第28話 最悪な再会

「カタリナ……」

「生きてたんですね」


 カタリナは驚いた顔で俺にそういった。


 どうしてこんなところにいるんだ?

 そう思っているとライリーたちが歩いてきた。


「カタリナ、何して……」


 ライリーと見たことのないサーバントが一緒にいた。ライリーはひどく驚いた顔で俺を見ていた。


「兄さん……、本物なの?」

「ああ。そうだよ」


 俺はため息をついた。

 会いたくなかった。俺を殺そうとした奴らになんて。


 カタリナが嘲笑気味に言った。


「よく、まだのうのうと生きていられますね。人に迷惑をかけ続けるのに。今も誰かにおんぶにだっこで生きてるんでしょう? お金もご飯も恵んでもらって過ごしてるんでしょう?」

 

 随分とはっきり物をいうなあ。

 まあ、一度殺そうとしたのだし今更取り繕うものもないか。


 俺が黙っていると肯定ととらえたのかカタリナは続けた。


「その人が可愛そうですよ。解放してあげなさい。散々迷惑をかけられた私だから言えるんです」


 迷惑ね。


「そう思ってるならそう思い続ければいい」

 

 俺はとっとと彼女たちから離れたくて、そう言って振り返った。


「兄さん!!」


 ライリーが叫んで、俺は振り返った。

 彼は両手を握りしめて、俺を睨んでいた。


「あの後……あの後、大変だったんだぞ!! 僕はろくにアビリティを使えなくなった!! 兄さんがなにかしたんだろ!! そうに違いない。『大罪人の生まれ変わり』の兄さんだ。呪いくらいかけられる!!」


 そんなことが出来るなら俺は魔力中毒症にならないだろうが。

 呪いだって魔法の一種のはずだ。

 なにかした、というか魔力を供給してきたのは事実だけど。その意味では何かをしたのはライリーたちの方だ。


「なにもしてねえよ」

「嘘を吐くな!!」


 ライリーがいきなり大声でいったので、周りにいた冒険者や騎士達がこちらを見ている。

 彼はそのまま大声で続けた。


「カタリナの言うとおりだ。兄さんは僕たちにものすごい迷惑をかけてきた。そして今もかけ続けている。呪いという形でね!! 見た様子じゃ動けるようになったんだろ!? なら、僕たちに償うべきだ!!」


 彼の顔は真っ赤だった。そして言ってることが支離滅裂だった。

 どちらかといえば罪を償うべきなのは殺そうとした君たちでは?


 ライリーの隣りにいた新しいサーバントが彼の肩に手をおいた。


「ライリー、落ち着いてください」

「……ごめん、ゾーイ。でも兄さんには言わなきゃいけないんだ」


 ライリーは深く深呼吸をした。ゾーイは彼の頭をなでた。

 彼はそれを嫌がらない。むしろ喜んで頭を撫でられているようだ。


 新しいママ、だな。

 俺はそんなことを思った。


「兄さん、僕にかけた呪いを解くんだ!! どうせカタリナにもかけてるんだろ!?」


 カタリナはそれを聞くとはっとして賛同した。


「ええ。……ええそうです。私の呪いも解いてください」


 俺は頭を掻いた。馬鹿ばっかりだ。

 革の袋に手を伸ばすと、中からアニミウムのブレスレットを取り出した。この際、実験してやろう。


 魔道具だと気づいたのはゾーイだけだった。


「マジックバッグ?」

「なにそれ?」


 ライリーが首をかしげた。


「魔道具ですよ。非常に高価で簡単には手に入らない。それに……」

「どうしてそんな物持ってるんだ!?」


 ゾーイの話をライリーは遮った。

 俺は首を横に振った。


「ああ、うるさい。ほら、お前が言う呪いとやらは今解けてるだろ」

 

 俺はアニミウムのブレスレットを握って、ライリーの方に突き出した。火の属性を消して、水の属性だけを流す。


 ライリーは眉間にシワを寄せると、ゾーイに命令して短剣にかえた。


「《流水剣》」


 彼はそうつぶやく。

 と、短剣姿のゾーイが水をまとった。

 ライリーが人の居ない場所に向かって剣をふるとしっかりと水の斬撃が飛んでいく。しかもかなり巨大だ。


「戻った!! 戻ったぞ!!」


 ライリーははしゃいでいる。

 俺は水の属性を消した。

 その瞬間、ゾーイにまとっていた水は消え、大きな斬撃だけになった。

 やっぱり、ライリーには属性がない。


「あれ……、あれ!? 兄さん!! また呪いを……!!」

「呪いじゃない。アニミウムのブレスレットは魔力を拡散する。お前は今まで俺の魔力を使ってただけなんだよ。ライリー、お前に水の属性はないんだ」

「そんな!! 嘘だ!! 嘘を吐くな!!」


 俺はブレスレットを地面に落とした。


「カタリナ、……それからゾーイだっけ? 気づいてたんだろ? ライリーに水の属性はないって。……いや、カタリナは気づかないか。ゾーイ、今魔力量が急激に減ったのがわかっただろ?」


 ゾーイは人型になると、気まずそうにこくりと頷いた。


「要するにこういうことだ。お前は今まで俺の魔力を自分のものだと思っていた。俺を殺して川に流して、それがなくなって、魔力が使えなくなった。呪いでもなんでもない。それがお前の本来の能力ってだけだ。わかったらもう突っかかってこないでくれ」


