第46話 決着

 冒険者たちはまだ追いついていなかったが、遠くの方に姿は見えた。

 俺はホムンクルスを見上げた。

 

 しかし、デカいな。

 この体を突き刺して心臓を見つけるなんてほとんど不可能だろう。


「おい!! ライリー!!」


 俺は革の袋からアニミウムを取り出して振った。

 すると、ホムンクルスは目をかっぴらいて俺に手を伸ばした。

 アニミウムを投げ出すと、俺は後方に飛んだ。


 ホムンクルスは地面に落ちた小さなアニミウムを拾い上げると口に運んだ。


「足りない……足りない……」


 ああ、足りないだろうよ。


 俺はなんとなくだがわかっていた。どうしてこいつがこんなにも純粋なアニミウムを欲しているのか。

 ボルドリー伯爵は「体を大きくしようとしてるのか?」とつぶやいていたがそうじゃない。もっと明確な理由がある。


 ホムンクルスはフラフラと体を揺すって俺を見た。


 俺はまたアニミウムを取り出して放り投げた。

 まるで馬や犬に餌をやってる気分になる。


 ホムンクルスは呼吸が荒く、体を常に揺すっている。バランスを取るのがやっとみたいだ。歩くたびに辛そうで、少し体勢を崩せばすぐに転んでしまう。とても苦しんでいる。


――不味い……『祝福』されたアニミウムはダメ……純粋なアニミウムじゃないと……苦しい。


 そう、ライリーたちは今、体に異常をきたしている。

 何故か。


 ローザは俺に言った。


「あのホムンクルス、体の中で魔力が淀んでる。滞ってる」


 アビリティに関して天才的な彼女は《探知》で魔力の流れを視認できる。だからきっとその言葉に間違いはない。


 わかることは一つ。


 いま、ホムンクルスは、魔力中毒症になっている。


 ゾーイは人を食いすぎたんだ。

 その莫大な魔力を彼女の体のアニミウム量だけでは処理しきれていない。

 だから、アニミウムを摂取して、なんとか処理しようとしている。


 アニミウムで俺の魔力中毒症が治ったように。


 なぜ『祝福』済みのアニミウムではダメなのかは詳しくはわからない。異物として処理してしまい、ゾーイ自身のアニミウムに変換できないからかもしれない。


 ともかく、重要なのは、ゾーイは魔力を処理しきれず重度の魔力中毒症で苦しんでいるということ。 

 処理しきれていない魔力は体外にまで漏れ出ている。


 ミックは言っていた。


――魔法を使って逃げようとしたんです。風を使って逃げようと……そしたら、暴発したんです。いつもよりはるかに大きな魔法が出て、吹き飛ばされて、木に引っかかりました。


 まるで俺のそばにいたような現象だ。裏を返せば、結構な量の魔力が体外に漏れ出ている、ということ。

 それもブレスレットのような『魔力を体外に出すために作られたアニミウム』ではなくただのアニミウムでそれだけの現象が起きている。


 まるで小さな穴から無理やり水を押し出すみたいなイメージだ。


 パンク寸前だ。

 

 魔力中毒症は魔力が過剰にある場合、死に至る。


 ハリーは言っていた。


――確実に殺すにはすべての心臓を突き刺す必要があるっス。


 心臓はある。

 人としての肉の心臓が、おそらくはそのまま。

 40以上の心臓が、魔力中毒症の体の中にある。


 俺は考えた。

 そして答えを出した。


 俺は革の袋からありったけのアニミウムを取り出した。

 ホムンクルスは更に目を開いた。


「辛いよなあ!! よく分かるよ!! 俺だって同じだったからな!! ほら!!」


 俺はアニミウムをホムンクルスから離れた場所に放り投げた。

 ホムンクルスが駆け出すのと、俺が鞘を使って上空に跳び上がるのが一緒だった。


 ホムンクルスは俺が何をしようとしているのか全く気にせず、地面に散らばったアニミウムをパリパリと食べている。


 俺はホムンクルスの背につかまった。

 払いのけようともしない。


 やることは一つ。

 今まで散々やってきたことだ。


 アリソンに、そして冒険者たちに。


 俺はホムンクルスの背に手を宛てて、思い切り魔力を注ぎ込んだ。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


 と、低い悲鳴が上がって、がくんと揺れる。

 ホムンクルスは地面に突っ伏したが、俺は背にがっしりとつかまって魔力を流し続けた。


 40人以上の魔力でパンク寸前だったんだ。その上、俺の中にある莫大な魔力を注ぎ込まれたらひとたまりもない。


 巨大な背の内側で心臓が破裂する音が聞こえる。

 大量の血をホムンクルスは吹き出す。

 

 革の水筒から水が流れ出るように、徐々にホムンクルスの体がしぼんでいく。

 最後には、馬くらいの大きさにまで縮んでしまった。


 その姿はライリーそのものだったが、体が大きくバランスが悪かった。


 俺はライリーの姿になったホムンクルスから離れるとじっとその姿を見た。

 まだ生きている。

 虫の息だが。


「僕はもっと強くなるんだ」

「私は完璧な存在になるの」


 その口が二つの言葉を発した。


 俺は革の袋から剣を取り出した。


「寄生と捕食以外の道を選ぶべきだったな」


 俺はライリーの胸に剣を突き刺した。

 どうやら、最後の心臓は人と同じ位置にあったらしい。

 ライリーは虚空を見つめたまま動かなくなった。


 剣を抜いて血を払う。

 これで終わりだ。


「あれ?」


 ふらっとして俺はその場に倒れ込んだ。

 ひどい倦怠感が体を襲った。


 それは俺が初めて体感する、魔力切れの症状だった。

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