第89話 決戦【改稿済】

 セブンスが唱えると、箱が内側から膨らむ。たわみ、球に形が近くなる。俺は家の外へ出ようとかけだした。ドアを蹴破った瞬間、背後で衝撃音が鳴る。ヒルデごと《闘気》で身を守り、さらに背中に盾を作る。ヒルデから光属性の魔力を受け取る余裕はなく、無属性のいびつな盾しかつくれなかった。


 俺たちの体は衝撃で吹き飛ばされる。目の前に止まっていたゴドフリーの乗る馬車では馬が驚いてかけだした。俺はゴロゴロと地面をころがり、ヒルデとの距離ができてしまう。家は屋根が吹き飛び、木の板がつぎつぎに降ってくる。無属性の盾で体を守りながらヒルデのそばまで近づいた。


「大丈夫か!」

「平気」


 ヒルデはよいしょと起き上がると俺の背中によじ登った。


 セブンスはれきに飲まれることもなくスタスタと家からでてきた。あんなに狭い場所で自爆気味に無属性の爆発魔法をつかったのに、その体にはダメージが全くない。相変わらず体から白いページのような魔力ががれそうにはなっているが。


「当てたつもりでしたが、隠れられるとぶつけるのは難しいですね」


 俺はマジックバックから鉄の剣を取り出すと、水をまとわせて斬撃を放った。が、セブンスは右手をさっとあげただけでページを何枚も展開して四角く黒い盾を作り出し、その斬撃を防いだ。


「第二章 反転」


 俺の水の斬撃が真っ黒な闇の魔力を吸い込んで跳ね返ってくる。とっさに《身体強化》を使ってよけたが、あれに当たれば呪われてしまうだろう。通った後の地面は生えている草が一度の枯れて真っ黒なもやをたなびかせている。


 と、そこで俺は思いついた。


「ヒルデ、俺が送った魔力で盾を作れるか?」


 ヒルデが首を横に振るのが背中から伝わってきた。


「できない。戦ったことなんてない」

「じゃあ、俺が一度ヒルデに流した魔力を光属性に変えて俺に戻してくれ」


 今度はこっくりとうなずく感覚。


「何を相談しているのでしょう? まあ、構いません。未完成であってもアデプトは他を隔絶するほどの力を持ちます。ちょっとの付け焼き刃ではどうすることもできませんよ」


 ヒルデに合図をして魔力を流した。一度ヒルデに流れた魔力がぐるりとまわって俺の体に入ってくる。こうして誰かから魔力を受け取るのは初めてかもしれない。いつも渡す側だったからな。


 ヒルデからもらった魔力を剣にまとわせる。初めての試みだがうまくいっている。剣に光属性の魔力をまとう。


「なんですそれは」


 剣を振る。斬撃がセブンスに向かって飛んでいく。彼女はまた同じように盾を作り出し反射しようとしたが、光属性はできないのだろう、盾にぶつかった斬撃は勢いそのままにセブンスを圧倒した。


「うっ」とセブンスの声が聞こえる。盾がボロボロと崩れる。彼女は慌ててその部分にページをてんするが俺はつづけて光の斬撃を放つ。盾にぶつかると光がぱっとはじけて夕暮れ時の薄暗くなり始めたあたりを明るく照らす。全力で剣を振った。セブンスの盾がついに崩れ、斬撃の一つが彼女の肩にぶつかる。


 セブンスは悲鳴をあげた。肩の部分に展開されていた白い魔力が完全にはがれて黒いシスター服があらわになる。血が噴き出す。


 よし! いけるぞ!


 セブンスは俺をにらむとまた右手をあげ、魔力の本をバラバラとめくった。


「第三章! とっかん


 またもやページがつぎつぎに舞って、今度はやりを作り出す。サーバントの形は本なのに、そのやりやり騎兵が持つような明確な形をとっている。俺はヒルデに魔力を変換してもらい、いびつな盾を作り出す。こんなことならもっとちゃんと盾を作る練習をしておくんだった。一枚ではきっと足りない。授業では盾のもろい部分を平気で学生たちが貫いていた。念には念を、三重に盾を展開する。


 やりが飛んでくる。真っ黒なそれはもやのようなものをまとって飛んできて、一枚目と二枚目の盾を貫通し、三枚目も先端だけが貫通する。が、そこで突進が止まる。


 三枚でもこれか!


 背中でヒルデがうめく声が聞こえる。


「どうした?」

「そろそろ限界」


 俺はヒルデに声をかけて身を隠してもらい、駆け出した。


「もう少し頑張ってくれ」


 このままでは体力の限界が来た方からやられる。ヒルデは相次ぐ魔力の変換で疲弊していた。毎回一人で魔法をつかってきたから彼女の疲労度を考えていなかった。目の前の陽炎かげろうのようなヒルデの魔法は所々薄くなっているのがわかる。なんとか気づかれずに森に逃げ込むとヒルデは魔法を解いた。ぐったりと俺の背中に頭を乗せている。


「ううう、疲れた」

「頑張ってくれ、ヒルデ」


 そうは言ったものの、これだけの魔力量を変換などそうするものではない。それに彼女は元々戦闘の経験に乏しいはずだ。ヒルデが元々だらけているとはいえ、普通の人でさえこの魔力量の変換はきついだろう。そもそも光魔法は魔力を大量に消費する。


 と、セブンスが飛ばしたんだろう《探知》の波が飛んできて俺にぶつかり、跳ね返っていった。


 見つかった!


「そこですね」


 声が聞こえて木が倒される音がする。ヒルデを背負い直すと《身体強化》で森の中を駆け抜けた。


 くそ! どうしたらいい!


 風と水の混合魔法で霧を作り、視界を遮って進む。背後から爆発音が聞こえる。おそらくさきほどの魔法で手当たり次第爆発しているんだろう。ある程度セブンスから離れたところでヒルデに尋ねた。


「あと何回魔法を使える?」

「頑張っても、が限度かな。体を隠すのはまだできるけど」


 やはり辛いのか肩で呼吸を繰り返している。


 あの盾を突破するには光魔法が必須だ。そのほかの属性では闇属性をつけられて反射されてしまう。だが、ヒルデの魔力変換はそれほど多くは使えない。

 ではどうしたらいいのか。


「ヒルデ、体を隠すのはまだ使えるんだよな?」

「うん」

「それって……」


 俺はを確認し、ヒルデはうなずいた。

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