第25話 属性の秘密

 店の奥の廊下は整理されているが、薬品やら実験につかう器具やらが所狭しと並べられている場所だった。そこを抜けて部屋に入ると今度は飼育カゴがたくさんある場所で、蜥蜴やら蜘蛛やらがうじゃうじゃいて背筋が凍った。


 で、更に先に進むとようやく居住スペースらしい場所に出た。

 応接間と言うより、普通の生活場所といったほうが正しい。テーブルと二つの椅子。食器棚にはカップがいくつか入れられている。


「座って」


 ヴィネットはテーブルの上に置いてあったベルを鳴らした。すぐに階下からメイドがやってきた。今度のメイドも人間に近い獣人で黒猫だった。アニーよりも小さいメイドだ。それでもヴィネットよりは大きかったが。


「ターニャ。『精霊の血』持ってきて」


 ターニャはこっくり頷くとパタパタと二階へ上がっていった。

 なんだ『精霊の血』って?

 

 ヴィネットはティーポットとカップを持ってくると、指をくるくる回して魔法を使った。宙に水が浮かんで、それがグツグツと沸騰し始める。彼女が指を下ろすとポットにお湯が落ちていってすっかり中に入った。


 用意の出来た紅茶のカップを俺の方に押しながら、ヴィネットは向かいに座った。


「マヌエラ様の手紙にはこう書かれてた。『ニコラはアニミウムの研究に一役買ってくれるだろう』。僕はもともと王都で研究してたんだけど、途中で行き詰まっちゃって、しばらく頭を冷やせってここに送られたんだ。マヌエラ様の言うことだ。きっと君が僕の研究を進めてくれると信じてる」


 そんなに期待されても。


「それで、マヌエラ様の手紙に書かれてたことはホント? 『体内に過剰なアニミウムがあるために、人間の身で魔法を使える』」

「本当」

「見せて」


 俺は手のひらを上に向けて集中してみた。カップと同じくらいの大きさの水の球が宙に浮かぶ。俺はそれを凍らせてキャッチして、テーブルにおいた。


「おお」


 ヴィネットは目を輝かせて氷を見た。


「サーバント持ってない?」

「持ってない」


 ヴィネットは俺に近づいてくるとペタペタと腹や胸を触った。

 許可も取らないのかよ。

 彼女は満足するとまた向かいに座った。


「アニミウム、どれくらい投与された?」

「ええと……このくらいの注射器でこのくらいの量かな」


 俺は手で量を示した。それから『死の川』で大量に水を飲んだことも話した。


「アニミウムは体積が変わるから一概には言えないけど、でも、『死の川』の水に二日も浸かっていたなら……致死量。エルフも獣人も助からない量だよ。なのに生きてるんだ。すごい。こんな例は初めて」


 ヴァネットはふふふと笑って顔を伏せた。

 なんだか少し怖かった。


 そこにターニャが何かを持って現れた。さっき言ってた『精霊の血』だろう。

 金属の箱だった。いくつも鍵がかかっていて、ターニャは時間をかけて一つ一つそれを外していった。


 箱の中に入っていたのは瓶に入った一つの液体だった。色は赤く透明。はじめはワインかと思ったが、何か光を反射する物質が内部にあるようで、時折虹色にキラキラと光っている。


「マヌエラ様からの手紙には、『アニミウムについてなにかわかれば魔法を発展させられるかも』と書かれてた。だからこれを持ってきた」


 ヴィネットは瓶を手にとって見せた。


「これは『精霊の血』。国宝級の代物。今や誰も作ることの出来ない貴重なもの。これ飲めば他の属性が手に入る。今ここにあるのは火の属性」

「人間でも手に入るの?」

「うん」


 属性は血で親から子に続いているものだと思っていたから、ほかの方法があるなんて知らなかった。


「これで属性を増やせるの?」

「ううん。それはできない。属性は上書きされる。君が水の属性を持っているのなら、これを飲めば火の属性だけになる」


 何だ。それじゃあつまらない。

 俺は他の属性が手に入る方法があればと思って来たのに。


「今つまらないと思った? ううん、そんなことない。実験でわかったことが一つある。それは、この『精霊の血』にはアニミウムが大量に含まれているということ」


 ん?

 俺は首をかしげた。


「じゃあ、それを飲んだら人間はサーバントとの契約が切れるの? というか致死量になるんじゃ?」

「そこが、この液体のおもしろいところ。飲んでもサーバントとの契約は解除されない。しかも死なない。属性だけが単純に上書きされるだけ」


 ヴィネットは『精霊の血』を窓から差し込む光に照らした。机の上に赤い光が映り込む。


「『精霊の血』には繊細で複雑な魔法がかかってる。多分、人間の体を守って、サーバントとの契約を持続させるためのもの。この魔法がどんなものかは解くことが出来なかった。だから簡単に作ることができなくて『精霊の血』は国宝級の扱いを受けてる」


 彼女は『精霊の血』をケースに入れた。


「だけど、属性獲得の本質は魔法じゃなくて、物質そのものにあると僕は睨んでる。つまり、『アニミウムと何かを組み合わせることで属性はつくりだせる』。それが僕の理論」


 俺は話についていけてなかった。


「ええと……つまり?」


 ヴィネットは俺の手を握りしめた。


「『精霊の血』はアニミウムと何かを組み合わせた合金にすぎない。エルフや人間、獣人たちが飲めるように複雑な魔法がかかっているというだけ。でもあなたにはその魔法が必要がない。だってアニミウムに耐性があるんだから」


 ヴィネットはテーブルに登って俺の手を握りしめ、目をのぞき込んだ。


「つまりこういうこと。あなたにアニミウムの合金を投与すれば、もしかしたら属性を変化させられるかも」


 俺には気になることがあった。


「でも、もし一つの属性を獲得したら前の属性は上書きされるんだよね」

「生来の属性はね。『精霊の血』を二つ飲んだ場合は、実はわかってない。死んじゃうから。普通の人間はね」


 じゃあ、もしかしたら属性が増やせるかもしれないのか。

 俺は『やさしい魔法』を思い出した。初版の方では複数の属性を組みわせて新しい魔法を作り出す話が載っていた。


 極められるならどこまでもやってみたい。

 新しい魔法を使ってみたい。


 ヴィネットは俺から手を離して座り直すと言った。


「僕には知りたいことがたくさんある。君がいればたくさんのことがわかるはず。手伝ってほしい」


 俺は頷いた。


「わかった。俺ももっと魔法を使いたいから」


 俺たちは握手をした。

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