第47話 ホムンクルスがいた理由

 体がだるくてそのまま眠ってしまいたくなるが、血溜まりの中での睡眠なんて絶対悪夢しか見ない。俺がなんとか体を起こしていると、冒険者たちが駆け寄ってきた。ようやくここまでたどり着いたらしい。


「おい! 大丈夫か!?」


 さっき森で爆発する矢を放っていたロビンが俺に駆け寄った。彼は肩で息をしていて相当急いだことが伺えた。

 俺は彼とハイケの手を掴んで体を起こした。


「魔力切れだよ。怪我はしてない」


 俺は自分の体を見た。血まみれだ。ひどい匂いで顔をしかめた。

 ロビンの後からハリーや他の冒険者がやってきた。多分全員じゃない。一部は森の近くで他の魔物が飛び出てくるのを対処しているのだろう。


 ハリーは俺のそばに倒れているホムンクルスの姿をみた。


「倒したんスか!? どうやって!?」

「魔力を流したんですよ。こいつは魔力中毒症で身を滅ぼしたんです。ローザが《探知》でこいつの体を見たときに魔力が滞っているって言っていて、それで気づいたんです」

「だから、アニミウムを食っていたんスね……」


 ハリーはしゃがみこんで、ホムンクルスの死を確認した。


「死んでるっスね。魔力中毒症。そんな倒し方が……」


 ハリーはそこでハッと気づいたように目を開いた。 


「だから、ここに二体もホムンクルスがいたんス……! どうしてこんな場所に二体もホムンクルスなんていう特殊なサーバントがいるのかやっとわかったっス」

「どうしてです?」

「レズリーとボルドリー、その間には重要な街があるっス」


 俺はようやく気づいた。どうして気づかなかったんだ。


「アルコラーダ……」

「そうっス。アニミウムの産出地っス。ホムンクルスが人を食って魔力を増やせば自ずとアニミウムが必要になるっす。ホムンクルスをばらまいたやつは意図的にアルコラーダ周辺を狙ったっスね。死の川もあるっスし」


 そうか。本当なら、ゾーイはアルコラーダに向かうべきだった。ただ、ライリーは俺を殺したがった。だからわざわざ森を越えたのだろう。それが裏目に出た。


 もしアルコラーダに直接向かっていたらと思うとゾッとする。ホムンクルスは莫大な魔力を持った恐ろしい存在になっていただろう。


「他のギルドに警告しておくっス。他にもホムンクルスがいるかも知れないっすから。アルコラーダにも警戒するように伝えるっス」


 それから、ハリーは冒険者達に事後処理を指示をした。

 冒険者たちは走ってやってきたためか皆、肩で息をしていてそれを断った。


「少し休ませてくれ!!」


 ハリーは苦笑した。


 俺は血まみれだったから体を水で洗おうとしたが、魔力切れなのを忘れていた。

 不便だ。アリソンは毎日のようにこういう気分を味わっていたのだろう。

 親切な冒険者に水をかけてもらって、ロビンに火を焚いてもらった。少しは匂いが収まった気がする。


 そんなことをしていると街の方から騎士と伯爵が馬に乗ってやってきた。


「ニコラ! 大丈夫か!?」

「平気です」


 伯爵は馬を降りるとすぐに俺に近づいてきて肩を掴んだ。


「ありがとう!! 君のおかげで街は守られたよ!!」

「ええと……」


 俺は苦笑した。故意ではないとはいえ、ボルドリーにホムンクルスをおびき寄せてしまったのは俺だ。ライリーは俺を追いかけていたのだから。

 俺がそう言うと、聞いていたハリーが言った。


「何言ってるっスか。おびき寄せられたからこれで済んだんスよ。アルコラーダに行ってたら、ボルドリーどころかここらへん一体なくなっていたかもしれないっス」


 ハリーはちゃんとわかっていた。

 その事実を俺以外の口から話してもらえたことが嬉しかった。

 俺が言ったんじゃ、ただの言い訳にしか聞こえなかったから。


「ありがとうございます」

「それはこっちのセリフっス。職を失わずに済むっス」


 にへら、とハリーは笑った。


「こんないいところ、ほとんどないっスから」


 君は休んでていいっス、とハリーに言われたので、お言葉に甘えて俺は街に向おうとしたが、立ち止まってライリーの死体を見ると、少しだけ祈りを捧げた。

 これでも、弟だからな。


 魔力切れの症状は少しずつ収まっていたがまだ怠い。馬に乗せてもらって、街まで揺られていった。


 ローザとルビーが街の外に出てきていた。きっとホムンクルスを倒したという知らせを聞いたのだろう。

 彼女たちの近くにアニミウムの入った箱がずらりと並んでいて、結局使わず悪いことをしたなと思った。


 馬から降りると、ローザとルビーが駆け寄ってきた。


「お兄様、怪我はないですか!?」

「ないよ。大丈夫」


 俺はローザを見た。


「魔力のこと教えてくれてありがとう。あれがあったからなんとかなったよ」

「無茶するよね」


 グレンがそう言って俺は苦笑した。

 ルビーの後ろにはナディアとエイダが立っていた。


「終わったんですね……」

 

 ナディアは遠く、ライリーの死体がある場所の方を見てそう言った。


「どうにもならなかった。とにかくあいつは、危険だったから……」

「ええ。わかってます。ただ……、もっといい道を歩んでほしかった、そう思うばかりです」


 俺だってそう思う。

 もしもを上げればきりがない。


 もしも、くそオヤジやライリーがもっとまともだったら?

 もしも、カタリナがもう少しだけ俺に協力的だったら?

 こんな結果にはならなかっただろう。


 俺は深くため息を吐いた。


 今はぐっすり眠りたい気分だった。

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