第57話 気球の問題点

 昼になるまで少し時間があったので、昨日と同じ場所で魔法の練習をすることにした。

 貫く魔法はどうなるかわからず危険なので、とりあえずは《探知》の方を鍛える。


 以前、ルビーと再会したときに森で探知を使ったが結構狭い範囲しか使えなくてグリーンウルフの存在に気づけなかった。つまり俺の《探知》の技術はまだまだ拙いものだということ。


 攻撃とか空を跳ぶとか派手なものばかり練習、もとい研究していたために《探知》は疎かになっていた。というかよく考えればホムンクルスを倒せたのはローザの《探知》があったからで、俺が何よりもまず練習しなければならないもののはずだ。


《感覚強化》はごくごく体のまわりにのみ魔力を漂わせてそれによって感覚の増強を図るものだったが、《探知》ではもっと外側に魔力を伸ばす必要がある。俺がグリーンウルフに気づけなかったのはおそらくそのせい。魔力を伸ばす範囲が狭いのだろう。


 で、練習しようにも、どうやるべきかわからない。魔力が流れている生物が近くにいるわけじゃないし、あまり小さい虫みたいなものだとまだ探知しづらい。つまり、「探知の対象」「探知の的」みたいな物が欲しい。ふむ。


 と考えているとクロードが紙を手に持ってやってきた。


「計算したゾ」

「飯食った?」

「昨日から食ってなイ」


 俺は頭を掻いた。クロードに倒れられるのは困る。

 飯をおごるくらいなら良いかと思った。クロードのアイディアは面白いし、きっと気球も実現するだろう。それに金を払っていると思えば懐は傷まない。一生タダ飯を食わせるとなるとちょっと、と思うけど。


 店に着くとクロードは少し決まりが悪そうだった。


「おごってもらうのは……嬉しいガ……」

「気球がうまくいったら、それに人を乗せて、金を稼いで返してくれ」


 俺がそういうと、クロードはむむとうなった


「計算式見てくれ」


 彼は俺に紙を渡すと、飯を食い始めた。

 

 俺は先に飯を食い終えるとクロードから受け取った計算式を見た。全くわからない。


「気球が受ける浮力は気球の外側にある空気の密度ρと気球の体積Vとある定数をかければ計算できル。その定数は計算上相殺されるから気にしなくて良いんだガ……」


 なんで気球が浮く力を計算するのに気球の外側の密度を計算に入れるのかわからない。内側の密度が関係しているのではないのか。

 全くわからない。


「とにかく重要なのは、気球の体積と気球内の温度ダ。温度はなんとかなるとして、体積はそれだけの大きさが必要だから、表面積ハ……」


 出された数字を見たがピンとこない。


「膨らましたら五階建ての建物くらいの高さになル。半径もそれより少し短いくらいダ」

「つまり、ええと、建物を覆えるくらいの布が必要ってこと?」

「まあ、そうだガ。布じゃなくても良イ。魔物の薄い皮とかでも代用できるかもしれなイ」


 俺はようやく自分が言ったことが相当大変だということに気づいた。

 さてどうするか。


「バルーン・スクワールってでかいやついないの?」

「聞いたことないナ」


 もしいればそいつの皮を使って気球を作れるのにな。


 熱をガンガン作り出す方法はあって、後は空気を貯める場所を作ればいいだけなんだが、難しいな。

 

「学校って調べ物できる場所ある?」

「図書館があル」


 俺でも入れるかな。聞いてみよう。


「なにかいい方法がないか調べるよ。そういう魔物がいれば素材を取りに行けばいいし」

「俺も調べてみるが……大変だと思うゾ」


 俺はうなずいてふと思い出した。


「そうだ。《探知》の訓練用に、魔力が循環する魔道具か何かほしいんだけど、どこで売ってるか知らない?」


 俺はどうやって《探知》を訓練したいかを説明した。魔力の流れを感じ取りたいと話すとクロードはうなずいた。


「売ってはいるが、結構するゾ。簡単なもので良ければ俺が作ル」

「作れるもんなの?」

「まあ、魔道具の基本みたいなもんだからナ」


 俺はいくらか彼に金を渡して作ってもらうことにした。


 数日後、彼が持ってきたのはゴブリンをかたどった醜い置物だった。口をかっぴらいてつぶらな瞳で襲いかかろうとしている形。


「捨てられてたから使ってみタ」

「……うさぎとかが良かったな」

「これしか捨てられてなかっタ」


 この置物を作った人は何を考えていたのか。売れると思ったのだろうか。襲われたことがある人にはトラウマものだろう。手で持てるくらい小さいけれど妙にリアルだし。


「背中に蓋がついていル。ここに魔石を入れて、このレバーを真ん中まで倒すと魔力が置物の内側で循環すル。最後まで倒すと魔力が置物の外側で循環すル」


 簡単な使い方で何よりだ。

 レバーを倒すとつぶらな瞳が赤くチカチカと光った。

 いらない。こんな機能はいらない。


「機能してるかどうかひと目で分かるから便利ダロ」

「まあ、そうだけどさ」


 試しに持ったまま《探知》を使ってみた。まだ使いこなせないがなんとなく何かが流れている感覚がある。「探知の的」としては使えるだろう。

 眼が光るのが邪魔くさいけど。


 箱に入れて使おう。そうしよう。

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