第78話 違和感

 ヒルデをどうするかと言うのが当面の問題だった。外にぶん投げるわけにも行かない。


 仕方なくとりあえず、俺の宿に連れて行くことにした。宿の主人にバレると追加料金を払えと言われそうだからコソコソと隠れて連れてきた。どうせ一週間後にはいなくなるんだ。それまでの辛抱だな。


「おお。ここが宿」

「静かにしてろよ」

「それは得意」


 ヒルデは毛布にくるまるとベッドの下に潜り込んだ。そこに隠れるつもりなのか。見つけた人は恐怖におののくだろうな。

 

 領主にも話をする必要があったので俺はまたぞろクロードとブリジットをつれて領主の城にやってきた。

 前は娘のイーニッドも一緒にいたが、今日はいなかった。


「ああ。最近体調が悪いんだ。レガス家がばたばたしているようでな、治療をしてくれないんだ」


 領主はかなりイライラしながらそういった。


「物を盗まれて慌てているからって、そんな……」

「あいつなにか盗まれたのカ?」


 クロードが俺に尋ねた。


「何を盗まれたかは知らないが、そういう話を聞いたんだ。それで苛ついてアルベルトに当たって、アルベルトが俺たちに当たったってわけ」

「気球の話か」


 領主はようやく話がつながったように頷いていた。

 俺は穴を空けられた経緯と、今後について話した。

 領主は禿げ上がった頭に触れた。


「そしてやったのがアルベルトだと言うんだな? 全く、迷惑ばかりかけているなあの家は」

「ええ。なので気球に乗れるようになるのはもう少し後になるかも知れません」


 ブリジットの言葉に領主は頷いた。


「私からまたレガス家に抗議しておくよ。今回のは実害が多すぎる」

「お願いします」


◇◇◇


 それから一週間は気球を直す作業に追われていた。まだ残っていたクロススパイダーの巣を使って修繕し、細かな傷はスライムで作った接着剤で補強した。


 素材はこれでなくなってしまったのでまたダンジョンに潜ってとってくる必要がある。ローザは忙しそうだから今度は一人かな。


 修繕後、俺はヒルデを連れてきて、気球を膨らませた。流石に今回は攻撃してこないだろうが、念の為、手伝ってくれた学生たちやクロードがまわりを見回して、くれている。


 ヒルデは念願の気球の籠に乗ってその縁に手をかけてワクワクしている様子。珍しい表情で俺は少し笑ってしまった。


「落ちるなよ」

「大丈夫。早く早く!」


 俺は気球を見上げた。気球の袋はすでにパンパンになっている。空気の漏れはなさそうだ。しっかりと修繕されている。これなら問題ないだろう。


 籠が地面を離れて少しだけ揺れる。


「おお!」


 高く高く昇るとヒルデはますます身をのりだして、俺は慌てて彼女の服を掴んで引っ張った。


「ほんとに落ちるからやめろ!」

「だってすごいんだもん!!」


 彼女は大はしゃぎで籠の中を歩き回って、あっちを見たりこっちを見たりしていた。


「あ! 気球壊したやつだ!」

「え!」


 慌ててヒルデが指差す場所をみた。また壊しに来たのだろうか。

 いや、違う。かなり遠くで全然見えない。


「よく見えるな。どこにいる?」

「レガスの家の庭にいる。顔中に包帯巻いてまだ治ってないみたい。思いっきり殴っちゃったからなあ」

「いい薬だったんじゃないか? みんな笑って……」


 いい薬……と自分で言って、俺は首をかしげた。

 なにかおかしくないか?


 レガス家は聖属性の魔法を使う家系で、だからでかい顔をしているはずだ。アルベルトは俺が授業を見学していたときに言っていた。


――君が大怪我をしたり、呪いにかかったりしたら、間違いなく僕たちの家に厄介になるはずだ。聖属性の魔法には癒やしの効果があるからね。僕の家系に逆らうということは治す機会を永遠に失うということなんだよ。


 聖属性の魔法は大怪我を治せるはずだ。顎を殴られて外れたくらいならすぐ戻せるだろう。


 なのに、どうしてアルベルトは、まだ包帯なんか巻いてるんだ?

