第24話 アルコラーダに到着する
昨日とは打って変わって森は静かだった。魔物に出会わないどころか、小さな鳥にだって出会わなかった。はっきり言って不気味だ。恐ろしく静かで、俺の呼吸と足音だけが聞こえていた。
森を抜けると山を登っていく。向かう道中では至る所に看板があって、『注意 この先アニミウム濃度上昇』と書かれていた。
昼過ぎに俺はアルコラーダ鉱山都市にたどり着いた。今まで見た中で一番大きな街だった。大きな門の前にいる騎士は獣人でかなりいい鎧を着ていた。中に入っても獣人ばかりだった。半分くらいはそうなんじゃないか?
入り口付近は普通の街と同じような雰囲気だが、進むにつれて金属加工やら錬金術師の店ばかりになり、最後は鉱山に出る。鉱山には大きな穴があいていてトロッコのレールが数本延びている。男たちが石のたくさん詰まったトロッコを押して出てくる。アニミウムはあそこから採取するんだろう。
一通りまわってまた入り口付近の街に戻って来た。ヴィネット・バデルとか言う女性はどこにいるんだろう?
どこかで聞けないかなあ、とあたりを見回すと、見慣れた文字が目に入った。
『鉱山冒険者ギルド』
俺は眉をひそめた。何でこんなところに?
サーバントを使えない人間は魔物とろくに戦えないはずだ。冒険者としてやっていけないだろう。そう思ってドアを開くと、獣人ばかりが中にいた。
頭の上に耳がついた人、完全に蛇やオオカミの頭をしている人など様々だったが武装してるのは総じて獣人だった。かろうじている人間は受付か、もしくは依頼に来ている一般人だけだ。
異様な雰囲気だった。まるで異世界に来てしまったようなそんな印象だ。
ただ、基本的なシステムはあまり変わらないようだった。掲示板を見てみるとランクごとに依頼が貼ってある。
エントアのギルドと違うのはその種類だった。
「採掘護衛任務?」
読むと、どうしてこんなに獣人の冒険者が集まっているのかよくわかった。
アルコラーダ鉱山はダンジョンなんだ。
採掘の途中でも魔物がでてきて人を襲う。ただ人間はサーバントを使えない。代わりに獣人たちが魔法を使って魔物を倒し、人間を護衛する。任務のほとんどが護衛だった。それに……。
「何だこの報酬!」
1万ルナが最低ラインだった。しかも『討伐の有無に関わらず』。
討伐をすれば更に金が入る仕組みになっていた。
つまり、何もしなくても日給1万ルナだ。
エントアではEランク冒険者があくせくものを運んでようやく5000ルナしかもらえなかったことを考えると相当好条件だ。そりゃあ獣人たちも集まってくるだろうよ。
ずっと掲示板の前にいたら獣人たちに変な目で見られたので離れて、受付に向かった。
「あの、ヴィネット・バデルという女性を探してるんですが」
「ああ、彼女なら錬金通りにある【マジカルショップ
……何だその名前は。行きたくなくなってきた。
いや、まて。さっきその名前を見たような気が……。
「大きな看板が出ているのですぐ見つけられるはずです」
「あ、はい」
そうだ。異様な看板がでていたんだった。ゴテゴテとした装飾の施された完全に景観を害している看板だ。近くにはファンシーな家が立っていて壁は全部白のペンキで塗られ、屋根はピンク色をしていた。
あそこに行くのか。
俺は目頭を押さえた。
「ただ、少し気をつけてくださいね」
「気をつける?」
受付の女性は少しあたりを見回して、咳払いした。
「ええ。一部の過激派ファンの方々に」
「ファン? 過激派?」
「行けばわかります」
よくわからなかったが礼を言ってギルドをでると件の店に向かった。
やっぱりゴテゴテしていて俺は引いた。逡巡してから中に入る。
「いらっしゃいませ~!」
猫耳の店員がやってきてニッコリと微笑んだ。かなり人間よりの獣人だ。メイド服だったが、明るい青の生地で、しかもミニスカートだった。しっぽがふるふる揺れている。胸に大きな名札がついていて『アニー』と書いてあった。
外はファンシーなくせに中はガッツリ魔法道具店だった。
目玉の浮いたガラスのビンとか平気で置いてあるし、虫が乾燥したやつも瓶詰めにされている。
店はそこそこの広さがあって、客が数人来ていた。こんな店でも利用する客はいるんだなと思っていたら、なんか睨まれている気がする。
なんだ? 俺は何もしてないぞ。
「なにかお探しですか?」
アニーはこてんと首をかしげてそういった。
奥の方にいた客たちが「かわいい」「天使」とか言っている。
……あれがファンか。
この客たちは猫耳の店員を見に来てるんだ。
だから邪魔者の俺を睨んでいたのね。
「ヴィネットさんはいらっしゃいますか?」
「店長ですね。少々お待ち下さいね」
アニーはにっこりと微笑むと店の奥へと消えていった。
客がジロジロとこちらを見ている。
やだなあ。早く帰りたいなあ。
しばらくしてアニーは小さい女の子を連れて帰ってきた。広いツバの帽子を被ったいかにも魔女と言った風貌の女の子だったが、帽子も服も明るい青だった。
彼女もエルフらしい。尖った耳が長い髪の中から時々見えた。
「ヴィネットちゃーん」
と客が呼ぶと、彼女は無表情で手を振った。
「それで、あなたなにか御用ですかあ?」
ヴィネットはずっと無表情で、声にも覇気がない。よくあんな看板でこんな名前の店に出来たなというくらい無気力な感じがする。
誰かに無理やりこの店をやらされているのだろうかと疑うレベルだ。
「おーい」
彼女は俺の目の前で手を振った。
俺ははっとして革袋の中からマヌエラの手紙を取り出した。
「あの、これ」
「……『マジックバッグ』、そんな簡単にひらけるの?」
「ええ、まあ」
ヴィネットは少し驚きながら手紙を受け取ると、蝋にされていた印章をみてぎょっと目を見開いた。今まで無表情だったからその変化に少し驚いた。
客もその変化には驚いたようで、
「何を渡したんだ?」
「まさかラブレターじゃないだろうな」
と、あらぬ邪推をしていた。
ヴィネットは封を開いて中を読むとまたカッと目を見開いて、俺の手をぎゅっと握った。抱きしめたと言ってもいい。
その顔には笑みが浮かんでいた。随分な変わりようだ。
「こっちに来て。話したい。アニーは店番してて」
ヴィネットが俺をグイグイ引っ張った。
客たちは唖然として俺を見ていた。
「ヴィネットちゃんが笑った……」
そうつぶやいて。
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