじっと見た。ベルトについているアニミウムは小さすぎるように思う。医者も同じことを考えたようでうなった。


「これでは魔力を処理しきれない。これを使うといい。人間用だが少しは改善されるだろう」


 医者はアニミウムのついたベルトを犬の魔物につけてやる。と、体から黒いもやのような魔力があふれ出した。これは……


「闇の魔力だな。この子は元々闇属性を持っているんだろう」


 医者はそう説明してくれた。闇属性ははっきりとみえるものらしい。治療代を払おうとしたら首を横に振られた。


「お客様だとメイドからいわれているからな。そこら辺の代金は気にしなくていい」


 アリソンはなんども医者に感謝して部屋にもどった。


 犬の魔物は体から黒い魔力をあふれさせていたけれど、先ほどよりは苦しくなさそうでおだやかに眠っている。この子をなんとかしてあげないと。




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次回は土曜日更新です。

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