第72話 気球を飛ばそう

 ローザはしばらく授業に専念すると言っていた。


「ダンジョンで自分の不甲斐なさが身にしみたから」


 という理由だったが、そこまでだろうか?

 疑問だった。


 俺は翌日意気揚々とクロードたちのもとに向かった。


「とってきたぞ!」


 俺がマジックバッグからクロススパイダーの巨大な巣を取り出すとクロードは目を剥いた。


「ほ……本当にとってきたんだナ。と言うか一枚でこれカ? 何体も倒してとってくるからかなり掛かると思っていたガ」

「あれ、小さいやつのほうが良かった?」

「いや、このほうがイイ。……それにしても、よく倒せたナ。良い冒険者を連れていけたのカ?」


 ローザは良い冒険者だから、まあそうなのだろう。


「まあ、うん、そうだね」

「金がかかったんじゃないのか? いくら払って依頼したんだ?」

「別に気にしなくていい」


 依頼したわけじゃないしな。

 そういう意味で言ったのだけれど、どうやらクロードは俺が私財をなげうつくらい気球に対して熱い情熱を持っていると勘違いしたらしい。


「絶対成功させル!」


 そう奮起していた。


◇◇◇


 で、作り出したはいいものの、なかなか進まない。というのも今までと違って大きすぎて、単純に人手が足らない。

 大きな手がほしい、と思ってローザのことを思い出したが、彼女は授業に集中すると言っていた。邪魔をするわけにはいかない。


「つかれた」


 と地面に寝転がる。クロードもぐったりとうつ伏せになって寝ている。

 そこにブリジットがやってきた。


「うわ! 死んでる」

「死んでなイ」


 クロードはうつ伏せのまま手を上げた。


「というかこれ! 本当にクロススパイダーの巣とってきたんだ。でっかいね」

「頑張ったよ」


 俺が笑っていうとブリジットは作業状況を見渡した。


「これ絶対大変だよね。全然進まなそう」

「そう。そこが問題」


 ブリジットは少し考え込んでから、思いついたように頷いた。


「私が人を連れてくる。その代わり、私にいくらかお金を自由に使わせてほしい」

「店に投資してもらったお金のこと?」

「そう」

「自由にしていいよ。それはブリジットが集めたお金だから。クロススパイダーの巣が手に入って大幅に予算が浮いたし」


 俺が言うと、クロードもうなずいた。うつ伏せだったからわかりにくかったけれど。


「わかった。ありがとう」

「頼んダ」


 クロードは手を上げた。


◇◇◇


「連れてきた!」


 と、ブリジットが連れてきたのは学生数人と、布を扱う店の職人だった。


「よく連れてこれたね」

「学生の方には給料のいい仕事だって言ったから。実際に結構払ってるし」

「……職人の方には?」

「実はお金は出せないけど参加したいって思ってる店がいくつかあったのね。で、そこの職人たちをお金じゃなくて労働力という形で投資してもらったわけ」


 そういうことですか。職人たちが学内に入る申請はとっているみたいだった。手抜かりがない。なんにせよ、これでかなり作業が捗る。たぶんもう俺はいらない。


「何いってんの。参加して」


 ブリジットは俺の肩を叩いた。


 それから作業はサクサクと進んだ。目に見えて気球は形になっていく。

 最初にクロードが作っていた試作機は布にスライムを塗って乾かし、耐火性能を上げていたが、今回はその必要はない。


 その代わり、広告用に色々と絵を書く必要があってそれは面倒だった。最終的には気球から垂れ幕を下ろすことで解決することにした。


 数週間後、遂に気球は完成した。ヴィネットのところに顔を出してはいたが、彼らは他の研究者を仲間にするために奔走していたし俺の出る幕はなかった。

 大きなクロススパイダーの巣でできた袋にカゴがついていて、人が乗れるようになっている。


「これで飛ぶかどうかだナ。計算では飛ぶはずなんだガ」


 一緒にカゴに乗っているクロードが俺の隣で腕を組んでいた。

 俺は革の袋から火の出る剣を取り出して、気球の袋の入り口に立った。これで熱を送ってふくらませる。その間、手伝っていた学生やら職人やらは穴がないかどうか見て回っていた。


