第22話 ボルドリー伯爵家

 とりあえずあまりに手が痛いので、騎士たちにポーションをもらった。というかポーションで傷ってなおるんだと思って興味津々で眺めていた。ジュワジュワと音を立てて皮が再生していく。あっという間に手は元に戻ってしまった。


「ありがとうございます」俺が言うと騎士の一人は苦笑した。

「礼を言うのはこっちだよ。あのままじゃ俺たちは死んでいたし、それにルビー様までひどい目に遭っていただろう。ありがとう」


 吹っ飛ばされた騎士はあばらが折れたようで呼吸が苦しそうだったが命に別状はなかった。彼は目をさますとポーションを飲んで、俺に頭を下げた。多分骨までは治らないのだろう、動くたびに痛そうだ。


 トレントに驚いて逃げ出した馬はすぐに戻ってきた。主人想いのいい馬だ。

 馬車も特段壊れたところはなく動きそうだった。


「ニコラお兄様、うちに来てください!!」ルビーは目をきらめかせてそういった。

「お兄様って……」


 俺はもう君の家とは関係がないんだよ?

 昔一度だけルビーには会ったことがあった。ローザと対照的でよくしゃべるので覚えていた。


「ルビーは俺のことを覚えてたの?」

「はい! お姉様がよくお話していたので」


 そうですか。

 彼女は俺の治った手を握りしめて、というよりほとんど腕に抱きつくようにしていた。少しあたりの様子を気にしていたからまだ怖いのかもしれない。


「ああ、俺行く所あるんだけど」

「そんな!!」


 と言ったのはルビーだけじゃなく、エイダたちもそうだった。


「お願いです、お兄様。帰り道も一緒についてきてください!!」


 俺は騎士たちをみた。属性持ちが怪我をしている。それに彼らも口には出さないが表情で俺についてきてくれと言っていた。


「途中までなら……」

「家まで! ついてきてください!」ルビーは俺の手を強く握った。「途中で逃げたと知ったらお姉さまがどう思うか!! あ、今お姉様いないんでした……。他の貴族のところに挨拶に行ってて……」


 逃げるなんて人聞きが悪い。

 仕方ない。もうルビーには存在を知られてしまったんだ。

 ここで離れて、捜索されて、クソオヤジに存在を知られるのも困る。


 いくか。


「わかったよ」


 俺がいうと、ルビーは顔を輝かせた。



 馬車に乗るとルビーは俺の隣りに座ってずっと身を寄せていた。ナディアとエイダは苦笑していた。俺の話はローザの家についたらする、と伝えると、二人はレズリー伯爵家から離れる経緯について話した。


「――……それで、ルビーと契約をしたんです」

「じゃあ、ライリーに水の属性は……」


 俺が尋ねるとナディアは頷いた。


「なかったんだと思います。初めから。思えば、昔、ライリーと一緒に遠くに出かけたとき、水の属性を出せなかったことがあったんです。その時はたまたま調子が悪かっただけだと思いましたが、理由があったんですね」


 そうなのか。じゃあ俺はライリーにも魔力を使われてたんだな。というより、ナディアに、か。俺が注射をされる直前の一ヶ月、カタリナだけでなく、ライリーもアビリティを使っていなかったから俺の魔力はますます溜まっていったんだ。


「俺はナディアに助けられていたんだな」


 そうつぶやくとナディアは下唇を噛んだ。


「私は何も知りませんでしたよ。それに、結局はあのとき貴方を見殺しに……」

「カタリナがあんなことをするなんて思わなかったでしょ?」


 ナディアは痛みにこらえるように顔をしかめて頷いた。


「レズリー伯爵もライリーもあそこまでする気はなかったようでした」

「あれはカタリナが独断でやったんだ。そんなに嫌われてたんだね、俺」


 俺はエイダを見た。


「エイダはいつも俺を世話してくれて、感謝してた。伝えられずに家を出てしまったから、今伝えられて嬉しい」

「とんでもないです」


 エイダは微笑んだ。


 馬車はゴトゴトと揺れて街の中に入っていった。ローザは許嫁だったが体の弱かった俺はあまり家を出られず家を行き来することが出来なかった。この街に来るのは初めてだ。


 エントアに比べると少し小さいが、活気があっていい街だと思った。道を進んで城につく。うちは屋敷だったので、こうしっかりした城だと、おお、とため息が出た。


 入り口から使用人の男らしき人物が出てきて、ルビーの姿を確認すると苦笑して一度中に戻った。俺たちは馬車から降りて待っていた。ルビーは俺におろしてもらいたがって手を伸ばした。仕方なく手をとってエスコートしてやる。


