第97話 キカ|シニスター|デクスター

 俺たちはぎょっとした。今まで一目見ただけでそれに気づいたのはローザ一人しかいない。《探知》によって人の内部にある魔力を見るのは、それだけ難しい技術のはずだ。

 

 いや気づいたやつがもう一人いたのを思い出した。エルフのマヌエラだ。思い出しついでに彼女との出会いについて考えて、そして、今の状況がとても似ていることに気づいた。変な誤解を解かないと攻撃される危険がある。体内の魔力を見れるくらいだ。相当魔法を使えるんだろう。と言って、彼女のサーバントがどこにいるのかさっぱりわからなかった。


 露出した腹の下にはベルトがつけられていたけれど、そこに武器の類は見当たらなかったし、装飾品もあまり見られない。隠しているとしたら、そのゆったりしたドレスの下だろうか。そんな場所に隠していていざ戦闘になったときどうやって取り出すんだろうと疑問だった。


 そんなことはどうでもいい。ともかく、ここは街の中だ。こんな場所で戦闘のまったくできないジェナをかばいながら自分を守りながら逃げるなんてごめんだ。


「説明するからちょっと落ち着いてくれ」

「アタシは落ち着いてる。何だ、突然攻撃されるとでも思ったのか。はっはっは。そんな無粋なマネはしない」


 マヌエラの行動を無粋と一蹴。本人に自覚はないだろうけれど。


「アタシがお前を痛めつけるとしたら、徹底的に、足の先から頭の先まで、文字通り完膚なきまでにいじめ抜いてやるよ。じっくりと時間をかけてな」


 にいっと、彼女の唇が弓を描いた。ぞぞぞと背筋にかんが走る。何だこの女は。人を痛めつけることに快感を得るタイプの人間らしい。怖い。


 女は腰から折れてまえかがみになり俺たちを上から見下ろす。


「では聞こう。どうしてお前たちの体はそうなっている?」


 ジェナも女の奇怪さを恐れているのだろう俺の後ろに隠れて小さくなっている。ジェナとヒルデについて話すのは危険だ。おそらくこの腹出し女は最近外から来たんだろう。この街での騒動を知らないはずだ。まずは俺について話して、それからジェナについては考えよう。


 俺は腹出し女に自分の体について話した。彼女は姿勢を戻し、腕を組んで、最後まで身じろぎ一つせずに聞いていたが、すべてを聞き終えると考え込むように視線をそらした。


「まさか……また新しく……?」


 女はブツブツとつぶやくと、今度はジェナのほうを見た。


「お前も同じか? 体にアニミウムを入れても拒絶反応が出ないのか? いや、それにしては魔力量が足りない。抑え込んでいるのか?」


 女は一歩踏み出して、俺にほぼほぼ体を密着させるくらいまで近づいてジェナを見下ろした。ジェナは俺の服をぎゅっと引っ張って必死に隠れている。


「違うが、この子は絶対に安全だ。それは保証する」


 俺が言うと、女は首をわずかに傾けた。体が近いために女のすっと通った鼻が俺にくっつきそうになっている。


「まるで普通は危険な存在とでも言うみたいだな。…………ああ。ホムンクルスか」


 俺はジェナとともに一歩下がった。女との距離がわずかにできる。それでも肌がじりじりと焼けるような危険区域であることに変わりはない。


 女はふと考え込むと言った。


「そこまで人間にふんすることができるホムンクルスも珍しいな。というよりお前は契約者か? それともサーバントか?」

「どちらでもいい。二人とも人を食ったりしない。それどころか街を救った貢献者だ」


 女は「ふむ」とうなずくと人差し指を上げた。


「一つだけ聞きたい。ジェナ……だったかな。お前は『セブンス』に関係あるのか?」


 俺はますます警戒した。その名前を知っていると言うことは、


「『七賢人』なのか?」

「アタシが『七賢人』? あっははは! んなわけねえだろ!」


 理不尽に怒鳴ると女は俺の額に自分の額を押しつけた。頭突きされたかと思った。彼女の濃いブルーの瞳が俺の中をのぞき込むようににらんでいる。


「アタシは『七賢人』とは真逆だよ。セブンスが死んだって情報を聞いてここにやってきたのは、『箱』を見つけ壊すためだ。もしもそのホムンクルスがセブンスの手駒だったと言うのなら話を聞く必要がある。見たところお前も後ろのジェナとやらも、当事者らしいじゃないか。そうだろう?」


『箱』を見つけ、壊す。それは確かに『七賢人』とは真逆だけれど、だからといってすぐに「俺たちの味方だ」とはならない。彼女についてもう少し知る必要がある。俺は慎重に言葉を選ぶ。


「……セブンスを討ったのは俺たちだ。ただそれはあいつが呪いをこの街に振りまいていたからで、俺たちは『箱』についてまったく知らない。ジェナもヒルデも詳しいことは知らないみたいだ。ずっとセブンスとその仲間に閉じ込められてきたからな」


