第29話 トレントを倒す

 トレントはのっしのっしと歩みを進めている。投げ飛ばされた冒険者が血相を変えて逃げ出し、怯えた声をだしてこちらに走ってくる。

 ランクを示すネックレスは鉄だ。パーティを組んでる様子もない。Eランクは戦闘を含む依頼を受けられないんじゃなかったか?

 人手不足は本当らしいが、なんか胡散臭いな。


 近づくにつれて冒険者やら剣やら鎧の破片やらが飛んできたので、俺は《闘気》を身にまとった。これでちょっとやそっとじゃ怪我はしないだろう。


 さて。


 ルビーを助けたときに俺は火の剣を使ってトレントを燃やした。あれは結構失敗で、両手をやけどしたし、死ぬほど熱かった。今は火の属性を使って斬撃を飛ばせるけどきっと決定打にはならないだろう。

 

 おそらく、剣撃は突き刺さった瞬間だけ火が出るだけでトレント自身を燃やすに至らない。

 すぐに火が消えてしまう原因はトレントは生木で水分を多く含んでいるからだ。よく見ればわかるが体に苔が生えている。

 前に燃やしたときも水蒸気がもくもくと出ていた。


 で、俺は考えた。

 じゃあ逆にそれを凍らせれば良いんじゃね?


 ちょうど、最後まで戦っていた冒険者が投げ飛ばされて、トレントの周りには誰もいなくなったところだ。


 俺は手をつきだして水の球を意識する。

 なるべくでかいやつだ。


 ボワン、とトレントの頭の上に水の塊が浮かぶ。

 それをそのまま落とす。

 トレントは水を被ったが全く木にする様子がなくずんずんとこちらに歩いてくる。


 凍れ。

 念じる。


 水の形をしていた魔力が急激に氷へと変わっていく。

 トレントが凍る。

 ピシピシとひび割れる音が聞こえてくる。


 トレントは徐々に動きが鈍くなって、最後には動かなくなった。

 その瞬間、パン! っと音がしてトレントを覆っていた氷の一部が崩れた。

 見るとトレントの体に亀裂が入っていた。


 凍裂だ。

 冬の森に響くあの音だ。

 トレントに氷をつかうとこんなことが起きるのか。


 興味深く観察していると隣で戦っている冒険者が声を張り上げた。


「すみません! そちらが終わったなら助けてください!!」


 風の矢を放っていた男の子だった。どうやら魔力が切れてきたらしい。

 矢がさっきよりだいぶ細くなっている。

 

 正直に言えば風の効果というのを俺は知らない。けれどトレントの体はところどころかけていて、俺が凍らせたのより随分小さくなっている。他にトレントと戦っている冒険者はいない。この子は一人で戦っていた。優秀なんだろうと思った。

 動きが鈍いから、あとひと押しというところか。


 実験その2。どのくらいの火力で燃えるのか、というのをやってみよう。

 と言って、小さいトレントだからあまり参考にはならなそうだけど。


 俺は剣を抜くと炎の斬撃をトレントに飛ばした。

 さっきグリーンウルフに飛ばしたものよりずっと大きい斬撃がトレントを襲う。


 ぶつかる。

 トレントに亀裂が入ってそこから炎が全身に広がる。

 夕暮れみたいにあたりが明るくなって俺は顔をしかめた。


 普通に燃えてしまった。この前やけどしたのは何だったんだ。


 トレントはふらりと体を傾けて、ズズンと身を沈めた。

 おお、と当たりから騎士や冒険者の感嘆の声が聞こえてくる。

 

 ゴブリンやグリーンウルフたちはすでにすべて狩りつくされたらしい。

 これで一応危機は去ったのかな?


