第44話 死

「一旦引くっス!!」


 ハリーが指示すると、冒険者たちは駆け出した。鎖をしまう暇なく、俺も立ち上がると彼らにならった。


「……ニコラ!! ニコラああああああ!! 助けてくださいいいいい!!」


 悲鳴じみた声が聞こえて、背筋が凍って、俺は振り返った。


 ホムンクルスの腰から何かが地面に落ちた。人のようにみえるそれがまた叫んだ。


「ニコラあああ! お願いだから助けて!! 苦しいのは嫌アアアア!!」

「……カタリナか?」


 多分そうだ。彼女はフラフラと立ち上がる。服はボロボロでところどころ肌が見えている。体には傷もダメージもないように見えるが表情は完全にやつれている。


 食われた契約者のサーバントは皆引きちぎられていたから、カタリナも死んでいるものだとばかり思っていたがそうではなかったらしい。


 と、ホムンクルスは歩速を早めて俺たちの方へと近づいてきた。目が完全に俺たちの……いや、俺の方を向いている。

 やっぱり狙いは俺なのか。


 俺は冒険者たちが逃げたのとは別の方向に走り出した。こうすればホムンクルスは俺の方へと向かってくる。少しは冒険者たちが逃げる時間を稼げるだろう。


 そう思った。


「な……!」

 

 ホムンクルスは俺に見向きもしなかった。まっすぐと冒険者たちを追いかけている。


「おい!! ライリー!! ゾーイ!! 俺はこっちだ!!」


 俺はさけんだが、それでも、ホムンクルスはこちらを向かない。

 と、突然、ホムンクルスは立ち止まって、しゃがみこんだ。

 そこにはなにもないはずだった。


 なにも?

 いや、置きっぱなしにしたアニミウムも鎖がある。


 ホムンクルスはそれを一本持ち上げると、あろうことか口に運んだ。

 パキパキとアニミウムを咀嚼する音が聞こえる。


「おいしい。おいしい」


 ひどく低い声が聞こえる。もうライリーの声なのかゾーイの声なのか全くわからない。

 俺よりも、アニミウムを食らう方を優先した?


 というか、アニミウムを体内に入れたら契約が切れるんじゃないのか?


 呆然とその様子を見ていると、カタリナがいつの間にか近くまで歩いてきていた。彼女は人型を保っている。


 ホムンクルスはまた一本鎖を咀嚼し始める。契約が切れる様子はない。

 カタリナは俺に抱きつくように体を預けた。


「ニコラ……ニコラ……お願い。助けてください。苦しいんです。アレはもうライリーでもゾーイでもない。いくら叫んでも痛いのをやめてくれないんです。助けてニコラ。お願いします。気持ちいいことでも何でもしますから」


 カタリナは目をうるませて、俺の足元に蹲ると頭を地面につけた。


「無理だ。無理なんだ、カタリナ」


 カタリナは顔を上げると絶望の色を見せた。


「どうして!!」

「見ろ、あいつはアニミウムを食べてる。お前自分が俺にしたことを忘れたのか? 強制的に契約を解除するには、契約者の体内にアニミウムを打ち込むしかない。でも、あいつは、アニミウムを体内に取り込んでる。なのにお前はまだ契約状態だ。人型のままだろ」


 カタリナは自分の姿をみた。


「何か、方法があるはずです……。絶対に何か……」

「意思疎通が出来ないんだろ。契約解除なんて無理だ」

「嫌……嫌です!! お願いします!! お願いします!! 助けて、ニコラ!!」


 俺のズボンにしがみついて、カタリナは泣き叫んだ。


「俺に出来るのはお前を殺すことだけだ」

「いや! 死にたくない、死にたくない! なんとかしてください!!」


 ホムンクルスが最後の鎖を飲み込んだ。奴はキョロキョロと辺りを見回すと、俺を見つけて、歩き出した。

 俺は距離を取ろうとしたが、カタリナが脚にしがみついている。


「離せ!」

「嫌です!!」


 カタリナは叫んだが、その体がぽんっと剣の形になって地面に落ちた。

 ホムンクルスが《身体強化》を使ったのか、一気に俺との距離を詰める。

 カタリナはアビリティを使われたために悲鳴を上げた。


 ホムンクルスが腕を伸ばす。

 俺も《身体強化》と《闘気》を使って、腕から距離を取ろうと後ろに跳ぶ。


 ホムンクルスの腕は、しかし、俺ではなくカタリナを掴んだ。


「ニコラ!! ニコラ!!」


 カタリナの声が遠くなる。

 ホムンクルスはカタリナを両手で掴むと、


 真っ二つにねじ切った。


 俺は一瞬目をそらした。

 くそ。やられたのがカタリナでも嫌な光景なことに変わりはない。


 ホムンクルスはカタリナの亡骸を口に運んだ。

 一瞬口を動かしたが、すぐに口から吐き出した。


「不味い……『祝福』されたアニミウムはダメ……純粋なアニミウムじゃないと……苦しい」


 ひどい抑揚がついた低い声でホムンクルスはそう言うと、また俺を無視して歩き出した。


「ここにアニミウムが落ちてたんだ。ボルドリーに行けばきっとある……。美味しいアニミウムがきっとある……」

「おい!! お前らの目的は俺だろ!? ニコラだろ!?」


 ホムンクルスは一瞬俺の方を向いた。


「もういい。魔力は戻った。今はアニミウムがほしい。純粋なアニミウム……」


 そうつぶやくと、ホムンクルスは《身体強化》を使って、体を揺らし、歩き出した。

 さっきよりかなり速い。

 ぐんぐんとボルドリーの方へ進んでいく。


 まずい。

 まずいまずい!


 俺は革の袋から鞘を取り出した。ふと、カタリナの亡骸が目に入った。

 吐き出されたそれは無残に地面に転がっていた。

 一瞬ためらって、唸った後、俺はそれを革の袋に乱暴に突っ込んだ。


 どうするかは後で決めよう。

 今はあいつを追わないと!!

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