第103話 トモアキ

 ツダムは確かに魔道具の聖地で、見たことのない装置ばかりが売られていた。便利なんだろうが無駄に金を使う心配があったのであまり見ないようにしよう。と思っているそばからクロードが店のショーウィンドウに張り付いて中をのぞいている。


 やめろ! 恥ずかしいから!


「なんだこレ! すごいナ!」

「目的を忘れるんじゃない! 戻ってこい、クロード!」


 神話なんかに出てくる誘惑の泉に足を踏み入れてしまったかのように、クロードの目は焦点が合っていない。ジェナがその様子をじっと見て、「ビンタしたら?」と提案した。


「正気に戻るかもしれないじゃん。溺れる前に助けたほうがいいよ」

「誘惑に?」

「借金に」


 確かにその通りだった。気球の改善のためにやってきたはずなのにあれよあれよと金を奪われて街から帰れなくなるなんてバッドエンドは避けたい。ビンタこそしなかったがクロードの両肩をつかむとぐんぐん振って正気に戻した。


「見るのは効率的に火を出す魔道具だけだ。他は無視しろ、いいな! 今度また来ればいいだろ!」


 クロードはぐぐぐと両手を握りしめて誘惑に耐え、そして、ふうと息を吐き出した。


「わかっタ」

「ここにいるとまずそうだな。拠点はギロリダに置くことにしよう。少し離れれば誘惑も和らぐだろ」


 クロードはうなずいた。


 ということで初日はギロリダに向かう。宿をとってクロードを押し込むと、俺はキカに渡された紙を取り出した。ジェナがのぞき込んでくる。


「なにそれ」

「ジェナも宿で待ってなよ。俺は『ルベドの子供たち』に会ってくるから」

「んー。わかった」

「……ついてくるつもりだろ」


 ジェナはいたずらに失敗した子供のように笑った。


 最近知ったことなのだが、ヒルデの元の姿、すなわち道具の姿は不定形の液体で、道具ではない。アニミウムの液体の金属と心臓を守るようにある小さな卵形の装飾品で構成されている。だからゴドフリーの屋敷から簡単に逃げ出せたんだなと今になってよくわかった。


 この街に来る途中二人を運ばなければならない事態に陥ったとき、彼女はその体を利用して俺のよろいの下に潜りこみ、完全に身を隠していた。それは俺がジェナたちの存在を忘れるほどの隠れ方で、つまり、彼女たちは俺に気づかれずについてくることができる。


「だってここに来てまた宿から出られないなんてつまんないじゃん。連れてってよ」


 まあ、彼女なら完全に隠れることもできるだろう。俺はため息をついて、了承した。


「わかったわかった。出てくるなよ」

「やった」


 ジェナは液体の金属になると俺のよろいの下にすすすと入っていく。重さが少し変わるくらいだ。本当にうまくやるな。


 宿を出て、紙に従ってしばらく歩く。ギロリダは海岸沿いの街で、いそのにおいが風に乗ってただよってくる。海というものを見たことがなかった俺は空に飛び上がってその景色を見たい衝動に駆られたが、やめておいた。変に注目を集めるのはよくない。


 海の食材が市場に並んでいる。魚は川魚を見たことがあるが海のものは大きいし、それに貝とか言う防御に全振りした生物もいて気になってしまう。


「ほら、歩くよ。私も見たいの我慢してるんだから」


 ジェナの声がよろいの下から聞こえてきて、渋々先を急ぐ。


 どうやらその『ルベドの子供たち』はとある食事どころにいるらしい。キカが先に手紙で連絡をとってくれていた。あんなわけのわからないサーバントを連れて、人をいじめるのが好きなのにそこら辺は良心的だった。


 店に入ると店内は混み合っている。女性の店員が忙しそうにテーブルを回っている。目的の人物は見ればすぐにわかると言っていたが、そんなのわかるわけないだろう。紙にこれを探せと描いてあったのはよくわからない棒だ。その絵も汚いし。まったく、あの女性は結構いろんなところが適当だ。俺へのいじめの一環なんだろうなと思っていたら、見つけた。


 絶対あれだろ。


 一人だけ見たことのない服を着た男がいる。羽織った服の襟元は体の前でクロスしていて、それがそのまま脇の下まで続いている。下半身にはゆったりしたズボンをはいているがそれも奇妙で、股から膝に至るまでは布があまるように膨らんでいるのに、脛のあたりから布で縛られるように細くなっている。彼は腰に長い棒のようなものをつけていて、それがキカからもらった紙に描いてあるものにそっくりだった。


