第23話 カタリナの思い上がり
(カタリナ視点です)
私は苛ついていました。無能なニコラを殺して、有能だと思っていたライリーと契約したものの、こいつもなかなかに無能でした。
アビリティはろくに使えません。属性アビリティに至っては全くダメです。
そもそも属性を持っていないんじゃないかという気さえしてきました。
そのくせ傲慢に私に向かって命令して使役しようとして、出来ないと侮辱してきます。
使えません。
本当に使えません。
これじゃあ何のために媚を売ってきたのかわからないです。
それでもまだニコラよりはずっと良いです。
あいつは本当にダメでした。
いままでの生活がどれだけ屈辱的だったか。
どうして私があんなお粗末な人間と契約を結ばなければならなかったのか未だにわかりません。
サーバントにとって、「戦えること」「強いこと」こそ魅力度の評価基準です。
人間が「顔がいいから」「金があるから」と結婚するようなものです。
そういう意味で言えばニコラは死ぬほどブサイクで貧乏な男でした。甲斐性がないクズ。私がいないとなんにも出来ないどうしようもない男です。
ライリーはといえば、不倫していた内はイケメンでしたが正式に付き合いだしたら劣化したという感じでしょうか。
そう、私は悲劇のヒロインなんです。
化け物みたいなブサイクのニコラと結婚させられた哀れな女でした。
レズリーなんていうクソど田舎で最悪な男と一生過ごす、そんな運命を背負わされた可愛そうな女でした。
ライリーも伯爵もそこから這い上がるのを手伝ってくれました。さすが騎士様。
ただ私は、ニコラを廃嫡するだけでは満足できませんでした。
だって、そうでしょ?
ニコラは契約を破棄してもきっと追いすがってきたはずです。
「お前がいないとダメなんだ!!」って。
「頼むからそばにいてくれ!!」って。
あいつは私がいなければ生きてなんていけませんからね。
そうやって惨めに私を求める姿を想像するだけで吐き気がしました。
だから万全を期したんです。
騎士物語で、姫を救い出すには、化け物を殺さないとダメですからね。
アイツを川に流した後、やっと平和な世界になったと思ったのに、これですよ。
ライリーは今日も私を連れて訓練場に来て、アビリティの練習をしています。
「クソ!! クソ!! 出ろよ水!!」
毎日イライラしていてこっちが嫌になります。
私だって苛ついてるんだから、少しはこっちの身にもなってほしいです。
ライリーが考えるのは自分のことばかり。情けない。
私は優秀だ、とは言いませんがそこそこ戦えるサーバントです。
ニコラやライリーなんていう木っ端に使われているから実力を発揮できないだけです。
そう、それだけ。
訓練場から屋敷に戻ると、伯爵が馬車から降りるところでした。
「訓練はうまくいったか?」
どこか優しげに、伯爵は言いました。ライリーは少し怯えたように首を横に振ります。
「大丈夫だ。これからは、大丈夫だ」
伯爵はそう言って私とライリーを書斎に連れて来ました。
彼は使用人の男が持ってきた箱を開けました。
中には短剣が。
私は眉をひそめました。
「これって……」
「新しいサーバントだ。街で男が売っていてね。なんでもひどい仕打ちを受けていたらしい。契約していたその男は犯罪で捕まり、
レズリー伯爵はそう言ってライリーの方へ箱を押しました。
「僕の、ってこと?」
「ライリーには私がいます。どういうことです?」
私は抗議しましたが、伯爵は私を見るとため息をつきました。
「カタリナ。君はもっとアビリティを練習するべきだ。今のままじゃ、ライリーの足手まといになる。だから、今のうちはアビリティをちゃんと使えるもう一人のサーバントと契約をして社交でもうまく立ち回れるようにする。その必要がある」
「はあ? それじゃあまるで私が……」
「カタリナ、黙って」
ライリーが生意気にも私の言葉を遮りました。この親子は人の話を遮るのが好きらしいですね。
「僕は賛成だよ、父さん。僕のことを考えてくれてたんだ。ありがとう」
「なに。いいさ」
伯爵はライリーの頭をくしゃくしゃとなでました。
仲の良い家族ごっこに反吐が出ます。
「それじゃあ、契約をしよう。彼女の名前はゾーイだ」
ライリーは頷いて、契約をかわしました。
と、短剣が浮かび、人の形を取ります。
やけに胸と尻の大きな女です。タレ目で常にはにかんでいるようなそんな感じ。
くるくると癖のある栗毛が顔の周りで踊っています。
「これからよろしくね、ライリー」
ゾーイは前かがみになって、ライリーにそう言いました。
ライリーは少し顔を赤らめて頷きました。
最悪です。気色が悪い。
さらに最悪だったのはその後でした。
早速ゾーイを連れて、ライリーは訓練場に向かいました。
彼はかなり緊張していました。というのも私も、伯爵もそばにいたからです。
彼の手や脚が震えています。
と、ゾーイは突然、ライリーを後ろから抱きしめました。
「大丈夫。大丈夫ですよお。失敗しても怒りませんから。一つずつやりましょうねえ」
ライリーは少しの間あっけにとられて、それからコックリと頷きました。
最近見せなかった安心しきった顔をしています。
ムカつきます。
ゾーイは短剣に姿を変えました。ライリーは深呼吸をして、剣を構えます。
「《流水剣》!!」
ライリーは叫びましたが、水は出ませんでした。
けれど、しっかりと斬撃だけは飛んでいきました。
ライリーはうなだれました。
「だ、だめだあ」
「すごいすごい!! 斬撃は出たでしょ?」
ゾーイは人型に変わると、ライリーの手を握りしめてそういいました。
「そうだけど……」
「いや、ゾーイの言うとおりだ」
レズリー伯爵は言いました。
「今までは斬撃だってまともに出なかったんだ。それだけでも一歩前進だろう」
「これから少しずつやれば《流水剣》もできるよきっと」
ゾーイはそう励ましました。
ライリーは伯爵を見て、ゾーイをみて、深く頷くと涙を流しました。
バカみたいだと思いませんか。
何泣いてんですか、こいつは。
というか、なんで私のときはちゃんとやらないでこのゾーイとかいう女の時はちゃんとアビリティを使うんでしょう?
