第26話 火の属性をちゃんと使いたかった
実験の準備が必要だ、と言うのでその日はギルドで宿に泊まり、翌日また店に来た。扉には『本日閉店』の文字があったけれど、裏に回ってベルを鳴らすとアニーが出迎えてくれた。
通されたのは昨日とは別の部屋だ。実験器具やら薬品が置かれている。
ヴィネットは明るい色のローブを着ていた。きっと実験用の服なのだろう。ところどころ汚れている。
机の上にはいくつか注射器がおいてあって俺は少し顔をしかめた。
「これ……アニミウムの合金?」
「そう。アニミウムと鉄の合金。一応『精霊の血』と同じ割合で作ってもらった。これで火の属性が手に入るはず。僕の研究が正しければ」
ヴィネットはその一つを手にとった。
「座って。早速注射するから」
注射、というだけであの日のことを思い出してしまって少しおよび腰になったが、魔法のためだ、と気合を入れて椅子に座った。
「いい? 注射するよ」
俺が頷くと、ヴィネットは針を差した。
ああ、この冷たいものが流れてくる感覚。
うええ。
目の前がぐるぐると回る感覚。
俺はふらっと倒れそうになった。
「アニー! 受け止めて!」
そんな声が聞こえて、ボフッと柔らかいものに受け止められた。
アリソンを抱きしめたときより柔らかい気がする。
……こんな事言うと怒られそうだな。
とかなんとか、考えているうちに意識が徐々に薄れていって俺は眠った。
目を覚ますとベッドの上だった。窓から差し込む日は高く、多分昼くらいだろうと思った。ベッドから起き上がると体を動かしてみた。違和感はない。今まで通りだ。
部屋から出るとヴィネットが気づいて立ち上がった。
「よかった、起きたんだ。体調は?」
「問題ない。どのくらい眠ってた?」
「一時間くらい」
前回くそオヤジに注射されたときは二日くらいだったから、そう考えればかなりアニミウムに体が順応しているんだろう。
「それで火の属性は? それに、水の属性は?」
それはまだ試してなかった。俺は火のイメージをしてみたが、魔法が現れる様子はなかった。それじゃあ、と思って水のイメージをしてみた。
今までできてた水の魔法ができなくなっていた。
あれ、単純に消されてね?
「水も使えないんだけど!」
「言ったでしょ、生来の属性は消えるって。でも消えてるってことは多分、合金の効果があったんだよ。まだ慣れないだけで、火の属性が使えると思う。属性持ちの子供でも第一段階に到達するまで時間がかかる。それと一緒」
それが本当であることを祈るよ。
経過観察したいから毎日来て、と言われて俺は了承した。
途中で投げ出されるのが一番困る。
店を出てしばらく歩くと突然後ろから声をかけられた。
「おい、お前。とまれ」
振り返ると随分ガタイのいい獣人の男が二人立っていた。一人は牛のように角の生えた男で、もうひとりは犬みたいな耳がついていた。二人とも剣をぶら下げている。その後ろには昨日ヴィネットの店で見かけたアニーたちのファンが立っていた。
「ええと、何でしょう?」
「お前、我らが天使アニーちゃんの何なんだ」
「それにヴィネットちゃんにも手を出そうとしているようだな」
二人の獣人が、それぞれ言った。
昨日ギルドの受付が言った言葉を思い出した。
――少し気をつけてくださいね。
気をつけろったってこれは無理だろ。
俺何もしてないもん。
「ただの客ですよ」
俺が言うと、獣人の後ろに隠れていた男たちが騒いだ。
「嘘を吐くな! 店は閉店なのに裏からでてきただろ!」
「昨日だってヴィネットちゃんに笑みを向けられてただろ! それに腕を抱かれて……。うわあああああ!!」発狂した。
めんどくさいなあ。
「なにもないです。俺はあの人の研究に付き合ってるだけです」
立ち去ろうとすると角の生えた獣人に肩を思い切り掴まれた。
「痛った」
「まて、お前には正義の鉄槌が必要だ」
……正義とは?
と、突然、角の獣人が、腕を振りかぶった。
俺は慌てて《身体強化》をして後ろに飛び退る。
彼の打撃は空を切る。
「あっぶな」
「今のを避けるか。反応は良いみたいだな。だが、お前、このアルコラーダで人間が俺たちに勝てると思ってんのか?」
どうやら彼らは俺が《身体強化》を使った事に気づいてないらしい。
どうしようかな。逃げようかな。
でも逃げたら多分明日も絡まれるんだろうな。
めんどくさいな。
そんなことを考えていたらまた獣人は腕を振り上げた。
一通り殴れば気が済むだろう。
そんなことを思って、俺は《闘気》を身にまとった。
これやっとけば痛くないし、いいかあ。
……俺は忘れていた。
一つは《闘気》というのは水の球を作るように体の外側に魔力を持ってきて発動する魔法だということ。
もう一つは俺は火の属性を使ったことがないし、まだ慣れていないということ。それにヴィネットの店では発動しなかったが、彼女が言ったように、「水の属性が消えてるってことは多分、合金の効果があったんだ」ということ。
角の生えた獣人の握られた拳が見える。
俺は《闘気》を身にまとったつもりだった。
瞬間、魔法が暴発した。
俺の体は火に包まれた。どうやら《闘気》に火の属性が加わってしまったようだった。
熱っつ!!
と思って反射的に火を弱めようとしたが、遅かった。
獣人は腕を完全に振ってしまっていて、火をまとう《闘気》に腕を突っ込んだらしい。
火が消える。
獣人の体が火に包まれて吹っ飛んだ。
彼はゴロゴロと地面を転がった。そのおかげか奇跡的に火は消えて獣人は仰向けに寝転がった。
アニーのファンたちは転がっていった獣人を見て、それから怯えたように俺を見た。
周りにいた人たちも怯えている。
「おい! 何だ今のは!!」
そんな声が聞こえて振り返ると獣人の騎士が数人立っていた。
彼らは剣を抜いて俺に向けている。
俺は両手を上げた。
「お前だな!? 連行する!!」
どうして!?
俺悪くない!!
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