第38話 ホムンクルスを見つける

「本当に避難しないの? 危険でしょ?」


 伯爵がでていった後、俺はローザに尋ねた。

 グレンが口を開く。


「何をいっているの? ニコラの方が危険でしょ?」

「そうだけどさ」

「それに、忘れたの? 私はボルドリー伯爵家の娘なのよ」


 俺は小さく息を吐き出した。


 ボルドリー伯爵家は代々、サーバントに関して優秀な人物が多かった。武力至上主義であるクソ親父が縁を作るために連れて来るのもうなずける。ただ、属性を持たない家系であるためにクソ親父たちは少し下に見ていたようではあったけれど。


 で、中でも当主の長女、ローザ・エリザベス・ワナメイカーはサーバントの扱いに関して言えば天才の域に達していた。


 そもそも、『自分の言いたいことを直接サーバントに言わせる』などという芸当を日常的に、息を吐くように出来る時点で常軌を逸している。どれだけサーバントと感覚も、思考も共有できているかがよく分かる。


 戦闘の経験こそ乏しいが、訓練すれば並の冒険者や騎士などすぐに追い抜かれてしまうだろう。

 というより、実際追い抜いた。


 ローザは12歳のときに家族を連れず、森を抜けることに成功した。その準備のために少し訓練をしたらしい。

 訓練を開始して数時間で彼女はアビリティを使いこなした。《身体強化》はもちろんのこと、俺が一ヶ月苦戦した《闘気》や《探知》までもその日のうちに使いこなしたらしい。


 はっきり言ってバケモンだった。俺の一ヶ月を返せ。

 騎士の中には《闘気》を使えない者も当然いる。絶望しただろうなと思う。

 しかも、今のローザは《探知》で魔力の流れまでわかるというから驚きだ。

 

 ボルドリー伯爵家にはこういう子供が生まれるために、サーバントを持たせるのは12歳以降と決めていたらしい。サーバントを一方的に使役出来てしまうがために、その関係が悪化するのを恐れていたようだ。


 だから、ルビーは14歳になる今までサーバントを持っていなかった。森に入りたがらなかったというのも一つの理由だが。


 ローザは10歳のときにグレンと出会った。本来なら12歳のときに契約するべきだったのだが、彼女はあまりに寡黙で孤独だった。それを不憫に思った伯爵たちが早めに契約を結ばせたらしい。


「本当はグレンと話をすることで私自身が明るくなって人と話せるようになるのをお父様たちは望んでいたようだけど」


 いつかローザはグレンを通してそう言った。

 意思疎通は簡単になったが思っていたのとは違う形だった。伯爵たちはため息を吐いただろうなと思う。


 話を戻すと、何にせよ、《闘気》を使うことが出来るローザなら、ある程度衝撃があっても怪我をすることはないだろう。ルビーと一緒にいれば彼女を守れるだろうし。


「まあ、無理はしないように」

「それもこっちのセリフだけど」


 グレンがローザの言葉を話す。

 確かにそうなんだけどね。




 前と同じようにローザの家に泊まった翌日、俺は森の前までやってきた。

 鞘を準備して感圧式魔法を踏む。シュンシュンと音を立てて森の上を跳んで歩く。


 俺は岩の柱が乱立していた場所に向かった。この周辺にはいないようだった。

 というか、ラルヴァのほうに魔物が逃げていったということはそちらまでホムンクルスが移動しているんじゃないだろうか。


 ホムンクルスが他の人間を食っているとまずい。

 それこそ、ラルヴァから調査に向かった冒険者や騎士たちは格好の餌になる。

 俺は飛び上がるとラルヴァの方へと跳んで行った。

 

 森は平地ではない。丘のような場所がところどころあってなだらかに登って下っている。俺は一つの丘を越えて、向こう側に跳んでいった。

 今まで見えていなかったものが見える。

 

 岩の柱だ。

 ここでもまた、何かがあったようだった。

 

 すでにラルヴァ側の森の端が近い。ということは冒険者たちはホムンクルスと相対したのかもしれない。


「まずいな」


 俺はつぶやいて、岩の柱が無造作に伸びている場所の上空に跳んでいった。


 絶句した。


 アビリティのせいだろうか、木はなぎ倒されて、そこだけポッカリと穴が空いたようになっていた。岩の柱はその広場にポツポツと生えているような感じ。

 生きている人間は多分いない。


 死んでいる人間は、たくさんいたが。


 騎士ばかりで冒険者はほとんどいない。

 ということは死んでいるのは貴族とその部下たちか?


「冒険者とは別部隊か……」


 死の匂いにつられて魔物が来てもおかしくないはずなのに、その場所は異常なほど静かだった。

 俺は口と鼻を押さえて地面に着地した。

 おそらくこの惨劇は昨日起きたものだろう。死体の血は固まっている。


 ひどい場所だ。俺は嘔吐えずいた。


 胴体の数に対して腕や足の数が多すぎる。

 ハリーの言葉を思い出す。 


――あの時は冒険者たちの腕や足が見つかって、だから、魔物に食われて死んだものだとばかり……。


「くそ、食われてる……」


 何人だ?

 わからない。

 一体いくつの心臓を突き刺せば、ホムンクルスを殺せるんだ?


 元はサーバントだったのだろう、武器の類がへし折られて地面に積み上がっている。


 また嘔吐えずいて、俺はその場を離れようとした。


 その時だった。俺がその死体を見つけたのは。


「……うそだろ?」


 そこには、頬から額にかけて鳥の入れ墨が入った男が倒れていた。

 体が混ざったためだろうか、右腕には討伐のカウントをする傷がついている。

 ハリーが言っていたサーバントと契約者の特徴そのままだ。


「ホムンクルスだ……」


 ホムンクルスの胴体には三つの穴が開いていた。

 三つ……。

 心臓の数と同じだ。


「討伐したのか? ……いや、それじゃあ、どうして……」


 どうしてこんなに、死体の胴体が足りないんだ?


 このホムンクルスが食ったのか?

 それにしては体が小さすぎる。


 調査部隊が胴体だけ持ち帰った?

 いや、ありえない。残された胴体があるのはおかしい。


 では魔物が食ったのか?

 それもおかしい。こんなにきれいに胴体だけ食う魔物がいるだろうか。

 それに食い残しがまったくない。


 くそ、だめだ。

 わけがわからない。


「あの! すみません!」


 俺が呆然とホムンクルスの死体を見ていると突然男の子の声がした。

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