第104話 ヒメツル

 トモアキが歩くとチラチラと道行く人がこちらを見る。そりゃこんな格好をしていれば見られるのも当然だ。彼の腰には細長い棒が刺さっている。握る場所にはひもが握りやすいように巻かれていて、一部が出っ張ってつばのようになっている。気づかなかったが俺は結構じろじろと見てしまっていたらしい。トモアキが気づいて説明してくれた。


〝これは拙者のサーバントだ。ヒメツルという〟


 そこでようやくヒメツルは姿を現した。俺と同じとしくらいの美しい女性で黒髪は結い上げられ、うなじがしっかりと見えている。トモアキが着ているような襟元の服だったが、それは腰までではなく足下まで続いている。腰の帯がなければはだけてしまうだろう。細かな模様の入った服でそれはさやに描かれているものと同じだった。


 と、彼女は突然地面に膝をついて、頭を下げた。


「ニコラ様、お目にかかれて光栄でございます。今後ともどうぞよしなに」


 通行人がさらにじろじろとこちらを見る。俺は慌てて彼女を立たせた。やめてくれ!


〝すまないな。堅苦しいやつなんだ〟


 度が過ぎてるだろ。


 トモアキは相変わらず口を開かず話しかけてくる。この人はこれが普通なんだろう。だから最初ほっとんど口を開かなかったんだ。普通の人と話すときどうしてるんだ。

 ヒメツルは膝を手で払って土を落とすと、すっと背筋を伸ばした。ヒメツルは俺より頭一つ小さい。トモアキは俺より頭一つ大きいが。ヒメツルは俺を見ると首をかしげた。


「大変失礼な質問になるかもしれず恐縮ごくではあるですが、ニコラ様のため……あるいは我が主のためにお伺いしたく存じます」

「前置きはいいから早く聞いてくれ」

「なぜ魔力が二重になっていらっしゃるのですか?」


 俺はぎょっとしてあと退ずさった。俺の体内の魔力が見えてるのか? そしてジェナの魔力も。

 俺のよろいの下に張り付いているジェナにももちろん魔力はある。ローザのように体内にある魔力まで見えてしまえば、俺の魔力が二重に見えてもおかしくない。

 トモアキは何も言わなかったが、彼も見えてるのだろうか?


 と、ヒメツルが俺に背を向けてトモアキを見上げ黙り込む。きっと二人の間で言葉が行き交っているのだろう。しばらくするとヒメツルのうなじが徐々に赤くなり、ふりかえった彼女の顔も真っ赤になっていた。そしてまた、土下座。


「大変申し訳ございません。お供をつけていらっしゃるなどつゆ知らず。出過ぎたをいたしました。切腹します」

「できないだろ」


 トモアキが珍しく口を開いてそう言った。


「言うのを忘れていた拙者が悪い。お前は刀に戻っていろ、ヒメツル」


 ヒメツルはよよよと泣いて、棒の姿……刀の姿に戻り、トモアキの腰に収まった。


「ジェナのこと知ってたんですね」


 俺が言うとトモアキは刀の位置を直しながらうなずいた。


「キカからの伝言に、ジェナ殿という女性のホムンクルスがついていったとあったからな。体内の魔力の揺れを見たときにもしやと思ったんだ」

「当然のように体内の魔力が見えるんですね」

「訓練すれば貴殿にも見えるようになる」


 彼はそう言ってほほんだ。






 到着したのはこの周辺では大きい家の一つ。金持ちなのか地主なのかはわからない。


〝ここで俺の体について……『ルベドの子供たち』についてわかるんですか?〟

〝そうだ〟


 トモアキは門番と話をして、すぐに中に通された。応接間で待っていると、この家の主人であろう夫婦がやってきた。女性はおもで、子供の入った腹を大事そうにさすりながらゆっくりと椅子に座る。男はそれを補助するとすぐに隣に座った。


 この二人と俺にどんな関係があるんだろう。そう俺が思っていると夫の方が口を開いた。


「わざわざご足労いただいて申し訳ない。これで子供ができるなどと、私がだまされたばかりに」

「いや、悪いのは『七賢人』だ、あなたたちではない」


 夫は妻の手を握っている。

 俺は頭の中でトモアキに尋ねた。


〝この夫婦に何があったんです?〟

〝この二人には長年子供ができなかった。なんとかして子供を作りたいと考えていたところに『七賢人』の一人が現れたのだ。夫婦はわらにもすがる思いでそいつの差し出す薬を使った。子供はできたが……〟

〝何かおかしいところが?〟


 トモアキは俺の質問には答えず夫婦に向けて言った。


「このままでは生まれてくる子供は魔力で身を滅ぼしてしまう。今、魔力を弱めることはできるが、その場合、人並みに魔法は使えなくなる。それでも構わないか?」

「ええ。魔法を使わずとも生活できます。魔力で身を滅ぼせばそれまでです。努力します」


 トモアキがうなずいて立ち上がる。


〝ニコラ殿、今から拙者が見ているものを見せる。『ルベドの子供たち』がどのように生まれるかが見えるだろう。立ち上がって拙者の手を取るのだ〟


 この時点で俺はうすうす気づいていたが、トモアキに言われるまま立ち上がった。彼は夫婦の前に立つと、妻の方に近づいてしゃがみ込み、俺の方を見もせず手を差し出した。俺はその手を取る。


 途端に、鮮明なイメージが頭の中に浮かぶ。トモアキが見ている景色。目の前にあるのは女性の大きな腹部。トモアキはその体内にある魔力の流れを見ている。


……なんだこれは。


 魔力は体内で光を放って動いている。が、女性の腹部にある魔力はおかしな形をしている。


『箱』の形だ。


 俺は驚きのあまりトモアキから手を離した。彼は口を開かずに言った。


〝これが『ルベドの子供たち』の出生の秘密だ。拙者もニコラ殿もこうやって生まれてきたのだ。『七賢人』の手によって〟


 あまりの衝撃に頭の中が真っ白になってしまった。そのままあと退ずさって、崩れ落ちるように椅子に座り込む。

 トモアキは俺を放置して、女性の腹部に触れ、目を閉じて言った。


「『魔力を閉じよ』」


 女性は一瞬身じろぎをしたが、すぐにほっと息を吐き出した。トモアキは立ち上がると夫婦に言った。


「これで大丈夫だ。生まれたあと何かの拍子にまた魔力が膨れ上がった場合は連絡をするように」

「はい! ありがとうございます!」


 夫はひどく感謝してそう言った。



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次回は土曜日更新です。

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