 俺はブレスレットを拾って革の袋にしまった。

 その間ライリーはうなだれてぶつぶつと何かをつぶやいていた。


「嘘だ。嘘だ。これは呪いなんだ」


 ライリーは俺を睨んだ。


「……呪いなら術者を殺せば解けるはずだ」


 また殺そうとするのかよ。

 はあ。

 彼はゾーイに短剣になるよう命令したが、ゾーイは渋った。


「どうして短剣にならないんだ!?」

「ライリー、落ち着いて」

「落ち着いてられるか!! こうなったら、カタリナ!!」

「はい!!」


 カタリナは呼応して剣の姿になった。


 周りにいた冒険者達が流石にまずいと思ったのか声をかけてきた。


「おい、暴れるなら他所でやってくれ」


 その時だった。

 森の方で大きな音がして、魔物が一斉に走ってきた。

 ゴブリン、グリーンウルフ、そして、その後ろにトレントが二体。

 おそらく小物の魔物たちはトレントから逃げてきたんだろう。


「ちっ、仕事か。おい、お前らも戦いに来たんだろ。準備しろ」


 冒険者はそう言って、サーバントを構えて行ってしまった。


 ライリーは少し考えてから言った。


「兄さん。ここは協力しよう。兄さんは僕の呪いを解く」

「だから呪いじゃないって」

「いいからきいて! 兄さんは僕の呪いを解く。その代わり、兄さんのことを守ってあげる。これを乗り切ってからまた話をしよう」


 俺は頭を掻いた。


「いや、遠慮する。俺守ってもらう必要ないし。お前は勝手に戦うといい」

「何言って……」

「おい! そっちに行ったぞ!!」


 さっきの冒険者が叫ぶ。

 見ると一体のグリーンウルフが俺たちの方に走ってきていた。

 

 ライリーはカタリナを持っている。多分アビリティはちゃんと使えないだろう。

 ってことは俺がやらなきゃならないのか。


 ああ、めんどくさ。


「兄さん、早く!! 呪いを解いてよ!! 僕が戦う!! 兄さんは何も出来ないだろ!!」


 俺は腰にぶら下げた鉄の剣を抜くと、炎をまとわせた。


 ライリーがぎょっとする。


「それって……」


 剣を振る。

 巨大な炎の剣撃が、グリーンウルフの方へと飛んでいく。

 あたりが明るくなる。


 一瞬、グリーンウルフはブレーキを踏んだが、避けきれなかったらしい。

 斬撃が通り抜ける。

 炎に包まれた真っ二つの体が地面に倒れ込んだ。


 うわ、だいぶ燃えたな。

 

 水の塊を出すと、燃え盛るグリーンウルフの体周辺に落としてやった。

 じゅわり、鎮火。

 真っ黒な地面が残った。


 よし、これで文句は言われないだろう。


 剣を鞘にしまっていると、周りからジロジロ見られている事に気づいた。


「おい、見たか今の……」

「何だよあの大きさ、それに……」

「二つの属性を使った? そんなことが出来る人間いるのか?」


 騎士も冒険者も俺を見てる。

 いや、仕事しろよ。ほら、魔物が来てるぞ。


 ライリーは呆然と固まって俺をみていた。

 目の前で手を振ったが動かないので、


「じゃあな、もう会うことはないだろうけど」


 そういって立ち去ろうとした。

 と、一人の男が走ってきた。ギルド職員らしいが体格が冒険者のそれだった。


「おい待て! どこに行くんだ! 前線に加われ!」

「俺雇われてないんですけど」

「いいから来い! それつけてるんだから冒険者だろ!?」


 男は俺のネックレスを指差した。冒険者の銅のネックレスだ。

 しまっとけばよかった。


 俺は半ば強制的に男に引っ張られて前線に連れて行かれた。

 ギルド職員は《身体強化》を使ってまで俺を引っ張った。

 

 ライリーは呆然と固まって、くすぶるグリーンウルフの死体を見ていた。


 連れてこられた前線では二体のトレントに苦戦してるみたいだった。


 ランクの高い冒険者だろうか、男の子が弓で――おそらく風の属性の――アビリティを使い善戦していて片方のトレントは動きが鈍っているが、もう片方のトレントは腕を振り回していて冒険者達がなぎ倒されている。


「あっちをなんとかしてくれ!」


 俺を連れてきたギルド職員が額に汗を浮かべてそういった。


「俺、ただ通りかかっただけなんですけど」

「良いからやってくれ! 人手不足なんだ! 報酬は必ず出す」

「本当かなあ……」

「ああ、俺はギルドマスターだからな。何としてでも報酬を出してやる」


 周りに確認すると彼がギルドマスターなのは本当らしい。

 それは安心だ。きっと、さっき倒したグリーンウルフも報酬に加算してくれるだろう、きっと・・・


「いくらくれるんです?」

「倒せるなら普通の3倍だそう」

「というと?」

「トレント一体24万ルナだ」


 ということはもともと8万ルナか。レッドグリズリーと同じくらい……ってことはBランクがパーティで挑むレベルか。Dランクの俺を引っ張ってきて無理なことを言っている自覚はあるのだろうか。


 ただ、まあ、3倍の報酬が出るなら……うーん……やるかあ。トレント相手にやってみたいこともあるし。


 俺はトレントの方に歩みを進めた。

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