第42話 40の心臓
ミックを背負って俺はラルヴァの方へと跳んでいった。
森を抜けると騎士たちがテントを貼っている場所が見えてくる。
ひどい状態だった。血が辺りに飛び散っていた。
魔物に襲われたのか、何があったのかは全くわからない。
見ると、ギルドマスターがいたテントの周りに冒険者達が群がっていた。
俺がそこに降り立つと、彼らはビクッと俺たちの方をみた。
冒険者の一人が近づいてきて、ミックの肩を叩いた。
「ミック、生きていて良かった! 置き去りにして済まなかった。俺たちも必死で」
「いえ、僕も必死でしたから」
「それに一昨日トレントを倒した君か。連れてきてくれたんだな」
俺はミックを下ろすと彼に尋ねた。
「ここでなにが起きたんです?」
「いや、わからないんだ。ギルドマスターは怯えきっているし。俺たちは無謀な騎士に耐えかねてあの男の化け物から逃げて来ただけだからな」
冒険者たちの奥の方を見た。確かにギルドマスターが蹲っている。
近づくと彼は怯えきった表情で俺の方を見上げた。
「ここで何があったんです?」
「化け物だ……。化け物に食われたんだ。君が口論していたあの貴族様……ライリー様が連れていた女が次々に……。いや、違う。もっと大きかった。それに時々男の声で……そうライリー様の声で話していた。呪いをかけた君を殺すと」
「え?」
ライリーが連れていた女?
俺は少し考えて、気づいた。
ゾーイがホムンクルスだったんだ。
契約者は食われれば取り込まれるものだとばかり思っていたが、ライリーはどうやら意識を保ったまま体を動かしているらしい。
「誰も太刀打ち出来なかった。ものすごい力と、アビリティでねじ伏せられてしまって。それで……貴族様も騎士様も、それにスザンナ様も食われてしまった!」
すべてが繋がると俺は森の方を見た。
まずい。
俺を追って森に入ったんだ。
ライリーは俺が何処に行ったのか知ってる。
つまり、ボルドリーが……。
「あいつは……いや、あれは何人食ったんです?」
「20人以上だ!!」
ギルドマスターが叫んだ。
「それは……森に入った騎士たちも含めて?」
俺が尋ねると、冒険者の一人が首を横に振った。
「いや、この場所で食われたのが20人以上だ。腕の数を数えたんだ。森で食われたのは別だよ。……それじゃあ、あの騎士たちは」
「全員死んでいました。それに、男の化け物――ホムンクルスも」
ハリーはこの単語を説明するために人目を避けていたが、この状況だ。
不安にさせるも何もあったものじゃない。
俺はホムンクルスの死んでいた現場を思い出した。
あそこでは少なく見積もって20人近くの人が死んでいた。
つまり、全部で40人以上。
……殺すには40の心臓を貫く必要がある。
そんなこと出来るのか?
魔力量も40人分だ。
体の大きさだって膨れ上がっているはず。
どうしてここに来るまでに見なかったんだろう。
脇道にそれたのか?
色んな考えが浮かんだが、とにかくボルドリーに戻って知らせないとダメだ。
冒険者たちに後を任せて、俺は上空に跳び上がった。
◇ ◇ ◇
「くそ! どこに行った?」
俺は森の上空を道に沿って跳んできたが、結局膨れ上がったゾーイを見つけることが出来なかった。
何処かに身を潜めているのか、何をしているのかはわからない。
そもそも体の大きさだってどのくらいになっているか検討もつかない。
40人以上を食ったんだぞ?
恐ろしい化け物になっているに違いない。
俺は、とうとうボルドリー側の森の端まで来てしまった。
アイツらはもう森を抜けてしまったのだろうか。
「うわ、まずい」
まだ数は少ないが森の端から魔物が溢れている。
男のホムンクルスが現れた時は、ボルドリー側からラルヴァ側に魔物が逃げていたが、今度は逆だ。
こちら側に魔物が集まってしまっている。
ボルドリーを魔物が襲うのが先か、ホムンクルスになったライリーが襲うのが先か時間の問題だ。
慌ててボルドリーに向かうと、壊れた門の前に騎士や怪我をしていない冒険者たちが集まっていた。その中には見慣れた顔が数人いた。
エントアの冒険者だ。
いつの間に呼んでいたんだろう。
伯爵とハリーが近くで指揮をしている。
「戻ったっスか。どうだったっスか?」
「まずいことになりました」
俺が情報を伝えると、即座にハリーと伯爵は指示を出し始めた。
「近隣の村に被害が出る前に魔物を倒すっス!」
冒険者たちが馬車に乗り込んで森の方へと向かい出した。
騎士たちはボルドリーを守るべく隊列を組み直していた。
「エントアの冒険者も呼んでいたんですね」
「言ってなかったっスか? 襲撃を受けた後、うちの冒険者たちがかなりの数怪我をしたんで応援を呼んでたんス」
こっちに来てからまだ一週間かそこらしか経っていないが、なんとなく懐かしい気がした。
「ライリーの目的は俺を殺すことです。ここにいると街が危ない。すぐに森に戻ります」
「ちょっと待ってほしいっス。作戦を立てる必要があるっス。40以上ある心臓を破壊するのは簡単ではないっスから」
「でも……他の冒険者が食われたら……」
「彼らにはホムンクルスが見えた段階で全力で逃げるように言ってあるっス」
俺は一瞬森のある方を見たが、すぐにハリーに視線を戻した。
「何か考えがあるんですか?」
「……君は魔力を体外に放出できるらしいっスね。アニミウムのブレスレットを使って」
「ええ」
俺は革の袋からそのブレスレットを取り出した。
ハリーはそれを見ると眉根を寄せた。
「圧縮されたアニミウムっスね。本当に魔力を放出するためだけに作られたものっス。それがこんなに……」
「普通のアニミウムとは違うんですか?」
「違うっス。不思議に思ったことはないっスか? どうしてサーバントは剣や弓という小さな金属の塊なのに、人型になるとあんなに大きくなるのか。アレはアニミウムが膨張してるからっス。どれだけ大きくなっても、その実は元のアニミウムから量が変化してないんス。このブレスレットはその逆っスね」
俺はブレスレットの一粒に触れながら言った。
「圧縮されているって言ってましたけど、どれくらいです?」
「その一粒で剣が2本作れるっス」
「そんなに?」
ハリーは頷いた。
「君にはそれだけの魔力があるんス。普通の人間の50人分……いえ、それ以上の莫大な魔力が。それを他の冒険者に分ければ、あるいは、ホムンクルスを倒せるかもしれないっス」
「でも俺のブレスレットじゃ魔力が拡散してしまって、ライリーにも魔力を与えてしまいますよ?」
「そのためにこれを用意したっス」
ハリーは木の箱を重そうにしながら持ってきた。
中には鎖が入っていた。
「アニミウムで作られた鎖っス。これを使って複数人に同時に魔力を送って欲しいっす」
多分圧縮されていない普通のアニミウムで出来た鎖だろう。これならたしかに魔力を伝達して特定の人にだけ送ることができそうだ。
「……なんでこんなものが?」
「アルコラーダから送られてきた試供品っス。なにかに使えるかと思って送ってきたみたいっスけど、あんまり使い道がなかったんで倉庫に眠っていたんス」
色々と作ってるんだな。
ともあれ、これで、ライリーたちに対抗できそうだ。
馬車に鎖を乗せると、俺は先に一人で森へと向かった。
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