 ボルドリー伯爵が現れて俺を出迎えた。

 ちょっと挨拶してアルコラーダに向かうつもりだったのに応接間まで通されてしまった。

 まあ、よくよく考えれば死んだと思っていた許嫁が生きていれば大騒ぎになるのは当たり前だ。


 許嫁だったのに挨拶もしてこなかったのは失礼だったなと今更ながらに思ったが、こういう混乱を避けたかったのは事実だし、死んだとしたほうがローザもいろいろ動きやすいだろうと思っていた。


 応接間に行くと、俺はルビーとボルドリー伯爵の向かいに座って、今までの経緯を話した。アニミウムの注射から、健康になったこと、エントアでの出来事、諸々を。


 話を聞き終えるとボルドリー伯爵は頷いた。


「そんなことが……。ともかく、ルビーを助けてくれたこと感謝する。あの森はCランクとはいえ、道を外れない限り安全だったはずなんだが……」


 伯爵は考えるようにうつむいた。


「何か大きな音がして、それからだよ。襲われたのは」


 ルビーがそういった。

 俺もその音は聞いていた。


「魔物たちが驚いたんだと思います」

「少し冒険者ギルドに話を聞いてみよう」


 礼は必ずする、と言われたので俺は言った。


「レズリー伯爵に俺のことを話さないでください。それだけが俺の望みです」


 生きていると知られたら何をされるかわかったものではない。また殺されるのはゴメンだ。


「ああ。それは徹底する」


 彼はそう言うと立ち上がった。


 その日はボルドリー伯爵家に泊まった。夕食の席で、伯爵は冒険者ギルド聞いたことを話してくれた。


「どうやら無謀なDランクパーティが自分の力を示すために森の奥深くに入り込んだらしい。そのときに何かがあって一時的に森が混乱していたようだよ。もう大丈夫みたいだが、冒険者達は亡くなったそうだ」


 ジェイソンみたいな奴はどこにでもいるんだな。ただジェイソンはそこで生き残ってしまうから厄介だった。


「ローザはきっと君に会いたがるだろう。一週間後にはエントアの先にある街から戻ってくる予定だ。用事が済んだらまた顔を出してくれないか?」

「わかりました」


 俺は頷いた。


 翌朝、日課なので俺は庭に出て魔法の練習をしていた。

 昨日の違和感を確かめるためだ。


 トレントに炎の剣を突き刺した後、俺は水の壁を使って温度を下げようとした。

 とにかく熱くて必死だった。で、その結果なんか知らないけれど氷が出来ていたはずだ。

 水の魔法って氷作れるの?


 俺は宙に水の球を浮かべて、温度が下がるのを想像する。冬の雪が降る寒い季節を想像する。鳥肌が立つ。


 揺らいでいた水の球が動きを止めて徐々に表面が凍っていく。冷気が体を包み込んで、寒い。俺は魔力を止めた。

 球の形をした氷が地面にゴロンと転がる。蹴って確かめると内側まで完全に凍っているようだった。


「そんなことが出来るんですね」


 振り返るとナディアが立っていた。彼女は俺の作った氷をまじまじと見つめていた。


「俺も今はじめて知ったよ。昨日のトレント戦で気づいたんだ」

「ライリーと契約していた時はこんな事できませんでした。斬撃を飛ばすので精一杯でしたから」


 ふと、気になって尋ねた。


「ルビーはどうなの? いい契約者?」

「ええ、とても。すぐに打ち解けていつでも一緒にいますよ。属性はありませんけど、でもライリーと違ってしっかりアビリティの構築に加わってくれるのでとてもやりやすいです」

「そっか……良かったね」


 ナディアは微笑んで、それから神妙な顔つきになった。


「私はあなたに償いがしたい」

「え? いいよ別に。ナディアが悪いと思ってないし」

「それでも……」


 ナディアは下唇を噛んだ。

 俺は頭を掻いてから言った。


「じゃあ、しっかりルビーを守ってよ。新しい契約者と仲良くやって。俺はそれで十分だよ」


 ナディアはまだなにか言いたげだったが、コクンと頷いた。

 

 昼が近くなって俺はボルドリー伯爵家をでた。ルビーはいかないでと俺の手を握ったが、また来ると約束したからというと頷いた。


「じゃあ、一週間くらいしたら戻ってきます」

 

 すぐに戻ってこれる。この時は、そう、思っていた。

 

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