第27話 二つの属性(同時には使えない)
ヴィネットが隣で声を押し殺してクツクツと笑っている。
「大変だったんだぞ。殺されるかと思った」
「災難だったね」
俺たちはヴィネットの店に向かって歩いていた。
魔法が暴発したあの後、俺は騎士の詰め所に連れて行かれこっぴどく怒られた。というより魔物かなにかだと思われたようで、剣を向けられたまま尋問された。
俺はヴィネットを呼んでくれと言い続けて、彼女に身元を保証してもらいようやく詰め所から出ることが出来た。
「二度と問題を起こすなよ!」
獣人の騎士は俺にそういった。
店につくとアニーがパタパタとやってきた。さっきと同じ応接間のような部屋に通される。
「それで、火の属性が使えるようになったのね?」
「暴発したけどね」
俺が言うとヴィネットはまたクツクツと笑った後、嬉しそうに何かを書き留めていた。
「僕の説は立証された。やっぱりアニミウムの合金が属性を決めるんだ。これで一個論文が書ける」
彼女は立ち上がるとくるくると回って喜んで、俺のそばまでやってきた。
「ありがとう、ニコラ。なにかしてほしいことはない? 今は何でもしてあげたい気分だよ」
「じゃあ一つ頼みがあるんだけど」
「なに?」
「なにかいい泊まるところを教えてほしい。この街の宿は高すぎる」
冒険者ギルドでの報酬を見ればわかる。この街の冒険者は高給取りだ。彼らをメインに商売をしている宿は、それに伴って代金を上げている。
確かに居心地のいい宿だった。他の街では受けられないサービスばかりだった。マヌエラとドラゴンの卵を孵したあの部屋ほどではなかったけれど。
だが、俺にはそんなサービスは必要なかった。ただ眠る場所があればいいから安くしてくれ。貯金があるとはいえ、こんなに無駄遣いはしたくない。
「なんだあ。うちに泊まるといい。経過観察も簡単にできるし」
俺は眉をひそめた。
「俺がどうして今日騎士の詰め所に連れて行かれたのか忘れたのか? ファンのせいだぞファンの。というかあれはファンの域を逸脱してるだろ。ここに泊まったら殺されてしまうわ」
「もう目をつけられているんだし、ここに泊まったほうが安全。安い宿に泊まったらそれこそ襲われる。彼らも同じようなところにいるんだし」
「うっ」
「ま、君なら襲われても平気そうだけど」
俺は腕を組んだ。
平気じゃねえよ。めんどくさいんだよあれ。
それにまた暴発しても困るしなあ。
……ここなら襲われて魔法が暴発しても文句言われないだろう。
「じゃあ泊まる」
ヴィネットは頷いた。
◇ ◇ ◇
火の属性魔法が体に馴染んだのは二日後だった。
なんとなく水の属性を使ったときとは勝手が違って、少しだけ苦労した。
これが生来の属性との違いなのか、それともそもそも火と水では使い方が違うのか、そこはわからなかった。
火のイメージをして体に流れる魔力を感じる。初めはぼんやりとした魔力の流れしか感じなかったが今は体中、指の先までその流れを感じる。
水の属性は相変わらず使えなくてなんだか少しさみしい感じがする。
そうヴィネットに言うと、
「じゃあ次の段階に進もう」
彼女はそういった。
「次の段階って?」
「二つの属性を同時に使えるのかどうか。人間もエルフも『精霊の血』を二つ以上投与すると致死量になってしまって死んでしまった。けれど貴方はそれを無視できる」
ヴィネットは一度奥に引っ込むと別の注射器を持ってきた。
「これはアニミウムと水銀の合金で出来てる。これで水の属性を取り戻せるはず」
「他の属性はどの合金で作れるか知ってるの?」
「ううん。今、僕が知ってるのは火と水だけ。他の『精霊の血』は手に入れられなかったし、光と闇はそもそも『精霊の血』が存在しているのかすら不明」
そんなものなのか。おそらくはアニミウムの合金だと気づいただけで彼女はすごいのだろう。そんな話聞いたことないし。
「それで、どうする?」
「やるよ」
ヴィネットは頷くと言った。
「今回は火のときの半分だけ入れる。もともと君は水の属性を持っているから、前回と同じ分量を入れると、おそらく、水の属性が大きくなりすぎる。僕の予想では、火と水の属性が拮抗すれば、どちらも消えずに残るんじゃないかと思っている。まずは半分入れて、徐々に増やして拮抗させる」
