第37話 ホムンクルス

 応接室に入るとハリーがニヤニヤしていた。


「青春っスねえ」

「すまない、止めたんだがどうしても見に行くと言ってな」


 伯爵は額に手を宛てて呻いた。

 このギルドマスターはラルヴァのあいつと違って、一見ヘコヘコしているものの権力を恐れていないらしい。もしかしたらこの砕けきった敬語を使うことで不遜な印象を軽減しているのかもしれなかった。成功しているかは知らないけれど。


「それで、『ホムンクルス』ってなんです?」


 俺は空いている椅子に座ると言った。

 ハリーは咳払いして、ニヤニヤを抑えると話しだした。


「『ホムンクルス』というのはもともとは錬金術師たちが作り出そうとした人造人間のことを意味していたっス。戦争をやるのに命令に従い、かつ、魔法が使える人造人間が欲しかったみたいっスね。最終的には不老不死を目指していたみたいっスけど、失敗したみたいっス。ただ、その研究の副産物として、人間を食うことで際限なく魔力を増幅できるサーバントが出来てしまったっス。それを『ホムンクルス』と呼ぶようになったっスね」


 際限なく魔力を増幅できる……。


――何じゃこの莫大な魔力は。答えろ、おぬし、何人食った・・・・・


 マヌエラは確かそういった。彼女は知っていたんだ。ホムンクルスが魔力を増幅出来ることを。

 初めて会ったとき彼女が俺を危険視したのも無理はない。

 

 伯爵は怪訝な顔をした。


「……ずいぶん詳しいな」

「いや、まあ、前職で色々調べたっスから」


 前職が何なのか気になったが、ハリーは話を進めた。


「『ホムンクルス』は特殊なサーバントっス。普通のサーバントはアニミウムから作られたあと、『祝福』を受けて人格を持ち、『契約』をすることで人型になるっスが、どうもその『祝福』の部分が違うみたいっスね。詳しくは知らないっスけど」


 伯爵は更に眉間にシワを寄せた。


「おまえ、本当に知らないんだろうな?」

「知らないっスよ。というかそもそも普通の『祝福』すらよくわかってないんスから」

「冒険者の一人が持っていたのは特殊なサーバントで、誰かが意図的に作ったものだったということですよね?」


 俺が尋ねるとハリーは頷いた。


「そういうことになるっス」

「その冒険者は何処でそんな物を手に入れたんでしょう?」

「それは……調査したいんスが、襲撃のときに冒険者も結構やられてしまって、難航してるっス。彼が新しいサーバントを自慢していたという話は聞いたんスけど、出どころまでは……」

「彼の前のサーバントは?」

「壊れてしまったみたいっス」


 壊れる、ね。相当無茶な使い方をしたんだろう、きっと。

 パーティメンバーも食われてしまっているし、たしかに調べるのは困難かもしれない。


 ハリーは続けた。


「あのホムンクルスはまた襲ってくるかもしれないっス。襲撃されたとき、俺たちはホムンクルスを追い払ったわけではないんスよ。あいつは勝手に壊して勝手に逃げていったんス。何をしたかったのかわからないんスよね」

「冒険者ギルドに恨みがあったんじゃないですか?」

「少しはあったかもしれないっス。彼はいつも『どうして俺を評価しないんだ』って愚痴っていたみたいっスから」


 小さな恨みだ。門を破壊して、ギルドまで破壊するほどのものではない。

 

「不幸中の幸いは、まだあいつが魔力の増強に執着していないことっス。もし増強しようとしていれば、ギルドや街の人間は食われていたはずっスから」

「また街を襲うかもしれないというのはそういう……」

「ええ。人間を食って魔力を増やそうとし始める前になんとかする必要があるっス」


 今、ホムンクルスが食ったのは三人。魔力三人分であの威力だ。もし、もっと多くの人が食われれば絶対に手に負えなくなる。

 ボルドリーの街一つを失うかもしれない。

 そして、その後はエントアもラルヴァも、他の街も全部滅ぼされるかもしれない……。


 いま、ボルドリーの冒険者ギルドは壊滅状態だ。立て直すには時間がかかる。騎士たちはいるが、いつホムンクルスが襲ってくるかわからない以上、街を守る方を優先するべきだ。


