第88話 アデプト【改稿済】

 何を言っているのか分からない。


「今までの会話の流れでよくそんな話を持ち出せたな。一緒になる? 人を苦しめてだましていたやつらと仲間になんかなれるわけがない」

「ワタクシたちの目的がわかれば共感していただけると思いますが、ああ、そのためには体験していただかなければなりません。あなたはだまされているんですよ? 『箱』によって」

「何の話をしている?」

「どうしてそれほどまでに魔力があるのでしょう? どうしてアニミウムに耐性があるのでしょう? あなたはなにも知らない。ワタクシたちの仲間になればすべて教えてあげましょう。あなたの謎をすべて。そして、あなたには高い地位を約束してあげます」


 セブンスは一人でべらべらとしやべった。彼女の言葉が頭の中を巡るのを感じた。

 俺の魔力量とアニミウムへの耐性に秘密があるのか?

 そんな馬鹿なと思った。こいつはただ俺を惑わせたいだけなんだ。そうに違いない。でももしも、本当に俺の体に秘密があったら? それが何か知っているのは今は彼女だけだ。そう、思考して俺は一瞬セブンスから視線をそらした。


 そらしてしまった。

 

 セブンスは身じろいで、腰から何かを取り出した。瞬間、ロープが切れる。彼女は椅子から滑るようにして降りると部屋の隅で縛られていた本のサーバントを手にした。


 なにをした?


 よく見ると彼女の右手には細長いナイフのようなものが握られている。彼女はそれを使って本のサーバントを縛るロープを切った。

 魔法で。

 身構える俺にセブンスは言った。


「何かの時のために用意しておいて正解でした。どうせわなでしょうと思っていましたし、本は見せてしまいましたからね。別のサーバントを持っているなんて想像しなかったでしょう?」


 人間は一人に対して複数のサーバントと契約できる。ライリーがカタリナとゾーイという二人のサーバントと契約していたように。

 もっと考えるべきだった。俺は背負うヒルデの手を握って攻撃に備えた。が、セブンスは本のほこりを払うと、もう一度、さきほどの提案をした。


「ニコラ、ワタクシたちの仲間になりませんか? これが最後の提案になりますが」


 俺は大きく首を横に振った。


「さっきも言ったはずだ。お前らと一緒になんかなれない」

「そうですか……残念です」


 セブンスは本のサーバントを胸にだきしめた。


「ニコラ、あなたは『ファースト』になれる。最も名誉ある地位につける」

「何の話をしている?」

「わかりませんか? ああ、サーバントを持たないあなたはこれを知らないのかもしれませんね」


 セブンスはそう言うと、つぶやいた。



 胸に抱かれていた本のページが一枚一枚、宙を舞って、セブンスの体にまとわりついていく。徐々に増えるそれは完全に体を覆い尽くして、まるで細長い卵のように、さなぎのように見える。


 ピシッ。


 さなぎからかえるようにセブンスの体にはりついていたページが裂け、彼女の体が現れた。


 シスターの服は真っ白になっていた。ページでできたそれはつぎはぎのようになっていて、時折パタパタと端がうごいた。さなぎのような部分はそのままマントのように首に張り付いて彼女の後ろにたなびいている。


 最も変わっていたのは目だ。彼女の目は黒から白に変わっていた。今まで見てきたどんな魔物と相対するときよりも、背筋が凍った。


 セブンスの口角が上がる。


「これがアデプトです。サーバントを使う人間が至る境地。爆発的な魔法と、身体能力を得る術。そして、これをなしたものは永遠ともいえる若さを手に入れることができます。100年でも生きられるんですよ」


 そう彼女はいったものの、彼女の体からは時折ページががれ、下にある黒いシスター服が見え隠れしていた。両腕や顔も木から皮ががれるみたいにヒビが入ってボロボロと崩れている。


「やはりまだ完全ではありませんね。ワタクシは未熟なようです」


 両手のヒビをみて、腹部のがれを確認し、セブンスは言う。

 俺の肩にしがみついたヒルデの手がふるえている。


「さあ、ワタクシと来るのです、ニコラ」

「そんなものに興味はない」


 セブンスは失望したようにため息をつくと右手を挙げる。魔力でできた本が浮かび、そのページがぱらぱらとめくられる。


「仕方ありません。ではあなたはワタクシたちの脅威です。死んでもらいます」

「ヒルデ、俺を隠してくれ」


 俺の体の周りに陽炎かげろうのようなものができる。さっきよりも魔力を使って体を隠しているのだろう。


 セブンスの本は一つのページでとまるとその部分が本からがれて飛び、ぱたぱたと折られて、一つの箱を作り出した。真っ黒な箱だ。


「第一章 爆発」

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