ムカつきます。
私のことをバカにしてます。
「ライリー! どうして私の時はちゃんとやらないんです!?」
私はライリーに詰め寄りました。
と、ゾーイが私の前に立ちはだかりました。
「どきなさい!」
「カタリナ……だっけ? あなた、アビリティを使ってみて」
私はライリーを睨みました。
「ライリー、早く」
「ライリーは関係ないよ。あなたがアビリティを使うの。さあ」
ゾーイはそう言うと手を振って、ライリーがさっき出したのと同じ剣撃のアビリティを飛ばしてみせました。
私は動きませんでした。
「あれ? できないのかな?」
ゾーイはクスクスと笑い始めました。
私は手を上げましたが、そのままおろしました。
出来ないと知られれば、無様な姿を晒すことになりますから。
「今は、調子が……」
「こんな事もできないなんて、貴女相当、**なのね」
む、の、う。
頭の中がグワンと揺れました。
「今、なんて言いました?」
「無能、だよ。無能。だってそうでしょ? こんなの、サーバントなら誰だって出来るアビリティだよ。貴女は、出来ないみたいだけど」
クスクスと笑い声が聞こえます。
伯爵もライリーも見てます。
使用人がすぐそばにいます。
全員が見てます。
その前で、この女は私を侮辱しました。
「だから、今は調子が悪いだけです!!」
「調子が悪くたってこれくらいは出来るでしょ、ほら、ほら」
ゾーイは手を何度も振って剣撃を出しました。
「できないの? それって……剣なのに物を切れないのと一緒だよ。じゃあ、あなた、一体何が出来るの?」
私はライリーを見ました。レズリー伯爵を見ました。
けれどどちらもじっと私を睨んでいるだけでした。
助けてよ!
ライリー、契約者でしょ!?
私は下唇を噛んでから言いました。
「今までは、ニコラという無能と契約してたからアビリティを訓練できなかっただけです」
「ふうん。まあ良いけどね。一週間以内に出来るようになっておいてね。足手まといはゴメンだから」
ゾーイはそう言うと、ライリーを振り返って言いました。
「ライリー、これから頑張ろうね」
「うん」
ライリーは微笑んでそういうと、ゾーイと手をつないで屋敷の方にあるき出しました。伯爵も肩を並べて歩いていきます。
私のことなんてどうでもいいみたいに。
私は腸が煮えくり返っていました。
なんで、ライリーは助けてくれないんでしょう。
私はあなたの大切なサーバントですよ?
なんで、この私が、あいつに指図されなきゃならないんでしょう?
私が足手まとい?
私は優秀なんです。あんたよりずっと。
ただ、契約者が悪かっただけ。
それだけです。
◇
一週間後、レズリー伯爵家に知らせが入りました。
何でも、ラルヴァとボルドリーの間にある森が混乱して通れなくなってしまったようです。5日ほど前に大きな音がした後、数日は平気でしたが、徐々に魔物が暴れるようになったんだとか。
伯爵は私達に言いました。
「ライリー。ここで活躍して他の貴族たちに力を示すんだ。そして恩を売る。いいな?」
ライリーはコックリとうなずきました。ゾーイと練習してかなり自信をつけたようです。
ゾーイは私を見ていいました。
「足手まといにならないでね」
ムカつきます。
なるわけ無いでしょう?
私達は馬車に乗り、森に向かいました。
……そこで、ニコラに出会うことなど、知らずに。
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