第96話 通行人の女性

 季節は収穫の秋、高い空に届かんばかりに気球を飛ばした俺たちは、次はどうしようかと考えていた。


 というのも看板代わりに気球に絵を描いて資金を得るのはある程度軌道に乗っていたし、一連の呪い騒動やヴィネットの研究、そしてイーニッドを気球に乗せる等の片付けなければならない仕事はすべて終わってしまって、いろんなことが一段落ついていて、暇だった。

 

「やっぱり俺以外でも飛ばせるようにするのが次なんじゃないか?」


 いつもの場所――学校の広場で俺はクロードにそう言った。ドワーフである彼は相変わらずベストの上やらベルトやらに小さなバッグをいくつもつけていて、今もその一つから紙を一枚取り出して俺に見せた。いろんな計算式が書いてあったけれど、俺に理解できるはずもない。説明を求む。


「前も考えたんだが、ここでの技術じゃ難しそうダ。結構な火力を得るにはそこそこ大きくて重い魔道具が必要だし、そのために気球を大きくすればまた必要な火力が増えるしで、どんどん肥大化してしまウ。魔道具を動かすための魔石も重さに含まれるしナ」

「なんかいい方法ないかなあ」

「一つ心当たりがあるんダ」


 クロードはまた手品師みたいに腰のバッグから一枚の紙を取り出す。またもや計算式だ。説明を求む!


「旅費を計算しタ。ツダムという街があってそこは魔道具の聖地なんダ。デルヴィンは魔法について色々学べるが、どちらかと言えば薬学が強い場所だからナ。魔道具となるとそちらのほうが最新ダ」

「ここに行けば気球に乗せる魔道具を作れそうなのか?」

「あア。魔石から効率的に火を作る方法も、魔道具自体の軽量化も、この街ならそのヒントになる技術を見つけられるだろウ」


 技術面はクロードが詳しい、と言うか逆に俺には何もわからないので彼にお任せするしかない。魔道具の軽量化や効率化だけなら気球本体もいらないだろうしなあ。俺がついて行って何かできるわけでもない。


 魔道具の聖地という場所自体は面白そうだけど、それより今はこの街で起きていることのほうが重要だ。ゴドフリーの言っていた『箱』についてもう少し情報がわかったら一緒について行くかどうか本格的に決めよう。領主が調べ始めてから二週間が経過していたけれど、見つかった手記の解読に時間がかかっているらしく、ここ数日はこれと言った進展がなかった。


「ま、クロススパイダーの巣はニコラがとってきてくれたからナ。同じように俺も、俺ができることを頑張らないとナ」


 任せてくレ、とクロードはほほんだ。




 学校を出て、魔法の練習をしようか、それとも宿に戻ろうかと考えていると、向こうからジェナが歩いてきた。彼女は俺に気づくと「や」と手を振った。


「領主のところから抜け出してきたのか」

「失敬な! ちゃんと許可をとって外に出てきたんだよ!」


 ジェナはぷんすか怒った。ヒルデの契約者にして、その体の同居人である彼女は、最近ずっとヒルデの代わりに姿を現している。ゴドフリーに閉じ込められて呪いを解かされていたヒルデの、さらにその中に引きこもり続けた結果、体を現すことすらできなくなり、二重の不自由を強いられていたジェナだったが今は街の中をうろつけるくらいには自由であるらしい。


「ヒルデは相変わらず寝てんの?」

「いっつも寝てるわけじゃないけど、まあ、基本はだらだらしてるよね。せっかく外に出られるようになったのに、寝てばかりじゃつまらないじゃんねえ」

「ジェナが代わりに歩いてくれるからいい」


 ジェナの口が勝手に動いてヒルデの言葉を話した。まるでローザとグレンみたいだと思ったが、契約者とサーバントの関係性が真逆だ。ジェナは契約者で、ヒルデはサーバント(ホムンクルス)。サーバントが、契約者をしゃべらせている。

 ジェナが口の主導権を取り戻す。


「自分の足で歩くのがいいんじゃん」

「運動したくない。動きたくない。気球なら遠くに運んでくれる」


 ヒルデがまたその口で話す。一人二役しているように見えて、なかなか面白い。


「と言うかお前、勝手に運んでくれるから気球に乗りたがったのか。馬だってジェナだって勝手に運んでくれるだろ」

「馬もジェナも空飛べない。空を勝手に運んでくれるのがいいんじゃん」


 ヒルデはジェナの口をとがらせた。……いや、口をとがらせているのはジェナのほうだった。


「私を馬扱いしてるでしょ! 例えるならもっとかわいいのにして!」


 馬だって見る人によってはかわいいと思えるんじゃないか? 俺はそこまで情を持って育てたことがないからそのかわいさはわからないけれど。


「かわいい動物って例えば?」

「ウサギとかさ」

「ウサギに乗って移動するのか! ウサギがかわいそうだな!」

「きっと人を運べるくらい大きいウサギがどこかにいるはずだから、セーフ!」


 セーフて。いるかもしれないけどさ。世界は広大だ。


 そもそも最初の突っ込みで「例えるならもっとかわいいのにして!」ではなく「私に運ばせようとしないで!」と言っていればそんな謎の巨大ウサギを持ち出す必要はなかったはずだ。かわいさにこだわった結果、かわいくない謎の巨大ウサギが出現した。皮肉だな。


 ジェナは腰に手を当てて、胸を張った。


「自由になった今こそいろんなところを冒険して、いつか巨大ウサギを見つけてやるんだ!」

「その一環が街の冒険ってわけ?」

「そ」

「今度ダンジョンに連れてってあげようか?」

「ほんとに!?」


 ジェナは目を輝かせた。なんとなくこの子は俺に似たところがある。閉じ込められて不自由で、支配された生活をしていたというのが俺の境遇とまさに重なってしまうからかもしれない。ヒルデは好奇心旺盛とまではいかないけれど、ジェナは小さな頃からずっと同じ景色の中で過ごしてきたようだから、見るものすべてが輝いているのだろう。それはアリソンと出会った当時の俺とまったく同じだ。


「そんなに深くは潜らないけどね」

「うんうん! それでもいいよ!」


 彼女は喜びのあまりわっと腕を上げてくるくると回転し、歩行者にぶつかった。


「いてえ!」


 歩行者の女性はそう叫んでよろめいた。ジェナは申し訳なさそうに「うわあ、すいません」と謝っていたけれど、その女性は腕を組んでジェナを見下ろしていた。


 でっか。


 俺よりも頭一つ身長が高い。髪は短く首の形がはっきりと見えるのに、前髪は重たく目の上にかかっていた。一目見たとき男かと思ったが、胸を見て女性だと判別した。上着は胸の下からなくなっていて惜しげもなく腹が見えている。なめらかな腹筋、へそ、そして美しいくびれが強調されている。腰からドレスで足下が隠れている。


 彼女は片方だけ眉を上げてジェナを見ている。それにしても男性的な顔だ。男装したら――いや、しなくても女性が寄ってきそうだった。はじめ男性だと勘違いしたのも無理はない。彼女は鋭い目つきを今度は俺に向け、首をかしげた。


「おかしいなあ、何だお前ら。人間だろう。どうしてそんなに魔力がぐるぐる回ってるんだ?」





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明日も更新します。

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