第82話 呪いを解く【改稿済】
領主につれられて俺たちはイーニッドの部屋へと向かった。ヒルデは体力の温存とか言って俺におぶさっていたけれど、絶対自分で歩けるだろ。
部屋の中はカーテンが締め切られて真っ暗だった。メイドが先に入ってイーニッドの様子を確かめて、薄くカーテンを開いた。
イーニッドは辛そうに顔をかくして光から隠れるように目をそらした。
ああ、昔の俺みたいだと強く思った。
領主はベッドまで近づくとしゃがみこんで彼女の額に手をあてた。俺も領主の後ろからついていった。
イーニッドの顔は真っ白だった。以前会ったときから一ヶ月も経っていないはずなのに、ほおはコケていた。食事がのどを通らないのかもしれない。
「イーニッド、大丈夫だ。これできっと治るはずだ」
領主は娘にそうささやくと、俺の方を見上げた。その顔には祈るような拝むようなそんな表情が浮かんでいた。
ヒルデは俺の背中から降りると俺の手をとった。
「魔力お願い」
「ああ」
俺は手を通してヒルデに魔力を送った。彼女は空いている方の手をイーニッドにかざした。さっきみたのと同じだ。ヒルデの手のまわりにぼうっと光がまとわりついている。
そのままイーニッドにふれる。光が体の中に取り込まれるように、流れていくように小さくなったり大きくなったりを繰り返す。まるでホタルのように薄暗い部屋の中を小さく照らしている。
とても長い時間が経ったように思う。ヒルデが手を離して、ふうと息をはいた。
俺もヒルデから手を離した。かなり魔力を送ったような気がする。今までアリソンやローザに送っていたときとは違って、ヒルデ側にぐんぐん魔力を吸い取られて行くようなそんな感覚だった。
「ああ、疲れた」
ヒルデはそうつぶやいて、こてんと座り込んだ。
それとほとんど同時に、イーニッドが体を起こした。
「……あ、苦しくない」
彼女はそう言って、目に涙を浮かべた。領主はわっとイーニッドに抱きついて、涙を流した。
「ああ、良かった! 良かった! もうだめかと……」
ヒルデは眠そうでフラフラしていた。俺はヒルデの頭に手をおいて支えてやった。
◇◇◇
ヒルデは呪いを解けると証明した。
イーニッドが空腹を訴えたのでメイドたちが慌てて食事を作る中、俺とヒルデ、それから領主は書斎で向かい合っていた。
「ありがとう。今までレガスに頼んでも呪いは解けなかったんだ。やっとイーニッドは解放されたよ」
領主はホッとした顔をしたが、俺はあまりいい気分ではなかった。呪いが解けたことで、レガスに対する
「レガスはきっと呪いをわざと解かなかったんです。……そうじゃないか、ヒルデ?」
ヒルデは俺の隣で寝転がっていたが、俺を見上げると
「呪いを解くな、軽減だけしろって言われてた」
「どうして!?」
領主は
「金のためだな」
「ええ。おそらく他の呪いを受けている人々からも同じように、完全には治さず、軽減させることで金をむしり取っているんだと思います」
「あいつ……。今まで恩を感じていたのがバカみたいだ!」
領主の額には血管が浮き出ていた。額だけではなく髪のない頭まで真っ赤になっている。
「ヒルデが逃げ出したので、もうその心配はないと思います。ゴドフリーが盗まれたと騒いでいるのはヒルデのことなので、だから、余裕がなく焦っているんです」
領主は深呼吸を繰り返したあと、ヒルデに尋ねた。
「一つ聞きたい。どうして、今になって逃げ出そうとしたんだ? イーニッドが呪いを解いてもらうようになって、もう10年近い。そんなに長い間あそこに閉じこめられていたんだろう?」
ヒルデはそれを聞くと、首を横に振った。
「10年じゃない。たぶんもっと」
そう言うと彼女は書斎の壁にかかっている肖像画の一つを指差した。壁には歴代の領主の肖像画が並んでいた。ヒルデが指差したのは端から4つ目だった。
「あの人が生きてたときから閉じこめられてる」
「なっ……、100年も前じゃないか!!」
「そうなるのかな、わかんない。冬を数えるのは途中で飽きちゃったから」
また壮大な話だな。
俺はヒルデに尋ねた。
「で、100年も捕まっていたのにどうして今更でてこようと思ったんだ?」
「最初の10年も同じように逃げ出してたよ。ちょうちょ追っかけたり、トカゲ追っかけたりして。でも、目新しい物がなくなって、窓からの風景が変わらなくなって、外に出てもつまんないなって思うようになったの」
彼女はそう言って窓を見た。青空が広がっている。雲の形は変わるけれど景色はまったくかわらない。俺の部屋からの景色もそうだったな。
「でもね、ある日変なのが浮かんでたの。しかも人が乗ってた。乗ってみたいって思ったんだ。それでまた、逃げ出した」
俺はぎょっとした。
「それって……気球だよな。俺たちを見たんだな?」
「うん」
ヒルデはものすごく遠くを見ることが出来る。きっと遠くで飛ぶ気球のカゴの中だってよく見えたんだろう。
そこでようやく俺は気づいた。
「気球が上がった日と、ゴドフリーがアルベルトに当たるようになった日が近いのは偶然じゃなかったんだな」
気球を見たヒルデが逃げ出して、それに気づいたゴドフリーが慌てた。四方を探したが、ヒルデは隠れ続け、ゴドフリーは余裕をなくしていき息子のアルベルトにあたった。
気球が浮かんでから色んなものがおかしくなったと感じたアルベルトは、気球を破壊しようとした。短絡的でバカな考えだが、そういうことだ。
結局それが裏目に出て、ヒルデに殴られて
俺はヒルデに尋ねた。
「お前はレガス家に戻りたいか?」
「んー、つまんないから戻りたくはないかな。あそこにいるメリットないし」
という結構適当な答えで俺と領主は苦笑した。
領主はため息をついてからつぶやいた。
「こんなふうに簡単に呪いが解けるなら、歴代の領主も
「というと?」
「いや、家は呪われる家系のようなんだよ。家族の誰かは常に呪いを受けている。生まれつきではないがいつの間にか受けてるんだ。だから代々レガス家に世話になっていて、恩を感じていたんだ。レガス家はそれで学校内での地位を築いていったようなものだな……、どうした?」
俺の顔は険しくなっていただろう。
代々呪われる家系だった?
シスターの顔が頭のなかでちらついた。
「ヒルデ、そんなことあるのか? お前が今まで呪いを解いた家で、代々呪われていたなんて話、他に聞いたことあるか? しかも生まれつきじゃないなんて」
「ない。呪いは遺伝しない。代々誰かが新しく呪っていたんだと思う」
頭のなかで色んな情報が
シスター。
教会。
サーバント。
ホムンクルス。
俺はヒルデに尋ねた。
「おまえ、100年前、レガス家に閉じこめられる直前まで、どこにいた?」
ヒルデはきょとんとして言った。
当然のように言った。
「教会だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます