第98話 『箱』を壊す

 キカには何かがあるのかと思っていたがそうではなかったらしい。城の門の前に立つと彼女は「領主に話がある、通せ」とだけ言って、無理に入ろうとしていた。そんなんで入れるわけないだろうが。

 

 俺は後ろから近づきキカについて説明をする。まだ完全には信用していないけれど、箱の場所がわかると言うのなら協力してもらおう。


 城の応接間に通されて、しばらく待つと領主がやってきた。キカは挨拶もそこそこに現在わかっていることについて領主に尋ねた。


「いや、それが、少し手詰まり気味でな」

「見せてくれ」


 領主は信用できるかどうか見定めていたが、猫の手も借りたいのだろう、了承した。

 キカは手記を見るとパラパラとめくってうなずいた。


「ふうん。まあある程度場所はわかったな」


 ほんとかよ。




 キカに案内されたのは教会のそばにあるれいびよう。人が住むには少し狭いくらいの大きさで俺がギリギリ横たわれるくらい。こんなところに住もうとは思わないけれど。


 霊れいびようの床には四角い石のふたがあって、そこを開けると階段が地下に続いている。


「この下だな」


 石のふたを倒すとほこりが舞って、俺や領主、騎士たち、そしてジェナは顔をしかめた。セブンスが生きているときには頻繁にここに降りていたわけではないらしい。どのくらいの頻度で降りていたのだろうとキカに尋ねたが、「五年に一度くらいじゃないか? 詳しくはわからないが」と曖昧な答えだった。


 階段にもほこりやら蜘蛛くもの巣やらがついていたが、キカは気にした様子もなく、ランプを手に持って進む。騎士が先に降りて、その後、俺とジェナ、そして領主が降りていく。ジェナは俺の手をつかんで右手に光をともす。勝手に魔力を使うな。


「いいじゃん便利便利」


 呪いを解くのと違ってそんなに魔力を使わないからいいけどさ。


 キカに呼ばれてジェナと俺が先頭に立って進む。たどり着いたのはれいびようと同じくらいの狭い空間に数人で入るのは辛い。騎士たちは階段で待ってもらって俺とジェナ、キカ、領主でそこに入った。


 中央に台座があって、その上に箱が乗っている。赤い箱でほのかに光を放っている。奇妙なことに、その箱の下から根のようなものが生えていた。台座が石造りであるにもかかわらず、まるで土の中を進むように根は浸食して、地面に潜りこんでいる。


 領主はそれを観察するとつぶやいた。


「これが、『箱』か……。埋まっているというのはこういうことだったんだな」

「正しくは『根を張っている』だな。こいつは影響の範囲を伸ばすために根を張っている。街全体どころかもっと先までな」


 キカは言うと『箱』をにらんだ。彼女は色々話しているが、『箱』についてなに一つ本質的なこと言っていない。俺はそれこそが聞きたい。


「影響ってのは?」


 キカは腕を組んで、俺たちのほうへ体ごと顔を向けた。


「お前たちは『七賢人』にがっつりと関わっている当事者だからな。話しておかなければならない」 そのお前らには領主も含まれているのだろうか、と思ったが黙っておく。


 キカは口を開いた。


「『七賢人』の大きな目的は、『魔法を使える種族だけを残す』ということ。エルフ、ドワーフ、ドラゴンなどなど生来魔法が使える種族のみが優秀で、それ以外は下等だと思っている」


 魔法が使えない種族など一つしか知らない。領主も同じ結論に達したらしい。


「それは、人間をすべて排除すると言うことか?」


 キカは首を横に振った。


「そうではない。彼らは人間を下等だと思っているだけだ。補助的にサーバントと契約しなければ魔法を使えない。そんなものを魔法とは認めない。そう考えている。彼らは『箱』を使ってそれを是正しようとしているんだ。人間から魔法を奪おうとしている」