俺が頷くと、彼女は針を差して、アニミウムの合金を注射した。
またふらっとしたが倒れるほどではない。意識も保っていられる。
ただ横にはなりたかった。具合は悪い。
俺はまたベッドに横たわって、時間を過ごした。
翌日、暴発しても困るので小さな水の球を出す練習をしていると、突然ぽんっと手のひらの上に出現した。イメージよりもものすごく小さい。
「おお!」
と驚いたのは俺だけじゃなくて、ヴィネットもだった。
「火の方は!? 火の方!」
まるで初めて魔法を見てはしゃぐ子供みたいに彼女はそういった。
俺は水の球を消して火の玉を作った。
しっかりとそれは手のひらの上に形を作った。
「やったーー!!」
ヴィネットは両手を上げて大喜びした。いつもは無気力なのに、こういうときだけはしゃぐのは彼女の可愛らしいところだった。
俺はまた水の玉を作ってみる。
数日前まであった水の属性の魔力とは別の感覚だ。これはきっと、『精霊の血』のせいなんだろう。
俺は右手で水の球をつくったまま、左手で同じくらいの魔力の火の玉を作ろうとした。
……同時には出来ないらしい。慣れが必要だ。
「同じ魔力を流してるはずなのに水のほうが小さい」
「それは多分アニミウムの量が少ないから。もう少し投与して様子見よう」
ヴィネットはウキウキで注射器を取りに行った。
で、投与して数日後、俺は同じ大きさで水の球を作れるようになった。
が、まだ同時には使うことが出来ない。これでは魔道具と一緒だ。
何が違うんだろう。
まあ、水の属性を今まで通り使えるようになっただけ良いんだけどね。
ヴィネットはガリガリと紙に実験結果を書いている。
「このくらいの水銀との合金を投与したから、生来の属性は『精霊の血』のこのくらいの分量で……。ってことはこれだけ入れれば普通の人でも二つの属性を持てるのかな……。いや、持てなかったはず」
とかなんとか。ブツブツと言っている。
「ヴィネット。一通り実験は終わったでしょ?」
「え? うん。そうだね。まだ謎は残ってるけど、でもうん。慣れの問題かもしれないから」
「じゃあさ、数日ここを開けていい? ちょっと挨拶に行きたいところがあるんだ」
一週間したらボルドリー伯爵家にもどると言ってしまったから一度戻らないと。
ヴィネットは頷いた。
「いいよ。もし二つの属性を一度に使えるようになったら、すぐに戻ってきてね」
「わかった」
俺は翌日荷物をまとめた。一週間は過ぎていないから大丈夫だろう。
街を出るときに門に立っていたのは俺を捕らえた騎士で、少し顔をしかめたが、すぐに通してくれた。
俺はまた《身体強化》を使って走り出した。これも今まで通り良好に使えている。
スタスタと走って森まで着くと何やら物々しい雰囲気が漂っていた。騎士たちがテントを作って集まっている。中には冒険者らしき人の姿もちらほら見える。ここに来ると獣人の姿はあまり見えない。
俺は近くにいた冒険者に声をかけた。
「すみません。これ、何してるんです?」
「あ? 知らないのか? 森が混乱してるんだよ。今は通れない。魔物が暴れすぎてる。聞こえるだろ?」
そう言われて俺は耳を済ました。地響きが遠くの方から聞こえてくる。
時々悲鳴のような、威嚇のような、何かの魔物の咆哮も聞こえる。
「俺たちは原因を調べるために派遣されたんだ。てっきりお前もだと思ったが……サーバントはどうした?」
「俺は違います。通りかかっただけです。ありがとう」
サーバントについては答えずに、俺はそう言って彼から離れた。
まいったな……。
どうやってボルドリーに戻ろう。
そうして腕を組んでいると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ニコラ……?」
俺ははっと声の方をみた。
そこにはカタリナが立っていた。
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