第81話 領主の城へ逃げる

 俺はヒルデを背負って路地から顔をだした。シスターの姿はない。俺はあたりを見回すと、身を隠すようにしながら次の路地へと入っていった。

 領主の城に向かうんだ。今はそこが安全だし、それに話さなければいけないことがある。


 ヒルデはおそらくホムンクルスだ。見た目は人間で、サーバントを使わずに魔法を使っている。


 重要なのは彼女が聖魔法をつかえるらしいということ。シスターから俺が受けたのは呪いだろう。真っ黒な感じや症状が、領主に聞いていた呪いと似ていた。

 もしかしたら聖魔法とは光魔法の上位版なのかもしれない。

 

 このふたつのことを仮定するといろんなことがわかる。


 一つ。レガス家から盗まれたものとはなにか。盗まれたんじゃない。逃げ出したからなくなったんだ。ヒルデ自身がレガス家から逃げ出したのを盗まれたと勘違いしているんだ。


 二つ。どうして、アルベルトは顎が外れたあと、治療をしてもらえていないのか。してもらえないわけではなくて、できないだけなんだ。ヒルデがいなくなって聖魔法が使えなくなった。それは領主の娘の呪いを軽減できなくなったことからもわかる。


 そう、おそらく、レガス家の人間は聖魔法が使えない。


 ずっとヒルデを使って聖魔法を使ってきたんだ。

 そして息子のアルベルトはそのことを知らない。ヒルデの存在すら。


 父であるゴドフリーはヒルデが逃げ出し、聖魔法を使えなくなったことに恐怖を覚えた。そして教会に助けを求めた?


 そこがまだつながらない。

 まだわからないことがある。


 ヒルデを背負ったまま徐々に領主の城に近づいていく。シスターがどこにいるのかわからない。まわりをよく見て……。


「……っ!!」


 と俺は立ち止まった。そこにシスター服を着た女性が立っていた。向こうを向いていて顔はよく見えない。慌てて身をかくして、影から様子を伺う。


 彼女が振り返る。


 が、その女性はあの目が真っ黒なシスターではなかった。しかし、教会の人間であることは確かだ。同じようにヒルデを追っているかもしれない。

 息を潜めて身を隠したまま、シスターが立ち去るのをじっと待つ。


 ……なんとか、隠れられたようだった。

 そのまま領主の城に走って向かった。


◇◇◇


 呪いの話があるというと、門番はすぐに通してくれた。

 俺はメイドたちの指示にしたがってヒルデを一室に連れて行って寝かせた。


 領主は目の下にクマができていた。どうやら最近眠っていないらしい。


「イーニッドの体調がひどくなるばかりだ。ずっとついているんだが、苦しそうで……。レガスはまったく治療をしてくれない。気球の件でも抗議をしたんだが、忙しいの一点張りで、しかも、余裕がなかった。あんなに慌てて顔色が悪いあいつを見たことがない」


 領主は下唇を噛んだ。


「そのことで話があってきました。重要なことです」


 俺は俺の考えを話した。聞いている間、領主の顔は徐々に険しくなっていった。


「レガスは聖魔法を使えないだと?」

「息子のアルベルトが一週間経っても怪我をしたままです。聖魔法があるからと牛耳っているレガス家がそれを放置するのはおかしい」

「じゃあ、どうやって今まで呪いを解いてきたんだ?」

「おそらくは。俺が連れてきた女の子が目を覚ませばわかるはずです」


 ヒルデが目をさますのに時間はかからなかった。メイドが報告に来たので俺と領主はヒルデのいる部屋に向かった。彼女はまた眠りについていて、すうすう寝息を立てていた。


「おい。一回起きたんだろ」

「んあ」


 と彼女は目を覚まして俺をみた。


「あれから逃げ切れたんだ」

「ああ。なんとかな。なあ、聞きたいことがあるんだ」

「何?」


 俺は領主をみて、それからヒルデに尋ねた。


「お前、呪いを解けるのか? 俺にかかった呪いを解いたんだろ?」

「…………解ける」

「本当か!?」


 領主はカッと目を見開いてヒルデに近づいた。ヒルデは怪訝な顔をして俺をみた。


「解けるけど、疲れる。ものすごい魔力使うし」

「魔力なら俺が流せばいい」


 さっきやって知ったが、どうやら人に対してだけでなくホムンクルスに対しても魔力を流せるらしい。中に人が入っているからかもしれない。

 

 ヒルデはそれでもまだ渋っていた。


「でもお」

「なんだ? なにかまだ問題があるのか?」


 領主は首をかしげた。


「終わったらシスターに突き出されるんじゃないの?」

「そんなことはしない」


 俺は首を横に振った。


「でももうわかってるんでしょ? 私がホムンクルスだって。聞いてたよ」

「ああ。わかってる。でもお前は人を襲ったりしないだろ? 疲れるといいながらも、俺の呪いは真っ先に解いてくれたしな」

「……うん」


 領主は頷いた。


「ここにいればいい。人を襲わないなら大丈夫だ。その代わり、娘の呪いを解いてくれ。頼む!」


 領主は頭を下げた。ヒルデは少し面食らったような顔をして、それから頷いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る