 女は俺から顔を離すと、口元にまた笑みを浮かべた。


「お前か、アデプトを使った『七賢人』を倒したニコラってのは! 面白いなお前。『箱』が倒す理由じゃなかったのも、ますます面白い」


 そうかそうか、と彼女は一人うなずいている。どこで俺の名前を聞いたんだろう。それに、俺がセブンスを倒したってことも知っている。俺はせきばらいをして続けた。


「俺たちに話せるのはそのくらいだ。今度はそっちの話を聞きたい。あんたは……何なんだ?」

「なんと言われてもな。名はキカ。『箱』を壊して回っている。以上だ」


 名前しか情報が増えてない。いや、待て、


「『箱』ってそんなにたくさんあるのか?」

「まあ、そこそこな。そうじゃなきゃ『七賢人』にとって意味がないからな」 

 意味がない?

「どうして『七賢人』は『箱』を埋めている?」


 そう尋ねるとキカは顎に手を当てて考え込むようにしていた。


「ふむ。それはいずれお前にもわかることだろう。いずれと言うかすぐにだな」


 俺はけんにしわを寄せたが、キカはそれ以上説明してくれなかった。というより、邪魔が入った。キカの足下から声が聞こえてくる。


「ご主人様、そろそろ時間ですよ」と右のほうから。

「ご主人様、怒られるの嫌いじゃないですか」と左のほうから。

「うるせえぞ」


 キカは言って、地団駄を踏むように両足を踏み鳴らした。


「「ああ、ありがとうございますぅ!」」


 両方から喜ぶ声が聞こえてくる。なんか嫌な予感がする。それはジェナもそうらしく、なかば軽蔑するような目をキカの足下に向けている。キカは鼻息を漏らすと足下に向けて言った。


「お前ら、口を開いたんだから挨拶しろ」


 キカは跳び上がるようにして後ろに下がる。その場には一足の靴が残される。ヒールの高い金属の――アニミウムの靴だ。キカは少しだけ背が低くなったけれどそれでも俺より十分大きい。


 一足の靴はそれぞれ少年の姿に変わった。双子のように見える。もしかしたら元々同じサーバントだったのかもしれない。少年とは言ったが、線が細く少女のようにも見える。首にはチョーカー、シャツの下にはコルセット、ぴったりとした半ズボンをはいている。両手にはブレスレットを、両足にはアンクレットをいくつもつけている。色も長さもアシンメトリーな髪で、二人は鏡に映したように対称的。


「デクスターです」と言った少年は向かって右の髪が伸びて、そちら側だけブラウン、残りは黒。


「シニスターです」と言った少年は向かって左の髪が伸びて、そちら側だけグレー、残りは黒。


 デクスターが右の靴、シニスターが左の靴。「よろしくお願いします」と俺たちに挨拶すると、右足のデクスターが言った。


「ご主人様ににらまれてうらやましいです! 僕たち靴だから顔見れませんし」

「でも毎日踏まれる生活は捨てがたい。ああ、このアンビバレントにさえゾクゾクします」

 シニスターが引き継いでそう言った。


 俺とジェナは引いた。やっぱり踏まれて喜ぶのかこいつら。ジェナは完全に軽蔑の視線を向けているが、それに気づいた二人はきゅんと両手を握りしめた。


「その目! 素晴らしいです!」

「でもやっぱりご主人様のほうがいいですね! 貫かれるような冷たいあの視線がもう!」


 ジェナは俺の後ろで小さく悲鳴を上げた。


「おら、戻れお前ら! 時間がないんだぞ!」


 時間をつぶしていたのは自分のくせに理不尽にキカは言った。


「はーい」


 と二人のサーバントは答えて、地面にあおけで横たわった。人型のままで。キカは気にせずそのままコルセットのあるあたり、腹の上に乗って二人を踏みつける。二人は満面の笑みである。


「早く靴に戻れ! 蹴られたいのか」

「「はい! 蹴られたいです!」」


 キカが二人の顔面を蹴りつける。ほおを押さえて愉悦に浸る二人。彼らにとってはただのご褒美だった。


 ようやく二人が靴に戻ると、キカは元の身長を取り戻す。今も足下で二人のサーバントは踏まれる喜びを味わっているのだろうか。……考えたくないな。


 キカは腕を組むと言った。


「さて、アタシは失礼するが、どうだろう、一緒に来るか?」

「どこに?」

「『箱』のある場所に、だ。ま、まずは領主のところだな。手記の解読に苦戦してるんだろ?」

「どうしてそんなことまで知ってる?」

「アタシは色々知ってるんだよ。『箱』のことに関しては、だが」


 俺はジェナと顔を見合わせた。その間にキカはずんずん進んでいってしまう。


「ついて行こうか?」


 俺が言うとジェナはうなずいた。



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次回より火、土曜日更新になります。

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