 ラルヴァの冒険者ギルドで俺は調査を断った。あれだけの人数がいれば俺がいなくても調査くらい出来るはずだったから。

 ラルヴァのギルドマスターが怠った数々の尻拭いを押し付けられるのが業腹だったからでもあるけれど。


 でもこれは違う。

 今動けるのは俺くらいだ。そして相手はホムンクルスだ。

 早く手を打たなければひどいことになる。

 だから、


「俺が、ホムンクルスを探してきます」

「しかし……」


 伯爵が言いよどんだ。彼はそのまま何かを言おうとして口をつぐんだ。

 ハリーは俺を見て言った。


「君なら適任っス。空を跳べるのは大きい。ただ、あくまで調査をしてほしいっス。倒すのは、難しい。ホムンクルスは人を食えば食うだけでかくなるっス。今は三人なのでそれほど大きくないっスけど」


 そう言われて俺は疑問に思った。

 そもそも倒せるのか?


 サーバントが死ぬのは、元の体が破壊されたときと、契約者が死んだときだ。

 人型のサーバントは心臓を刺されようが首を切られようが死なない。

 あくまで元の体が破壊されたときのみ、死に至る。


 人を食ったサーバントが元の体に戻るなんて思えない。


 俺はその考えをハリーに話して尋ねた。


「ホムンクルスは、どうやったら殺せるんです?」

「契約者の心臓を突き刺すんス。ホムンクルスは人間を食った後、その心臓を自分の物にするんス。食った人数分、心臓が増えるっス。体の何処にあるかは、わからないっスけど」

「それって、つまり、心臓を一つ突き刺しても、それが契約者のものじゃないかもしれないってことか?」


 伯爵が尋ねると、ハリーは頷いた。


「そうっス。確実に殺すにはすべての心臓を突き刺す必要があるっス。運が良ければ一つで殺せるっスけど」

「契約者の心臓を突き刺した後、別の心臓の主を契約者にするってことはないのか? そうなったら、結局全部の心臓を突き刺さなければならない」

「それはないっス。『サーバントは一度に一人としか契約できない』っスし、『契約者が死んだ瞬間サーバントは死ぬ』っスから。それに『サーバントから契約を破棄することは出来ない』っス。結局ホムンクルスになった時点で本物の心臓は一つだけっス」


 体の何処にあるのかわからない心臓を突き刺す。それも食われた人数分。

 一人でやるのは確かに難しい。


「無理に倒しはしません。ただ、凍らせて足止めくらいは出来ると思います」

「助かるっス。位置が特定できればこちらの損害も少なくすむっス」


 俺はハリーからホムンクルスの外見的な特徴を聞いた。


「そのホムンクルスは頬から額にかけて鳥の入れ墨が入った男の姿をしていたっす。入れ墨はサーバントのもとの姿、斧に刻まれた模様と一致するっス。一応補足としてっスが、食われた冒険者の男は腕に討伐したCランク以上の魔物の数の傷が入ってるっス。縦に四本、それを消すように斜めに一本っス。見つかったのは左腕っすから、もしかしたら右腕で見分けられるかもしれないっス。どっちの姿をしているかわからないっスから」


 入れ墨なら見分けやすい。俺は頷いた。

 ハリーはギルドに戻っていった。まだたくさん仕事が残っているようで大変そうだった。


 ボルドリー伯爵はローザとルビーを呼んできて、二人に避難するように言った。


「襲撃があった直後も言ったが、ここは危険だ。いつまたアレが襲ってくるかわかったものじゃない。ニコラも戻ってきて会えたんだ。さあ、避難するんだ」

「嫌です」


 ローザはグレンを通していった。


「ニコラは調査に行くんでしょう? ではここで待ってます」

「私も一人は嫌です」


 ルビーは両手を握りしめてそういった。

 伯爵は額に手をあてた。


「しかし……」

「いざとなったら私だって戦えます。……それは僕もです」


 グレンがそういった。彼が自分の言葉を話すのは久しぶりで、俺は少し驚いた。

 伯爵はグレンを見て、それからローザを見た。

 二人の目には決意が光っていた。


「……わかった。ローザ、ルビーたちを守るんだぞ」


 ローザとグレンは頷いた。

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