「いや、たすかった」


 俺にトレントを押し付けたギルドマスターがやってきた。

 風を使っていた男の子の冒険者はその場に座り込んでいたが、俺を見るとニッコリと笑った。


「すごいな。本当に二つの属性を使いこなしてる。トレントを凍らせて倒すなんてな」

「死んでるかは知りませんよ? あとでちゃんと確認してください」

「ああ。わかった。……なあ、ものは相談だが、調査に加わってくれないか? 君がいるととても助かるんだが」


 俺は顔をしかめた。


「用事があるんですよ。さっきも言ったでしょう。俺、通りかかっただけなんです。それに調査でしょう? これだけいれば十分だと思いますけど」

「いや、まあ用事はわかるが……そこをなんとか! またトレントが襲って来るかもしれない。それに人数はいるが貴族様や、騎士様に仕事をさせるわけにはいかない。ただ、冒険者たちは皆ランクが低いんだ」


 貴族様?

 騎士様?

 というか、問題なのは、


「なんでEランクが混じってるんです? パーティも組んでませんよね?」

「ああ……それはだなあ」


 ギルドマスターはものすごく言いにくそうに下唇を噛んだ。


「あれ? 終わっちゃったの? 何、私の活躍する場所、のこしておいてよ」


 一人の女性がそう言いながらやってきた。黒髪ショートの美人だったが、どことなくカタリナに雰囲気が似ていて俺は眉をひそめた。

 彼女のネックレスは金でBランク。


「スザンナ、今頃来たのか……」

「なにか文句ある?」

「いや……文句というか」


 ギルドマスターはゴニョゴニョとつぶやいた。

 すぐに俺はこの女が嫌いになった。

 彼女の後ろにはサーバントの男性が立っていたが、ナヨナヨしていて、気が弱そうだ。


 彼女は「仕事終わったなら帰るわ」と言って行ってしまった。


「あれのせいなんだ、ランクが皆低いのは。高ランクの依頼は全部彼女が奪ってしまう。それなのに遅刻をしたり、適当に素材を扱ったりして信頼を失ってるんだ。結果、うちのギルドにはあまりランクの高い依頼が来なくなってね。冒険者たちも離れていったんだ」


 スザンナが全て悪いんだという言い草だったが、絶対違う。

 お前も悪いだろ。


「それ、どうして止めないんです?」

「それは……スザンナが領主様の娘だからだ。それに彼女は優秀な冒険者とは言えないが戦闘力が高いんだ。だから……いざというときのために……」

「いざというときに来てないじゃん。というか、え? それだけの理由で他の冒険者がいなくなるのを放置して、あの女を置いてるの?」


 ギルドマスターは眉根を寄せた。


「それだけの理由? 立派な理由だ。あの子を敵に回せば私達のギルドはどうなるか……。それに領主様には大きな恩がある……」


 こいつ図体がでかくて、自分より位の低い俺のような人間に無理やり仕事を押し付ける傲慢さがあるのに、自分より位が高い人間に対してすこぶる臆病らしい。


 よくこんなのでギルドマスターができるな、と思ったが、領主に恩があると言っていた。ゴマをすってギルドマスターになった口かもしれない。


 嫌な場所だ。

 一刻も早くボルドリーに向かいたいが、森の混乱具合がわからない以上無理に突っ切るのは危険だ。10体のトレントとかに囲まれたらただじゃすまないだろうし。

 とにかく、


「調査には加わりません。勝手にやってください」

「ぐ、う、そうか……」


 ひどく残念そうな顔をしていたが、こいつのために働くのは癪だったから何も思わなかった。


 話を聞くとどうやら彼は近くの街、ラルヴァのギルドマスターらしい。

 ここから歩くと結構かかる場所のようだ。

 俺が走ればすぐにつく。アルコラーダより随分近いみたいだからな。


 今日の報酬はそこで渡すと言われた。

 仕方ない。今日はそこで休むとするか。


 倒したゴブリンやらグリーンウルフやらの処理を冒険者がする間をぬけて歩いていく。ライリーたちはどこかに行ったらしい。恐れをなしたのか、それともやることはやったのか、それはわからなかった。


 まあいい。

 もう二度と会いませんように、と願った。


 叶わなかったけど。

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