第71話 蜘蛛を研究者に渡したら喜ばれた

 街に戻る馬車の中でローザは考え事をしているようだった。


「ありがとうローザ手伝ってくれて。俺のわがままなのに」

「私あんまり手伝ってない。でもいい機会だったよ。自分がどれくらい出来るか……どれくらいできないか、よくわかった」


 自己評価が低いなあ。


「あれだけやれれば十分じゃない?」

「だめ。もっと練習しないとって思えた」


 これ以上練習してどうなりたいんだ。こわいなあ。


 ギルドに戻って何処で魔物を解体してもらえるか尋ねると、学校の近くに解体場があるとのことだった。

 行ってみるとギルド職員のほかに研究者らしき人や学生が待機していた。解体するのは学生たちらしい。授業の一環だろう。


 俺達の前にいた冒険者が出したのはそこら辺によくいる角の生えたウサギの魔物で、彼らはあくびをしながら、解体作業をしていた。


 俺達の番になってマジックバッグを出すと、それだけで彼らの顔色が変わった。

 勝手に期待するんじゃない。これでゴブリンとかだったらどうするんだ。舌打ちされそうだ。

 

 俺は辺りを見回して思った。

 狭いな。

 学生らしき一人に声をかける。


「あの」

「何でしょう?」

「たぶんここに収まりきらない」

「え! そんなに大きな物を持ってきたんですか!?」


 学生も研究者もワクワクしている。


「いや、たくさんあるだけ」

「ああ、そういうことですか。では一つずつ出してください」


 学生は明らかに落胆した。勝手に期待して、勝手に落胆した。

 まあいいけど。


 俺はまずクロススパイダーの巨大な丸焦げ死体をだした。それだけで解体場は一杯になった。


「焦げくさ! クロススパイダー!? こんな大きさの!?」

「他に小さいのが十体くらいです」

「小さいって……どのくらいです」

「俺の身長くらい」

「……小さくないじゃん」


 急にタメ口になった学生は「うひょー」とか言いながら黒焦げのクロススパイダーを見上げていた。

 そうだ、研究者がいるならこの際だから聞いておこう。


「このクロススパイダー、火の魔法で攻撃してきたんだけど、博物館にその記述がなくて、大変だった。なにか知らない?」

「え!! なにそれ!!」


 研究者の女性が目を剥いた。


「詳しく聞かせて!!」

「赤いカビが背中とか、脚の付け根とかに生えてて、そこに魔力が溜まってるみたいだった」


 俺がローザを見ると彼女は頷いた。


「その赤いカビは何処!?」

「ああ……燃やした」

「なんてことを!! 何かわかんないじゃん!!」

「いや、俺達だって殺されないように必死だったんだ」


 研究者の女性は頭を抱えていた。


「解体すれば見つかるか? いや黒焦げだしなあ」

「他にもクロススパイダーの死体はある。そっちは氷漬けになってる」


 俺が言うと、ばっと彼女は顔を上げた。


「見せて!!」

「これを解体したらね。場所がない」

「これ解体するよ。すぐに!!」


 彼女は学生たちに指示をして解体作業を初めた。アビリティやら魔法やらを使ってスパスパと解体作業が進んでいく。クロススパイダー自体は見慣れたものなのだろう、何処を切れば簡単に脚が外せるかなど、熟知している動きだった。


 作業が終わり、あれだけ大きかったクロススパイダーがバラされると、両手を汚したさっきの女性研究者が俺のところに走ってきた。


「他のクロススパイダーを見せて!!」

「はいはい」


 氷漬けのクロススパイダーを一体だけ出す。マジックバッグに入れるときに氷を溶かすために少し炙ったけど、体に損傷はないだろう。


「どこだ! どこだ! お! これだ!!」


 彼女は興奮した様子でそのカビを注視した。というか、やっぱりそっちにもついてたのか。


「初めて見た、こんなの! これはカエンカビっていうカビで火属性の魔力をもってるけど、魔法は使えないんだ。だってカビだから。それがクロススパイダーにくっついて、しかも魔力を与えてるなんて……」


 俺は相利共生の話を思い出した。

 が、そんな優しい話じゃなかった。


 研究者の女性は興奮しながら次々と解体を進めて、終えると俺に言った。


「相利共生かと思ったけど微妙だね。カビは体の中を侵食してたよ。あれだと脳までやられてるんじゃないかな。カビがクロススパイダーを操ってたのか、それとも魔法を使うためにやむなく体を侵食していたのか、わからないね」


 俺はゾッとした。ローザもそうみたいだった。

 

「ま、生存競争だから、他の魔物も利用するさね。いやいや、素晴らしい研究材料をありがとう」


 彼女は汚れた手で握手を求めてきて、俺は顔をしかめた。

 手袋を外して握手し直した。


 渡された金属の板をもってギルドに行き、受付に行く。


「ええと、クロススパイダー11体の討伐報酬、魔石その他の素材、それに加えて研究への貢献金が研究者の方から追加されてます。全部で金額は……」


 彼女はぎょっとして、桁を数え直して、言った。


「350万ルナです」


 俺の分の気球も作れるんじゃないかこれ?

 受付は金額を確認すると、俺たちに尋ねた。


「何処まで潜ったんです?」

「第七階層です」

「……そこまで潜る人いませんよ。無茶をしましたね。その他の素材にクロススパイダーの巣が入っていませんが。もしお持ちなら高く買い取りますよ?」

「いえ。これを目的に潜ったので」

 

 受付はああ、とつぶやくと金を準備した。


 ローザと折半なので俺の取り分は175万ルナだが、それでも大金だ。

 ありがたく受け取ってすぐに半分をマジックバッグにいれ、半分をローザに渡した。


「ニコラが倒したんだから全部ニコラのだよ」

「一緒に潜らないとあそこまでいけなかったし」


 それに魔力を見て判断してくれたのはかなり助けになった。


「じゃあ、半分もらうけど、でもニコラが持ってて。私すぐに必要じゃないし」


 ローザは貴族なのだった。それなりに金は持ってきただろう。

 俺は了解して、全部をマジックバッグに入れた。


 何にせよ、目的は達成できた。


 これで気球が作れるぞ!!

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