第107話 老婦人ケイト【アリソン視点】
老婦人は
「いい人だな。女の子が一人、外で座ってるのを見かねて声をかけたんだろ。……もしかしたら、そこに座っていられると周りから何を言われるかわからないから、それなら家に招き入れた方が外聞がいいって話かもしれないが」
「え! あ、そういうこと!? 本当に仕事があるわけじゃないの!?」
「結構でかい家じゃん。メイドくらいいるよ、絶対。……ほら」
コルネリアが視線を送った先で、老婦人が家から出てきたメイドと話している。アリソンは「うわあ」とうなだれた。
「申し訳ない……」
「ま、それもこれもテディのせいだけどな。……アリソンがそう言っちゃったし」
「聞いてたのね! ああ……重ね重ね申し訳ない……」
アリソンは両手で顔を覆った。何でいっつもこんなに考えなしなの、私!
「さあいらっしゃい。まずはお茶でもどうぞ」
老婦人に言われてしょんぼりしながら家に入って行った。
応接間に通されてメイドが紅茶を持ってくる。アリソンは老婦人に深く頭を下げた。
「すみませんでした。あの、本当に何も考えてなくて」
老婦人は紅茶に口をつけて、ほっと一息つく。
「さて、何のことかしら。あなたに謝られることなんて一つもありませんよ。本当に私はお仕事をお願いしたかったんです」
メイドが大きく
「実はお客様を呼ばなければならないのだけど手違いで料理が足りなくてね、その準備をしたいのよ。あなた――ああ、ごめんなさいお名前も伺ってませんでしたね」
アリソンは自分とコルネリアの名前を告げた。老婦人はケイトと名乗った。
「二人とも、料理はできる?」
そう言われて少し悩んだ。最後に料理をしたのはいつだろう。冒険者としての依頼で遠出をしたときに野宿する必要に迫られて、ウサギの魔物を焼いて食べたとき、かな。果たしてそれを料理と呼べるのかは不明だ。
「……ちょっとした手伝い程度なら、コルネリアも。最近は包丁より剣の方を使っていたので」
「包丁を使えるだけで大丈夫。さて、時間もないしそれじゃあ始めましょうか」
アリソンはあわてて紅茶を飲み干すと立ち上がった。
キッチンに向かうと大量の食材が並んでいた。その一角に陣取る小さな野菜の山。その皮むきを延々とやるのがアリソンに告げられた仕事だった。見たことのない野菜で、大きさも色も栗みたいだったけど、形は球体に近いよくわからない野菜だ。それが百以上あるものだからケイトとメイドの二人でやるのは確かに大変だったろう。皮をむいた野菜は鍋に次々放り込む。コルネリアは大雑把なので皮どころか身も大分えぐってむいていて、メイドやケイトに怒られていた。
「ちまちました作業は苦手なんだ!」
「外で暇して待ってるよりずっといいでしょ!」
アリソンがいうとコルネリアはむすっとしていた。
ようやくすべての皮むきが終わって、他の食材も切り終わる。外は夕暮れが迫っていて、ちょうど夕食時だった。ケイトはほっと安心したようにつぶやいた。
「ああ、おかげで間に合ったわ。ありがとう。お礼と言ってはなんだけど、一緒にお食事しましょう」
そう誘われて、アリソンは頷いた。あの小さな野菜の味が気になったのもあるけれど、メイドがキッチンから漂わせる匂いに抗うことができなかった。
しばらくしてやってきた客というのは近所の老婦人がたで、ケイトは彼女たちにアリソンとコルネリアを紹介してくれた。
「あらあら、どうもありがとうね」
彼女たちは微笑みをたたえてアリソンとコルネリアの手を握った。夕食は城で食べるものよりもずっとおいしかった。
さて、当初の目的を忘れかけていたけれどテディを待っていたのだった。アリソンは夕食後、ケイトの友人たちを見送り、片付けまでしたが、ついにあの家に明かりがともることはなく、テディは戻ってこなかった。一体いつ帰ってるんだろうか。ちゃんと食べてるのかと心配になる。
「今日はありがとうね。またいつでも遊びにいらっしゃい」
ケイトが微笑んで言うとアリソンの視線を追った。
「ああ、今日は結局戻ってこなかったのね。じゃあ、また明日うちにいらっしゃいな。紅茶とちょっとしたお菓子を用意して待っているから」
「ありがとうございます」
アリソンは微笑んでケイトの家を出ると、そういえば城からパンを持ってきたんだったと思い出して、一度ケイトの家にもどって紙とペンを借り、「よければどうぞ」と書いて布にくるんだままのパンと一緒にテディの家の前に置き、その日は城に戻った。
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次回は火曜日更新です。
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