第84話 レガスを追い詰める【改稿済】

 応接間の一番大きな椅子にまるで自分の家であるかのようにどっかと座るとゴドフリーは怒鳴った。


「どこだ! どこにいるそいつは! すぐに連れ帰ってぶん殴ってやる!」


 その椅子は領主がよく座っていた場所だった。たぶん領主の席だろうが、ゴドフリーには関係ないらしい。領主はため息をついて近くの席に座った。

 彼には「盗んだ少女を捕まえた」という話しかしていないはずだ。つまり表向きは領主はレガスを助けているはずなのに、一つも感謝する様子がなく尊大だ。

 俺とアルベルトが適当な席に座ると、領主は話しはじめた。


「連れてきてもいいが、その前に聞きたいことがある」

「なんだ!」

「お前は本当に聖属性の魔法を使えるのか?」


 ゴドフリーはけんにしわを寄せた。寄せすぎて顔がしわくちゃになった。


「はっ! 当たり前だろう。何度お前の娘を治したと思っている」


 領主はもちろん信じておらず不審な顔をしていたが、ゴドフリーの息子、アルベルトも顎を押さえながら眉根を寄せていた。


「治していないだろ? お前は本当は治せるのに、金をむしり取るために完全には治さず、私の娘を苦しめ続けた」


 領主はそういいながら徐々に顔を赤くしていった。ゴドフリーは口をへの字に曲げるとこめかみを人差し指で数回たたいた。


「盗んだという少女を連れてくるんだ。それから話をしよう」


 領主は俺の方を見た。俺は立ち上がって別室にいたヒルデを背負うと部屋に連れてきた。

 彼女の姿を見た瞬間、アルベルトはぎょっとして立ち上がり指差した。


「こいつが!! こいつが僕を!! うぐっ」


 と彼はまた顎を押さえた。相当痛いらしくまた座り込んでうつむいた。ゴドフリーはというとヒルデの姿をみて安心したようにため息をついた。それはヒルデの身を案じてではなく、自分の身を案じてだ、ということはわかりきっていたけれど。


「やはりな。それで、どこまで聞いたんだ?」


 ゴドフリーはまだ余裕そうだった。


「100年以上前からこの子を使って聖魔法を使えるとうそをついてきたこと。呪いは完全には解かず、金をもらい続けていたこと。そして彼女を教会から譲り受けたこと」

「そこまで知ったか」


 ゴドフリーはふっとため息をついた。この場で何も知らないのはアルベルトだけだった、ということに俺は今更ながらに気づいた。アルベルトは目を見開いて、領主とゴドフリーの間に視線をさまよわせた。


「どういうこと? 聖魔法を使えないって? 僕はそのうち、使えるようになるんだよね? 儀式を行えば使えるようになるって言ってたじゃないか!」

「いや、使えない。あれはうそだ。レガス家は聖属性の魔法を使える家系じゃない。代わりにホムンクルスを使って、聖魔法を――光魔法を使えるふりをしてきた家系だ」


 アルベルトはそれを聞いて放心していた。やはり、彼は自分の家系のうそを知らなかった。だから、ヒルデを見たことがなかったんだ。

 今考えるとヒルデがアルベルトを殴ったのはある意味ではレガス家への反抗だったわけだけれど、殴った側も殴られた側もその事実にまったく気づいていなかったわけだ。なんという皮肉。

 ゴドフリーは椅子の肘掛けをコツコツと指でたたいた。


「それで、私たちの家系が聖魔法を使えないという確認はできただろう。つまりお前は私たちの弱みを握ったわけだ。それを使って何をしたい? 娘の呪いを解けとでも言うのか?」


 こいつはどうしてまだ焦っていないのか不思議だったが、彼が続けて言ったことでその理由がようやくわかった。


「お前は娘の呪いを完全に解かなかったと言ったが、今となっては、ヒルデの魔力量では根絶できない。それにヒルデは強情だ。呪いを解いてもらうにはコツがいるんだよ。まあ、これからの呪い解消の代金をなくすというので手を打ってもいいが」


 ああ、そういうことか。ゴドフリーはまだイーニッドの呪いが解けていないと思ってるんだな。そして、ヒルデを使いこなせるのは自分だけだと思っている。

 なんと浅はかな。


「娘の呪いはすでに解けた」


 領主が言うと、初めて、ゴドフリーは慌てた様子を見せた。


「なに!? バカな!! ヒルデ、お前! 私のときはろくに仕事をしないくせに!!」


 彼は立ち上がって怒鳴ったが、領主がそれを制した。ゴドフリーは領主をにらむとドスンと椅子に腰掛けた。


「だが、魔力量が足りなかったはずだ。どうやって……」

「話すつもりはない」


 領主はゴドフリーをにらんだ。


「お前に聞きたいのは教会との関係だ。お前の先祖は――いや、人間の尺度ではなくハーフエルフの尺度で考えれば、100年前、お前は生きていたはずだ――お前はヒルデを受け取り恩恵を受ける代わりに何を見返りに渡した? 何をたくらんでる?」

「なぜそんなことを話さなければならないんだ……」

「まだわかってないみたいだな」


 領主は両手を握りしめた。パキパキと関節の鳴る音がする。


「お前は今まで聖魔法を使い呪いを治せるというただ一つの利権によってでかい顔をしてきた。だがいま、それがハリボテだと露呈し、かつ、聖魔法が使える張本人がこちらにある。私たちは呪いにおびえる必要もない。お前はすでに何かを押し通せる立場にないんだよ、ゴドフリー・レガス」


 ゴドフリーは歯を食いしばっていた。額から汗が一筋垂れる。しきりにアルベルトの方をみている。息子の前でこんな姿をさらしたくないと思っているのだろうが、当の本人であるアルベルトは依然として放心状態だったから、その点は安心だった。


 ゴドフリーは小さく口を開いた。

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