第63話 風魔法の練習をしよう

「レガス家ってそんなに力があるのか?」


 明くる日、俺はクロードに尋ねた。

 ヴィネットたちはまたもや解析に入ってしまったので、俺はまた暇になっていた。

 風の属性をもらって練習できるから良いのだけど。


 クロードはレガス家という言葉を聞いた瞬間、顔をしかめた。

 そんなにか。


「魔導具科を縮小しようとしている嫌なやつダ。息子も属性を持ってないとバカにしてくるしナ」

「アルベルト・レガスだっけ?」


 魔法の授業を見学していたらで突っかかってきたハーフエルフだ。聖属性の魔法がどうのこうの言っていたっけ。

 クロードはうなずいて言った。


「昔一緒の授業を受けたことがあって散々バカにされタ」

「災難な」

「あんまり関わりたくないよナ」


 たぶんそれはみんな思っていることだろうな。

 俺たちはため息をついた。


 嫌な奴のことを考えると嫌な気分になるので、俺達はそれぞれの作業を始めることにした。と言って、ブリジットが金を集めてくるのを待たなければ気球は進まないので、俺は風魔法の練習、クロードは気球の改良と計算のし直しをしていた。


 風魔法といえばミックが使えていたけれど、やっぱりあれはサーバントのアビリティだったから俺は俺なりに考える必要がある。


 気球を作り始めたけれど、風魔法で滞空できればそれに越したことはないし、それに気球にのっていて事故で落ちたときのことも考えておきたい。


 モイラの研究室で証明をするために風魔法を使ったけれど、小さな旋風を作れるくらいでちゃんとはっきりとその性質がわかったわけではない。そもそも思い切り魔法を使っていたらいつものように暴発して、研究室をまるごと破壊してしまいかねなかったからなあ。


 俺はとりあえず研究室でやったのと同じように手のひらの上でくるくると旋風を作ってみた。

 近くで計算していたクロードがハッとして俺を見た。


「風の属性も持ってたのカ?」

「昨日手に入れた。まだ使いこなせないな」

「手に入れル? それって俺も出来るのカ?」

「ええと……」


 そうだよな。属性を持ちたいと思っているクロードは、その方法を知りたがるのも当然だ。


「特異体質だから出来ることなんだ。体にアニミウムを入れないといけなくて……」

「そうか……残念だナ」


 クロードは本当に残念そうだった。

 悪いことをしたなと思っていると、クロードは笑って言った。


「気にしないで練習してくレ。風魔法なら気球にだって使えるだロ」


 彼はそれをわかっていた。俺は申し訳なかったが、練習を進めることにした。


 で、すぐに詰まった。

 というのも、今までは水とか火とか、目に見える形の現象だったけれど、風、となると空気の動きでしか無く、どの範囲で現象が起きているのかわからないし、そもそもこれは魔法で起きた現象なのか、それともただ風が吹いてきただけなのかすら不明。

 

 そもそも風ってなんなんだ?

 他の属性と違いすぎないか?


 水魔法なら水を作り出していたし、それは土も同じだ。これらはその場になかった物質を作り出していた。火や雷なら、力の爆発みたいなものがしっかりとあった。


 じゃあ、風は?


 ぶっちゃけてしまえば風を作るくらいなら他の属性で実現できる。と言うか、俺が空を跳ぶときに両手に持っている鞘からは、水蒸気ではあるものの、風がでていると言って過言ではない。


 それに魔力を回転させて、無属性の剣撃などを放てば同時に空気が動いて風が発生しているはずだ。


 それでも属性として存在している理由は?

 何も作り出さないし、力の爆発もないのに。

 ……いや、本当に作り出していないのか?


 俺はある仮説を立てた。他の属性は何かを作り出している。であれば、風の属性だって作り出しているはずだ。もっと言えば、作り出した結果として、空気が動いているのではないか?


 俺は水の球を宙に作り出した。

 ヴィネットはしっかりと適切な分量を俺に投与してくれたから、他の属性が消えているということはない。

 水の玉は直径が俺の身長くらいある。


 クロードが驚いた声で俺の後ろから言った。


「なにしてル?」

「ちょっと実験」

「濡れたくないから離れてるゾ」


 クロードは地面に広げた紙をまとめて離れた場所に走っていった。


 さて、俺の仮説はこうだ。

 風属性とはその実、気体を作り出しているのではないか?


 つまり「風を作り出す」のではなく、気体を作り出しているから結果としてまわりの空気が動いて、「風」のようになっているだけなのではないか。


 それを調べるのは簡単だ。水の中で風魔法を使ってみればいい。

 きっとボコボコと沸騰したときのように気体が現れるはずだ。


 俺はクロードを振り返って言った。


「やるぞ」

「あア」


 クロードは紙をバッグの中にしまって胸に抱えて、木の影に隠れていた。


 俺は風魔法を使った。


「おお!」


 俺の仮説は正しかった!

 俺の身長くらいの直径だった水の球は、ボフンと膨張して倍くらいに膨らんだ。水の中に巨大な気泡が出現する。


 やっぱり風魔法は気体を作る魔法だったんだ!!


 自分の仮説が正しかったとわかった瞬間、気を抜いた。

 俺はバカなんだ。


 水の玉は形を崩した。中にあった気泡が水の中を上に上がり、破裂した。空気が一気に上方に逃げ出し、それとともに水も噴き上がった。


「ギャア!!」


 クロードが叫んで逃げていく。水が上空に散らばって、落ちてくる。当たり一面に通り雨のように水が降る。

 残りの水はいつものように地面に落ちて俺の足をびしょぬれにした。


 こればっかりだな、クソお。


 水しぶきはかなり高いところまで上がっていて、小さな虹ができていた。

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