第85話 取引内容【改稿済】

「……金だ。金を渡している。それだけだ」

「それ以外もあるだろう?」

「いや……それは……」


 彼は落ちつかない様子で視線を地面にさまよわせた。目の前にてんびんがあって、そのどちらに重りを置くべきか考えているみたいに、左右に行ったり来たりしている。


「いいかゴドフリー、私は領主としてこの街を守る義務がある。この街でなにか良からぬことが起きようとしているのなら、それを未然に防がなければならない。すでに起きているなら、対処しなければならない。私と同じようにお前にも守るものがあるだろう」


 領主の言葉にゴドフリーはアルベルトを見た。そこには慈愛の表情が混じっていた。


「話しても話さなくとも、聖魔法については公表するんだろう?」

「ああ。呪われている人を救済する必要があるからな。残りはお前への罰だ。教会との関わりに対する内容によっては少し考えてみてもいい。何も話さないのであればそれなりの罰が待っている。もちろん教会に逃げ込まれては困るからな、ろうに入ってもらう」


 ゴドフリーはうめいて、そして、決断したようだった。


「『箱』が……埋まっている。それがあのシスターの、というより、『七賢人』の目的だ」


 突然謎の単語が二つ出てくる。領主もよくわかっていないようで首をかしげている。


「『箱』とは何だ? 『七賢人』とは?」

「私も知らない。ただそれを守るためにシスターがいるということは確かだ。ある時うっかり約束の時間前に教会に入ってしまった事がある。そこであいつが誰かとそう話しているのを聞いたんだ。私が聞いてしまったのはそれだけだ。すぐに見つかって呪いをかけられて死にそうになったからな。具体的には何も知らない。『七賢人』についても同じだ。何も知らない。私はただ、言われるがままに金を稼いできただけだ」


 ゴドフリーは深くため息をついた。領主は少し考えるようにけんにしわをよせていたがすぐに俺たちの方へと顔をむけた。


「ニコラ、ヒルデ聞いたことあるか?」


 俺は首を横に振る。ヒルデを起こして聞いてみたが彼女も知らないみたいだった。

「そうか」と言って領主はまた考え込んでいた。


 俺が一番聞きたかったのは教会と、ホムンクルスとの関係だ。それが「どうしてアルコラーダ周辺に突然ホムンクルスが放たれたのか」という問いの答えにつながるはずだ。


「『七賢人』はヒルデの他にもホムンクルスを作ってるのか?」


 俺が尋ねるとゴドフリーは首を横に振った。


「分からない。俺は何も知らない」

「じゃあ、ここの教会でかかわっているのは何人だ。全員が全員あの黒い目のシスターと同じように、ホムンクルスに関わりがあるのか?」

「いや、基本一人のはずだ。いっつも目を閉じていて、開くと真っ黒な瞳が現れるシスターだ。ほかにも時々上司が来るみたいだが、今はいない」


 そのあともゴドフリーにいくつか質問をしたが、彼はほんとうに何も知らなかった。ただの駒で、金を稼ぐためだけの関係だったのだろう。そして、裏を返せば、それを続けられたのは本当にそれだけに従事して多くを知りたがらなかったからだ。


「呪われて殺されるとわかってて知りたがるはずがない。私は金を稼いでこの街である程度権力をもてればそれでよかったからな」


 ゴドフリーはそう締めくくった。徹底的な小物。それが100年にわたってその地位を維持できたけつなのだろう。

 くそ。もっとシスターの情報を得られると思ったのに。

 有益な情報は一つだけ。あの教会のすべての人間が『七賢人』に関係しているわけではないということ。つまりあのシスターだけをどうにかすればいい。

 できれば戦闘はしたくない。あの闇魔法は脅威だ。それにまだ呪い以外の攻撃を俺は知らない。聞きたいことをまずは聞きたい。初めから攻撃されるのは困る。

 俺はヒルデをみた。彼女はずっと隠れていた。光の魔法には姿を隠すものがあるのだろう。それをつかってシスターに近づき、拘束する。それから話をさせればいい。

 レガスを通せば、「話し合いの席を設ける」という形で呼び出せるだろう。俺は領主にその案を説明した。


「どこか人のいない、シスターが暴れても問題ない場所がいいです。別のホムンクルスを用意していれば、それで攻撃してくるかもしれませんし。戦闘の準備をしておいてください。呼び出した場所の周囲で、気付かれないように警備を固めておいてください」


 領主も一緒に話し合いの席に来ると言ったが、呪いをかけてくる対象が俺と領主の二人になると守りきれない。


「……ヒルデ、手伝ってくれ」

 ヒルデは「んんん」と少し考えた後言った。

「わかった。連れ戻されるのもめんどうだし。その代わりまた気球に乗せてね」

「ああ」


 そこでようやくレガスの二人は全部わかったような顔をして、深くため息をついた。

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