 ヒルデが殴ってからもう一週間だぞ?


「本当に包帯を巻いてるのか?」

「うん。辛そうな顔してるし」


 わけがわからない。


 気球を下ろすとクロードがパタパタとやってきた。


「問題なさそうだナ」

「ああ。空気の漏れも無いみたいだ」

「なんかあったのカ?」


 俺が考え事をしながら答えていたからだろう、クロードは首をかしげた。


「アルベルトのことだ」

「まさか上から見えたのカ? こっちに向かってきてるんだナ?」


 クロードは慌てたが、俺は首を大きく横に振って否定した。


「いや、違うんだ。そうじゃない。あいつは家にいたよ。ヒルデは目がいいみたいで、よく見えたらしい。アルベルトは、包帯を巻いていたみたいだ。おかしくないか?」


 彼は少し考えてから言った。


「おかしいナ。どうしてまだ怪我してるんダ? 聖属性魔法が使えるのに」

「な。おかしいだろ?」

「それに、もう一つおかしいところがあル」

「え? なんだ?」


 今度は俺が首をかしげる番だった。

 クロードは言った。


「どうしてヒルデはレガスの家の場所を知ってるんダ? 外国から逃げてきたって話じゃなかったカ?」


 俺はハッとした。ヒルデは逃げてきたとしか言ってない。

 外国からと思ったのは俺だ。彼女はそれに答えてない。


――逃げてきたって外国からか? それにしたって少しは金があるんじゃないか? 寝る場所くらいあるだろ。

――ない。金も寝る場所もない。というかここらへん詳しくないし。昨日はそこの木の陰で寝た。


 しかもヒルデはここの地理に疎い。レガス家の場所を知ってるのはますますおかしい。


 俺はヒルデの方を見た。


「あれ!?」


 そこにヒルデの姿はなかった。

 まただ。目の前から一瞬で消えてしまう。


「どこに行ったんダ? ブリジット、ヒルデを見たか?」


 クロードは少し離れた場所にいたブリジットに尋ねた。


「みてないけど?」


 そうか、これだ。だから彼女は逃げているのにダラダラと同じ場所に居座ることができたんだ。見つかってもすぐに消えれば逃げ切れるから。

 ヒルデは追われていたのだろう。


 レガス家に。


「あいつが、レガス家から何かを盗んだのか?」

「あいつ何も持ってなかったゾ? 小さいものカ?」

「いや、わからないけど、レガス家の場所は知っていて、なにかから逃げていて、しかも目の前から消えることが出来るとなると……怪しくないか?」


 クロードは少し考えていたが、息を漏らして言った。


「まあ、怪しいかも知れないが、ヒルデが盗んだとしてもなにか理由があったんだロ? レガス家だしナ」


 ……レガス家の印象が悪すぎて、盗まれた側なのに全く同情されていない。

 逆にすごい。


「ヒルデも気球に乗れて満足していなくなったんだろうしナ。俺は気球の改良で忙しいから、犯人探しとか、ヒルデを探すとかできないゾ」


 俺は腕を組んだ。

 まあ、言われてみればそうだな。


 元々ヒルデは「気球に乗りたがった子供」の一人にすぎないし、それに、アルベルトだって「ストレスを発散しに来た面倒なやつ」にすぎない。


 レガス家が何を盗まれたかとか、ヒルデがどこにいったのか、なんてことは俺たちにとって全く関係ないことだ。


 うむ。と考えるのをやめて、気球をしまい、俺は明日の本番に備えて宿に戻った。


 寄り道もせず宿の前に戻ると扉の前に、シスターとその付き人のような男性が門番みたいに突っ立っていた。

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