 俺がその席に近づくと、男は顔を上げた。としは三十代くらい。無精ひげの生えた顎は鋭い。ぼさぼさの髪は黒く長く、首の後ろでひとくくりにされている。


「貴殿か、ニコラ殿というのは」


 男は変な抑揚をつけてそう言った。この国の人間ではないんだろう。変に母音を強調する話し方だった。


「そうですけど……、あなたが?」

「そうだ、拙者が『ルベドの子供たち』が一人、トモアキだ」


 座ってくれと言われて席につくとすぐに店員がやってきた。俺は適当に飲み物を注文する。その間、トモアキは俺を見定めるようにじろじろとこちらを見ていた。気まずい。

 店員が飲み物を持ってきてもまだ黙っているので俺のほうから声をかけた。


「一人だけ、ですか?」

「ああ。他の者は調査のために席を外している」


 沈黙。


「その服って……」

「これは拙者の故郷の着物だ。羽織、小袖、たっつけばかまきやはん


 彼は一つずつ指さして説明した。


「ここではその質問をされることが多いのでな」


 沈黙。

 絶対人選ミスってるよ! もっと話ができる人を用意してくれ!

 俺はいても立ってもいられず、彼に尋ねた。


「あの、『ルベドの子供たち』がなんなのかについて聞きたいんですけど。俺は俺の体について知りたいんです」

「ああ、そうだったな。すまない。口で話すのを忘れてしまっていた」


 口以外で話す方法はないだろうと思ったが、ローザはグレンを使って話しているしなあ。もしかしたら彼にもそういう方法があるのかもしれない。


 トモアキは腕を組むと考え込んだ。また黙るのだろうか。かそうとした瞬間に彼は口を開いた。


「貴殿は『七賢人』と遭遇して戦闘も行い、『箱』を一つ破壊したと聞いている」

「ええ。そうですが……」

「『箱』を破壊した際、何か奇妙な感覚がなかったか? つながりがあるような、そんな感覚だ」


 それは俺も気になっていた。まるで契約しているかのような感覚。薄く小さく弱くはあるが確実にそこにあるとわかるつながり。


「ええ。……あれは何なんです?」

「手を出すんだ」


 突然言われていぶかったが、飲み物の入ったカップを避けてテーブルの上に伸ばす。トモアキは俺の手を握る。と、魔力とは違う奇妙なつながり、そう、『箱』との間にあったようなつながりを彼との間にも感じた。


「拙者のあとに続いて言うんだ。『契約する』」

「『契約する』?」


 さっきまであった小さなつながりが突然膨れ上がって強力になったのを感じる。

 トモアキは手を離すと、言った。


〝拙者の声が聞こえるか?〟


 俺は驚きのあまり立ち上がりそうになった。聞こえる。頭の中に響くように、彼の声がする。なのに口はまったく動いていない。


「どうしてこんなことができるんです?」

〝貴殿にも同じことができる。拙者に魔力を飛ばすように、話しかけるように集中するんだ。やってみろ〟


 俺は目を閉じてけんにしわを寄せ、言葉を飛ばした。


〝聞こえてますか?〟

〝筋がいい。はっきり聞こえる〟


 なんなんだこれは。トモアキとの間にある強固なつながりが原因だろうというのはわかるが、それが実際になんなのかがわからない。


 さっき俺は『契約する』と言った。契約。その言葉はサーバントと人間との契約と同じ意味なのだろうか。人間と人間の間で?


〝これはなんなんです?〟


 トモアキは口も開かずに、言った。


〝『契約』だ。サーバントとするのとまったく同じ”

〝それはおかしい。だって人間と人間ですよ?〟

〝果たしてそうだろうか〟

「どういう意味です?」


 俺は口を開いていた。その言葉はまるでどちらかが人間じゃないみたいだ。いや、そうじゃない。

 どちらも人間じゃないみたいだ。

 トモアキはまた頭の中に語りかけてくる。


〝今からある場所に向かう。ついてくるといい。口で説明するより見たほうがわかりやすいだろうからな〟


 彼は立ち上がりテーブルに銅貨を置く。俺は急いで半分ほど飲み物を飲んで、金を払い、トモアキについて店を出た。





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次回は火曜日更新です。

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