第106話 テディが教えてくれないので居座る【アリソン視点】

 アリソンは城の周りを騎士に混じって走っている。どうしてそんなことをしなくてはならないのかというと、単純に空気への順応が足りていないから。金魚鉢みたいな魔道具を外せたからと言ってすぐに運動ができるようになるわけもない。空気が薄いことに変わりはないので、走り回って慣れる必要がある。

 

 これが、きっつい。


 一日目は城を二周しただけでばったりと倒れてしまい騎士たちにお世話になって運ばれた。ものすごく恥ずかしくて、自分の限度というものを自覚して走らなければならないなと反省しつつ、けれど甘えることなく走り続けて今日で一げつ、城を十周したところで伸びをして額の汗をぬぐった。


 この一げつただ走り続けていただけではない。アリソンはテディに渡された本を読み、それだけじゃどう考えても理解できなかったので質問しつつテイミングについての知識を学んでいった。


 テディは、

「質問があれば紙に書いて家の扉に挟んでおいてくれ。見たら答えは同じ場所に挟んでおく」


 そう言ってすぐに魔物の世話に行ってしまった。アリソンの質問に対しては端的に答えてくれたけれど、答えてくれただけでそこから派生する知識――例えば類似する事例、前提知識、応用――についてはまったく教えてくれることがなかったので仕方なく自分で本を読んで理解していった。


 これで本当に教えているつもりなんだろうか。頼り切るつもりはないけれど頼りない。そもそもテディは寡黙で、いつもせかせかと動き回っている。


 テディが暮らすテイミングの師匠の家は城からすぐのくるわにあったが、実は別に土地を持っていてそこで魔物の育成をしていた。それがどうやら忙しいらしい。


「このままじゃいつまでってもテイミングなんかできない!」


 それでアリソンは一げつ目の今日、テディが暮らす家の前で待ち伏せをすることに決めていた。どのくらいかかるかわからなかったので城の料理番に頼んでパンにハムを挟んだものを用意してもらい、寒くなってもいいように毛布くらい分厚い羽織るものを持って、家の前に陣取った。


「準備ばんたん!」


 コルネリアは庭先をうろうろしながら尋ねた。


「どのくらい居座るつもり?」

「テディが来るまで」

「暇だなあ。ま、ビーに頼まないだけ偉いと思うけどね。自分の力でやるんだろ」

「あ、その手があったの忘れてた」


 ほんとに忘れてた。最初から頭になくて、なんとしてでも直接教えてもらうという気でいた。ちょっとイライラしてたから、直接言わないと気がすまないというのもあったけど。


「前言撤回する。アリソンは馬鹿だ」

「なによ! もう!」


 アリソンは近くにあったたるのようなものを引っ張ってきて玄関の前に置き、そこに毛布をのせて座った。テイミングに関しての本を開いて読む。この本はテディに貸してもらったものではなく、ペネロペの蔵書の一つ。あのお姫様は乱読派らしく、この小難しい本も子供用の絵本と料理のレシピの間に挟まって地面に積み重なっていた。


 どのくらいそうしていたのかわからない。コルネリアは手入れのされていないぼうぼうと草が生えた庭に寝転がってうたた寝をしていたし、アリソンも本に夢中で気づかなかった。


「あなた、その家の前で何をしているの?」


 そう声をかけられて顔を上げると目の前に老婦人が立っていた。が、顔を上げたまさにその場所に目と鼻があって、アリソンは最初魔物か何かに襲われたのだと勘違いした。


「うわあ!」


 と声を上げてバランスを崩し、本を投げ飛ばさないようにするのに精一杯で、そのまま後ろに倒れてドアに頭をぶつける。本は抱えていたから無事だったけど、後頭部がズキズキと痛んだ。


「まあまあ。ごめんなさいね」


 老婦人は口に手を当てて驚いていた。本当に悪気はないみたいに。この近くに住んでいる位の高い家の人間なのだろう、きちんとした身なりをしている。としは六十から七十代だろうか。顔を見ればそう判断できるが体全体を見ると明らかに若く見える。背筋がピッと伸びていてそれも若さの要因になっていた。


 アリソンはなんとか立ち上がって、服の土を払うと、先の質問に答えた。


「あの、テディを待ってるんです。教えてもらいたいことがあって」

「あら、そうなの。あのしかめっ面の男の子でしょう?」


 男の子と言うとしではない気がしたが、彼女にとっては男の子なのだろう。アリソンはうなずいた。


「この家の人も大概変な人だけれど、あの男の子もまあおかしな子よね。挨拶しても仏頂面で」


 あはは、とアリソンは愛想笑いをする。教えてもらう手前あまり文句を言うわけにはいかない。


「ねえ、あなたここで暇なのかしら? 一緒にいるあの子は暇そうだけれど」


 老婦人はコルネリアの方を見る。彼女は口を開けて完全に眠っている。


「ええ。まあ。そうですね」


 テイミングの本を読んではいるけれど、実際そろそろ体を動かして実践しないと理解できない部分に入ってきていた。記述も、「魔物からこういう反応が返ってきたら」という前提で書かれていて何度読んでも理解できないというのがざらだった。


「ものは相談なんだけれどね、ちょっとしたお仕事を頼みたいのよ。それほど難しいものではないのだけど人手がほしくてね。きっとここで待っているよりいいと思うの。私の家はすぐ目の前だから」


 アリソンはそのすぐ目の前にある家を見上げた。


 そこそこ大きな家だ。テディを待っている間にドアの前で座り込んでいた師匠の家の三倍くらい。庭は手入れが行き届いていて、花が咲き乱れている。少し離れた場所には野菜や果実なんかがが植わっている。確かにそこからならこの家も見えそうだ。


「それじゃあ、はい、わかりました」

「よかった。じゃあ私の家にどうぞ。二人一緒にね」




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次回は土曜日更新です。

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