第105話 呆然

 屋敷から出たあとも俺はぼうぜんとしていた。考えるべきことが多すぎて理解が追いつかない。隣を歩くトモアキは小さく息を吐き出した。


〝誰でもはじめはそうなる。特に『七賢人』と出会ったあとに知った者はな〟


 俺は目頭を押さえて考え込み、それから自分の口で、尋ねた。


「俺は……俺は、人間じゃないんですか?」

「いや、れっきとした人間だ。ただ、その体の一部に『箱』の特性を持つというだけだ。ある意味ではホムンクルスとは別の形でサーバントと一体になった人間とも言える」


『箱』とのつながり、そして、トモアキとのつながり。そのすべての原因がわかって、けれど何かを失ったような感覚に陥っていた。


「『七賢人』は俺たちをこんな風にして、何がしたいんですか」

「ホムンクルスを作るのと一緒だ。人間を魔法を使える種族にするための方法。その一つがアデプトだ。アデプトを長時間使うと契約者の体内にサーバントのアニミウムが入り込む。そこがアデプトの限界だが、拙者やニコラ殿ならそれを超えることができる。……まさか、ニコラ殿のように直接アニミウムを体に入れる存在が現れようとは『七賢人』も考えてはいなかったようだが」


 セブンスは俺が『ルベドの子供たち』だと気づいていた。だから最初は『七賢人』に誘い、抵抗すると殺そうとしたんだ。反抗するなら仲間ではない。


 と、そこで俺は一つ疑問に思った。


「どうして体内にアニミウムのある俺があなたと『契約』できたんです?」


 トモアキは少し考えてから言った。


「それはおそらくニコラ殿の体内のアニミウムが、すでにニコラ殿の体の一部になっているからだろう。『箱』にはアニミウムを食らい自分の一部にする性質があるからな」


 ボルドリーでゾーイ/ライリーと戦ったとき、彼らはアニミウムを食らって体を保とうとしていた。おそらくはそれと同じ現象が体内で起きてるんだろう。


「じゃあ、もしかして、今の俺ならサーバントと契約できるかもしれないってことですか? あなたはしてますよね?」

「どうだろうな……。『箱』には未解明な部分も多い。それに、体内にアニミウムを入れた人間など聞いたことがない。拙者とニコラ殿が『契約』できたのはただ単に『ルベドの子供たち』という関連があったからかもしれない。やってみなければわからないな」


 そうか。サーバントとの契約ができるかもしれない。けれど今もってそれをする意味を思いつかない。魔法使えるし。


 トモアキはしばらく黙っていたが、不意に顔を上げると俺に言った。


「他の『ルベドの子供たち』から連絡があった。拙者はここで失礼するよ」


 黙っていたのは頭の中で会話をしていたかららしい。


「あの、ありがとうございました。やっといろんなことがわかってきました」

「礼には及ばない。ただ……ニコラ殿、もしかしたら近く助けを借りるかもしれない。そのときはよろしく頼む」

「できることであれば」


 俺が言うとトモアキはうなずいて、大股で歩いて行った。







 宿に戻る途中、ジェナが俺のよろいの下から出てきて、人型をとった。俺の肩に手を置く。


「大丈夫? 途中聞こえなかったけど、何を話してたの?」

「大丈夫、じゃないかな。少しショックだ」


 俺はジェナに話しながら考えを整理した。馬鹿おやもおなじように、『七賢人』からもらった薬を母さんに使ったんだろう。なんというか自分の体が自分のものではないような気がしていた。


 ジェナは腕を組んだ。


「その気持ちはよくわかるよ。だって私、気がついたらホムンクルスだったし」


 ああ、そうか。ジェナは小さい頃にセブンスたちにホムンクルスにされたんだ。俺と同じ……どころか俺よりもずっと辛い日々を送っていたはずだ。ホムンクルスはかなり嫌われているからなあ。


 ジェナは「それでも」と続けた。


「それでも、ニコラが私たちを認めてくれて、みんなが私たちを認めてくれて、私は私として生きていけるって思ったの。純粋な人間じゃないかもしれないけど、でも私は私だよ。それはきっとニコラだってそう」


 がーんと頭を打たれた気がして、その後、心がじわりと温まるのを感じた。

 そうだなあ、確かにそうだ。


 人間じゃないから自分じゃないなんておかしな話だ。俺が一体何を失ったって言うんだ。事実を知ったけれど、結局今までと生活も何も変わらないじゃないか。何を悩んでいたんだ俺は。


「私を引っ張り出してくれたニコラがそんなことで悩んでて、なんていうか、ちょっとおかしい?」


 ジェナはそう言って笑った。俺も少しおかしくなって一緒になって笑ってしまった。


「ありがとう、ジェナ。心が軽くなったよ。そうだよな。全部今まで通りだよな」

「そうそう」


 二人で宿の前まで歩く。と、宿の二階の窓からクロードが身を乗り出しているのが見えた。手にはお手製の双眼鏡のようなものを持っていて、それを目に埋め込むんじゃないかってくらい押しつけている。


「クロード、なにしてんだ?」

「大変だゾ、ニコラ!」


 俺はけんにしわを寄せて、ジェナとともにすぐに宿の二階に上がって行った。

 クロードの部屋に入ると、彼は双眼鏡を俺に渡した。


「あの浮いてる島を見るんダ」


 双眼鏡をのぞき込む。かなり遠くまで見える。島の上の方は見えないが下は岩の塊のようで、まるで山を逆さまにしたまま浮かんでいるようにも見えた。


 と、その瞬間、島の一部、岩がぼこっと外れて落下した。下は海だが、その近くには普段通り船が行き交っている。俺は双眼鏡を下に向けた。船が一隻真っ二つに折れて浮かんでいた。

 ぶつかったんだ。


「私にも見せて!」


 とジェナが俺から双眼鏡をひったくる。彼女は島を見て「でっか! うわ崩れた!」と叫んだ。

 俺はクロードに尋ねる。


「どうして気づいたんだ?」

「一度かなり大きく崩れたんダ。周りで悲鳴が聞こえて、それで気づいタ」


 島が崩れている。

 ノルデアでなにが起きてる?




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次回は火曜日更新です。

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