「具体的には、何をするつもりなんだ?」


 俺が尋ねるとキカはため息をついた。


「『箱』にはいくつかの能力があるが、その一つがサーバントの消去だ。つまり、人間を排除しようとしているのではなく、サーバントを排除しようとしている」


 俺たちは驚きのあまり黙っていたが、ようやく領主が口を開いた。


「箱のある場所が、その対象になるということか?」

「そうだ。根の広がっている範囲にいるサーバントはすべてただのアニミウムになってしまう。サーバントを奪えば、人間は魔法を使えないからな。これがやつらの目的だよ」


 そこで俺は首をかしげた。


「セブンスはサーバントを持っていた。それでも『七賢人』の一人だったのはどうして?」

「アデプトを使えるからだ。あの業は契約者とサーバントの境界を曖昧にする。ホムンクルスのようにな。ハーフエルフが人とエルフの中間であるように、獣人が人と魔物の中間であるように、サーバントと人の中間であるそういった存在なら『魔法を使える種族』として認めてもいいというのが彼らの主張だ」

「じゃあ、ホムンクルスを作ってるのは……」

「『七賢人』なりの慈悲だよ。アデプトを身につけるか、もしくはホムンクルスになれば認めてやる。そう考えてるんだろう」


 横暴だ。ローザの故郷ボルドリーで起きたあの事件もそのせいだったのだろう。


 キカは俺たちから視線をそらすと箱をじっと見た。


「だからこれを壊す必要がある。本来なら骨が折れるんだが……」


 キカは今度は俺を見た。


「お前がいれば簡単に壊せる。おそらくな」

「それは魔力があるからってことか?」


 尋ねるとキカは首を横に振った。


「いや、もっと重要な意味がある。その箱に触れればその意味がわかるだろう。触れて『壊れろ』と念じるだけでいい。やってみろ」

「それは……」


 俺はひるんだ。いきなりあの箱が開いて俺の体を飲み込んでしまうのではないかと思った。そう、ホムンクルスみたいに。


 キカは俺の考えを読んだみたいに言った。


「何、食われたりはしないさ」


 なおも半信半疑ながら俺は箱に触れた。金属の冷たい感触があるのに、脈打つような鼓動を感じる。箱から伸びた根は、魔力が通っているのだろうか、時折淡い光が動いているのが見える。それは箱自身もそうで、見る角度を変えてもいないのに色調が微妙に変わっていく。


 一瞬、手が箱に飲み込まれたのではないかというおかしな感覚に陥ったが、何も変わった様子はない。ただ一つ、自分の体の中にある鼓動と、『箱』の鼓動が一致しているのに気づいた。


「魔力を少し注いで、それから『壊れろ』と念じればいい」


 キカの声が遠くから聞こえてくる。魔力を注げば『箱』が発動してしまうのではないかと恐れたがそんなことはない。俺が注いだ分だけ、『箱』は魔力を返してくる。つながりを感じる。契約したわけでもないのに、何か、カタリナとの間にあったようなわずかなきずなのようなものが『箱』との間にある。奇妙な感覚に陥りながらも俺は念じた。


『壊れろ』


 と、手のひらの下でボロボロと箱が崩れだす。台座から地面に潜りこんでいた根も、枯れるようにしぼんで、ちりとなって消えていった。俺の手のひらの下には砂のような金属光沢のある山が残っている。


「ふむ。やはりな」


 つぶやいたキカのほうへと俺は振り返った。


「あれは何なんだ? 何か……まるで契約でもしているように俺と『箱』の間につながりを感じた。あれは俺以外でもなるのか? キカでも?」


 キカは考え込んでいて俺の問いに答えなかった。俺は領主やジェナと顔を見合わせ、キカの答えを待つ。しばらくしてキカは鼻から息を漏らした。


「アタシではだめだ。これは、そう、お前のような『ルベドの子供たち』でなければ起きない現象なんだよ」


『箱』に続いてまたもや謎の単語が出てくる。


「『ルベドの子供たち』?」

「ああ。お前のように、膨大な魔力を持ち、アニミウムに耐性があるやつらだ」


 俺はぎょっとして一瞬口をつぐんだ。



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次回は土曜日更新です。

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