 みるみる気球は膨らんで、その体を持ち上げていく。結構熱くて俺は体を冷やしつつ作業を進めていた。

 

「おお」


 とクロードやブリジットの声が聞こえる。気球はパンパンに膨れ上がって、浮かび始めた。カゴと袋をつなぐロープがピンと張る。一応、カゴと地面にもロープはつなげて係留してある。


「お!」


 ふわりと、カゴが地面から離れる。ブリジットがそれをみて顔を輝かせる。


「浮いた! 浮いたよ!!」

 

 手伝っていた学生達もわっと声を上げた。気球は徐々に持ち上がって、地面から離れていく。


「できたんダ! やったゾ、ニコラ! 人を乗せて浮いてル!!」

「ああ、すごいなこれ!」


 クロードは興奮気味にカゴから身を乗り出して辺りを見ていた。木の高さを越えて、地面は更に遠くなる。もう、ブリジットたちはコイン大の大きさにしか見えない。


 地面とつながるロープが張る前に、俺は火を止めた。それでもかなりの高さになっていて俺は驚いた。今まで鞘で飛んでいたのがバカみたいに、簡単にここまでたどり着くことができた。

 安定して飛んでいる。ちゃんと完成しているんだ。


「クロードやっぱりすごいな。今までさんざん計算してたもんな」

「ここまでこれたのはニコラのおかげダ。ありがとウ」


 彼は俺に手を差し伸べた。俺はそれを掴んで握手を交わした。

 

「いままで属性魔法が使えなくて、ちゃんとした魔導具作れないから自信なかったガ、これでものすごい自信がついタ」


 クロードはニッと微笑んだ。


 気球はふわふわと下降して、地面にたどり着いた。ロープを引っ張って初めと同じ位置に降りるとブリジットが駆け寄ってきた。


「私も乗りたい!!」


 他にも乗りたいと言う学生達がいた。全員ではなかったのは高いところが怖いからだろう。


 クロススパイダーの巣はかなり大きかったので、当初の予定より大きい気球を作れていた。クロードの計算によれば5人くらいなら乗れるはずだったが、安全のために4人までに制限した。俺が乗らないとだめだから客は3人分だが。


 空の旅は学生たちを興奮させた。ブリジットも遠くをみて、街の様子がどうなっているかを確認していた。


「こんなふうになってるんだ。あ! あれお金出してくれた店だよ」

「あの店も知ってる! そこの通りいけば近いんだ! 知らなかった!」


 学生たちも行ったことのある場所を指差して笑っていた。


 下に降りると人だかりができていた。クロードや下に残っていた人たちが戸惑いながら説明をしていた。


「あれはなんだ。どうやって浮いてる?」

「描いてあるのは、店の看板か? 何処にあるんだ?」


 広告の効果はしっかりと発揮されていた。

 ブリジットは慌てた様子で気球から降りるとかばんからたくさんの紙を取り出した。


「これを作るために協力してくれた店について書いてあります! よかったら行ってみてください! 地図も書いてあります! クロード! 手伝って!」


 ブリジットから紙を受け取るとクロードも配り始めた。人がどんどん集まってくる。


「こんなことなら店の人呼んでくるんだった! ここで売ればよかったのに! 失敗!」


 ブリジットはそう叫んでいた。すごい効果だ。彼女の「広告に使う」という考えは正しかったんだと改めて思った。


「通しなさい! ほらどけて!」

 

 と、声が聞こえてきて教授らしき姿の人物が歩いてきた。クロードはその人物をみてぎょっとした。若い眼鏡をかけた男だった。彼は俺たちを見ると咳払いして言った。


「誰が責任者ですか?」


 あ、これ、怒られるやつだ。


 

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