第68話 頼もしいローザ

 今日は進んでも第三階層までと決めていた。俺は一応もっと先にはすすめるけれど、今日は様子見だし、それにローザのことを考えれば、彼女にとって初めてのダンジョン、どころか初めての依頼なわけで緊張しているかなと思ったり思わなかったり。


 そんなローザは俺の目の前でゴブリンだろうが、スライムだろうがズバズバ倒していた。心配する必要なかった。むしろ頼もしい。


 人形の形に変わったグレンを胸に抱いて、アビリティで大きな手を作り出して、ハエを叩くようにゴブリンを潰す。俺は初めてゴブリンに遭遇したとき殺されそうになったよ、なんてことは言えない。


 戦闘が終わりグレンが人型に戻ったところで感心して俺は言った。


「怖くないの?」

「忘れたの? 私、ずっと月に一度Cランクの森を通って、ニコラのところに通ってたんだよ?」


 グレンの口がそう動く。

 そうでした。そりゃ肝も据わっているはずだ。


 第一階層には研究者や学生がちらほらいて壁に生えているキノコやら苔やらを採取したり、小さな虫を瓶に入れたりしていた。皆、冒険者を護衛として雇っていて、近くには必ず武装した人が数人立っている。彼らは基本暇そうにしている。


 いや、顔をしかめているやつもいる。


 見るとその冒険者が護衛しているのは数人の学生で金持ちっぽかった。何のためにここに来たのかわからない。もしかしたらレジャーと勘違いしているのかもしれない。


 ゴブリンがまた姿を表すと、その中の女性が、「きゃあ、怖い」と言って、男にしがみついた。カップルかもしれない。


 と、人型に戻っていたグレンが、彼らを指差してローザに言った。


「ローザはあれを見習うべきだ」

「ぐっ」


 とローザは口ごもった。

 というか、グレン、お前自分の意見を言うなんて珍しいな。

 そんなに伝えたいことだったのか?


 ローザはかなり動揺しているのか、自分の口からもグレンの口からも同じ言葉を話した。


「「わ、私はいま冒険者なの。だからこれでいいの。そうでしょ、ニコラ? 頼もしいほうが良いでしょ?」」


 そっくりそのまま異口同音。


 ローザの言う通り、ダンジョンで魔物に出会ったとき、「怖い」と言われてしがみつかれるよりは戦ってくれたほうがいい。と言うかしがみつかれたら動き辛いし。


「……そうだね」

「ほらね!」


 ローザにしては珍しく、安心したようにそう言った。グレンは「それで良いのか?」といったような怪訝な顔をしていたが、ローザの視線に気づくと、すぐに顔をそらした。


 第二階層に降りるとチラホラとクロススパイダーの姿が見えるようになってきた。そういえばここのゴブリン達が着ている服はクロススパイダーの巣でできているものが多かった。汚れていて商品にはならなそうだけれど。


 まだ浅い階層だから、クロススパイダー自体もその巣も大きくはない。ローザは受信糸網を見て、魔力の流れを確認しているみたいだった。


「どうやって倒すの?」

「基本は首を切り落とす。水の剣撃が飛ばせるからそれでやってみようかと思ってる」

「じゃあ、私は押さえつけておくね」

「そっか、そんな事もできるんだ」


 ローザは受信糸網の一つ、魔力が一番流れているところに触れた。上で動きがあって、クロススパイダーが飛びかかってくる。博物館で見た剥製と同じくらいの大きさだ。


 ローザはアビリティを使って腕を作り出すと、クロススパイダーをむんずと掴んで地面に押し付けた。クロススパイダーはキイキイと鳴いてジタバタしていたが、うまく動くことができないようだ。


 一方的だこれ。グレンは武器のサーバントじゃないが、ここまで使いこなせると人形のサーバントは武器なんかよりずっと強そうだった。


 クロススパイダーは飛び降りてくるとき――博物館の剥製がそうしていたように――足に糸で作った盾を貼り付けて魔法の攻撃に備えていたようだけれど、がっしりと手に掴まれてしまってはそれも意味がない。


 俺はすんなりと首を切り落として、クロススパイダーを倒した。てかこれなら水の剣撃飛ばす必要もない。

 ……これ、俺、必要か?

 まじでローザにとってきてもらったほうが良い気がする。


 今も、ローザはアビリティで両手を作り出して、かなり上に作られたクロススパイダーの巣を外しておろしている。俺が跳んで取る必要がない。


「結構大きいね。服ぐらいなら簡単に作れそう」

「ああ、うん。そうだね」

「……なんでそんな適当なの?」


 ローザは眉を潜めた。グレンはため息をついていた。


 別にローザに良い格好をしたいわけじゃないし、活躍するところを見せたいわけじゃないんだ。

 でも、そんなに簡単にやられると、冒険者として自信がなくなる!!

 俺だって魔法の練習頑張ってるのに!!


 すねていても仕方がないので、自分の出来ることを探そう。どんどんやることなくなっているけれど。というかもう俺に出来るのは荷物運びくらいだ。

 マジックバッグに巣を入れて、クロススパイダーの亡骸を入れた。


 そのまま、第三階層まで降りていく。クロススパイダーを片っ端から捕まえて、巣を回収する。あんまりやりすぎるといなくなってしまうので、ローザに抑えてもらった。注意しなかったら、本当に乱獲しそうだった。


「今日はこんなところかな」


 俺がそう言うと、ローザはダンジョンの先の方をみた。


「ねえ、もっと先に進んでも良いんじゃない?」

「今日はこれで終わり」


 俺はため息をついた。先に進んだら何があるかわからないし、それに食料や水を十分に持ってきたわけじゃない。第三階層までの準備しかしてない。


 ローザは少し不満そうだった。ルビーと正反対で度胸があるからな。

 俺は、ジェイソンやホムンクルスになった冒険者のことを思い出した。


「次は準備をしっかりしてから来よう。無謀に突っ走って事故に遭うよりずっと良い。生きのびればとりあえず次のチャンスがあるからさ」


 ローザはふんふんとうなずいた。


「そうだね。この先は危険なんでしょ?」

「ギルドでもランクが上がるから、そうなんだと思う」

「じゃあ、準備してから来よう」


 彼女の表情から不満の色は消えていた。自分の力を示すためにバカをやる子じゃない。それが知れたのも収穫だったと思う。


 俺たちは三階層で進むのをやめ、ダンジョンから外に出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る