第79話 シスター
俺は彼女たちの前をうろついたが、びくともしない。
「あの、入りたいんだけど?」
イラッとして言うと、シスター姿の女のほうが口を開いた。
「あら、失礼しました」
彼女は微笑んだが目が開いていなかった。
見えてるのか? ただ細いだけかもしれない。
男の方は口元に茶色い布がまかれていて、同じように茶色の修道服のようなものを着ている。
「ワタクシ達、捜している子がいるのです。ちょっとご協力いただけません?」
彼女はこてんと首をかしげて言った。
俺は男の方も見たが、彼はじっと虚空を見つめるだけで反応がない。
話を聞かないと通してくれないっぽいな。
「どんな子です?」
「ボロボロの服を着た、気怠げな女の子です」
……ヒルデだな。
あいつ、家がないって言ってたが、それは孤児だから家がないって意味だったのか。教会に住んでるんだろうと俺は思った。
なんか悪いことしたな。
レガス家からものを盗んだのも教会のためなのかもしれない。といって、レガス家が教会に対してなにか悪いことをしているのかなんて知らないし、この街の教会に行ったこともないからどんな様子かなんてわからないけど。
俺の反応をみて、シスターの目が少しだけ開いた。
「知っているのですね?」
「ああ……まあ、知ってる」
「どこに居るんです?」
相変わらず薄く開いた目で首をかしげたままシスターは言った。彼女の目は吸い込まれるような暗い色をしていて、まるで瞳がすべて黒目であるかのように見えてゾッとした。
「あ、ああ、見失った。さっきまで一緒にいたんだけど……」
「どこでです?」
「学校内だけど……」
そう、俺が言った瞬間、シスターは修道服の男の腕をつかんだ。
男は一瞬で姿を変え道具の形になる。
それは本だった。
聖書なのだろうか、表紙には細かな模様があしらわれている。よく見ると箱のようなものが描かれていた。開いて読めるのかと思ったが、ページはすべて偽物で、どちらかと言うと本の形をした箱のように見えなくもなかった。
本のサーバントなんて初めて見た。
「ありがとうございます」
シスターはそう言うと、服をはためかせて走り出した。《身体強化》を使ったのだろう。みるみるうちにその姿が小さくなっていく。
ヒルデ、見つかるだろうか。
すぐに消えてしまうからな。
というか彼女のアレはなんなんだろう。
瞬間移動?
それにしてはアルベルトを殴ったとき、消えてから出現するまで結構時間がかかったような気がする。
俺は首をかしげつつ。宿の中に入っていった。
◇◇◇
明くる日、俺はまたダンジョン『アラクネの機織り部屋』に潜っていた。ローザを連れて来なかったから道中、苦労した。
特にクロススパイダーの受信糸網にひっかかって、上から突然降って来るのが何度かあった。《闘気》を身にまとっていたとはいえ、ふっとばされて糸まみれになった。それに巣をいちいち取りに上まで跳ばないといけない。
ローザがいると楽だったなあ。
そう思いつつ、途中から面倒になって魔物を無視しつつ、七階層に向かった。
前回倒してしまったのでここにはもういないだろうと思っていたら、もうすでに新しい居住者が巣を作っていた。
さすが『アラクネの機織り部屋』と言われるだけある。新しく生まれたのがここまで大きくなったわけではなく、たぶんもっと下の階層から移り住んで来たんだろう。
そしてこいつもまたカビに寄生されていた。
あーやだやだ。
やることは変わらず黒焦げにすると、巣を回収して、ダンジョンから出た。
「あのお、次から黒焦げじゃない倒し方してほしいんですけど」
解体場に持っていくと例の研究者が苦言を呈した。
「小さいのは凍ってるじゃん」
「だって、大きい方が命令出してたんでしょ? そっちのほうが重要なのに……」
彼女はしょぼんとしながら、でも腕はキビキビ動かして解体を進めた。
俺は頬を掻いて、戻ってきた研究者に言った。
「まあ、次があったら」
「期待してる!!」
今回は研究費が入ってなかったので報酬は安かった。従えてたクロススパイダーも少なかったしな。
ま、それが目的ではないのでいいのだけど。
素材を持ってクロードのところに向かうと彼は安全性について、ミニチュアを使って考えているようだった。
「やっぱり下で受け止める方法を考えたほうがいいナ。アルベルトに穴を空けられたときに思ったが、あれが考えられる事故だロ」
「まあ、たしかに。後は突然風が吹いてきて飛ばされるとか振り回されるとか、か」
「それは天気を見て飛ばすのを中止すればイイ」
俺は頷いた。今の所、無理に飛ばす必要はないからな。
「今は係留するロープが一本だが、何本か用意して、壊れたときに引っ張ってもらうようにしよウ。で、下には柔らかいものを用意して落ちたときも怪我がないようにする」
「柔らかいものねえ」
俺は腕を組んで考えたがあまりいい案が浮かばなかった。
「マットレスとか?」
「いや、水が良いと思ウ。ニコラ、前にでかい水の球を弾けさせただろ? あれをなにか布に包めば……それこそ、前の気球の袋のところを使ってクッションにすれば落ちてきても平気ダ」
クロススパイダーの巣は空気を通さないからな。水も同じように通さないはずだ。
俺は頷いて、とってきた素材をクロードに見せた。
「またとってきたのカ!! これで作れるナ!!」
クロードはそう言ってはしゃいだ。
◇◇◇
翌朝。目を覚まして伸びをして、今日は何をしようか、また魔法の練習でもしようかと考えていると、何やら音がして身構えた。カサカサとなにかがこすれるような音だ。
俺はベッドから飛び起きると身構えた。
虫か? なんだ?
音はベッドの下から聞こえてくる。
屈んで覗き込むと、そこにはヒルデの姿があった。
彼女はすうすうと寝息を立てて、眠っていた。
「おい。起きろ」
「んあ?」
彼女は目をさますと、身をくねらせてベッドの下から出てきた。芋虫みたいだった。
「……おまえ、ここで何してる?」
「思いの外、寝心地が良かったからまた来た」
「気球に乗れたからもう俺たちに用はないんじゃないのか? 昨日すぐに消えただろ。つうかシスターが探してたぞ」
「ああ……」
と、つぶやいてまた眠ろうとするヒルデ。
俺は彼女の顔を掴んで頬を潰した。唇がくちばしみたいに縦にしか動かなくなる。
「うー! うー!」
「寝るな! シスターには会ったのか?」
「うううーう!」
俺が頬から手を離してやると、彼女は頬を擦りながら言った。
「見たけど、逃げた。だから会ってない」
「なんで逃げる? お前が逃げてるのはレガス家からものを盗んだからだろ? 教会は味方だろ?」
「私はなんにも盗んでない。レガス家から逃げてるのは本当だけど」
俺は首をかしげた。どういうことだ?
「じゃあなんでレガス家に追われてる?」
「それはあ……」
ヒルデは少し言いにくそうだったが、しばらくして口を開いた。
「あそこに閉じこめられてたから」
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