第21話 再会

 時は少し戻る。


 ナディアは馬車に乗っていた。隣には最近契約したルビーが、目の前にはエイダが乗っている。ボルドリー伯爵の領地は東に大きな森があって、そこを抜けなければ王都にもどこにもいけないような場所だった。


 ボルドリー伯爵家には、13歳になる前に一度は、家族を連れず一人で森を抜けなければならないという通過儀礼のようなものがあった。といって使用人もサーバントも騎士も連れているから本当に一人ではないのだけど。


 話によると随分前の代に森を抜けられない臆病な先祖がいて、周囲の領主と社交的な交流が持てず関係が悪化したという過去があったようだ。


 ルビーはもう14歳だ。姉のローザは12のときから森を抜けて、ニコラに度々会いに行っていた。


 ローザとルビーは対称的だった。ローザは無口だが、ルビーはよく喋る。ローザは肝が座っていてちょっとやそっとのことじゃ驚かないが、ルビーは臆病だった。だから、ルビーは14になってようやく重い腰を上げて森に向かっている。


 ……これも4度目のチャレンジだけど。


 ルビーは森が近づくにつれてナディアにしがみつくようになり、ついには完全に腰に手を回した。ナディアはルビーの頭をなでた。頭の後ろで結われた赤褐色の髪はなめらかに光を反射している。


「大丈夫ですよ」

「魔物がたくさんいるんだよ?」

「騎士のみなさんが守ってくれますよ」


 メイドのエイダがそういった。


 森に入ってすぐ、遠くで大きな音がして、ルビーは悲鳴をあげて涙目になった。

 森がざわつく。

 しばらく進むと突然、馬車が止まった。


「なんで!? ねえ、なんで止まるの!?」


 ルビーは顔を上げて外を見た。騎士たちが慌てている。

 ナディアも同じように外を見た。木が動いている。


 違う。あれは魔物だ。

 この道は安全なはずなのにどうして!?


「ルビーお嬢様! 馬車から降りて逃げてください!!」


 騎士の一人がそう叫んだ。エイダがすぐに馬車の扉を開けてルビーを外に連れ出したが、彼女は転んでしまった。ナディアはエイダを背負って、振り返った。


「《火焔剣》!!」


 騎士がそう叫んでアビリティを使ったが、ダメだ、彼はトレントに横薙ぎにされて木にぶつかった。馬がいなないて逃げ出そうとする。馬車がガタガタと揺れる。


「行きますよ!」


 ナディアが言うとルビーはしっかりと抱きついた。

 ナディアはエイダとともに駆け出した。

 その時だった。


 木の陰から一人の少年が現れた。彼は恐るべき速度で駆け出すとナディアたちのそばを通り過ぎた。なんだか懐かしい匂いがした。


 少年は地面を蹴って飛び上がるとトレントの胸元に剣を突き立てた。剣は柄の近くまでトレントの胸に埋まった。


 それだけではトレントは止まらない。何度も腕を振って、胸にしがみつく少年を弾き落とそうとした。


 と、突然、大きな炎が現れて、ナディアは目をつぶった。トレントが激しく燃えている。


 しかも、何だあれは。少年は火の属性でトレントを燃やしているはずなのに、同時に水の属性を使って体を守るように水の塊を配置している。


 トレントの木から出る水蒸気なのか、それとも少年が出した水の塊が蒸発しているのか、白い煙がたなびく。


 トレントは叫ぶように高い悲鳴を上げて燃えていき、ついには動かなくなって後ろに倒れた。


 少年は剣を離すとトレントの体を蹴るように跳んで、地面に着地した。


「熱い熱い!」


 彼は自分に水をかけて体を冷やしていた。


 その姿に見覚えがあった。

 忘れもしない。

 先に駆け出したのはエイダだった。


「ニコラ様!!」


 彼女は少年に抱きついた。

 ナディアもルビーを背負ったまま少年に駆け寄った。

 ああ、本当だ。本当にニコラだ。


 生きてたんだ。でもどうして……。


 血色が良くなってとても健康そうだった。こんなに背が高かったのかとナディアは驚いた。

 でも、ニコラはニコラだった。


◇  ◇  ◇


 トレントに剣を突き刺したまでは良い。トレントは暴れて俺を叩き落とそうとしたが、《身体強化》と《闘気》の前にそれは無意味だ。俺は剣を握り締めたまま思いっきり魔力を送り込んだ。


 爆発したんじゃないかってくらいの炎が弾けて、前が見えなくなった。


 熱っつい!!


 声も出せないくらい熱くて俺はとっさに体の前を水で覆った。剣に魔力を送らなければ、魔力はしっかりと水の形を保った。


 が、熱さは少ししかやわらがなかった。というのも俺の前に作った水の膜が一瞬で蒸発して水蒸気になってしまっていたからだ。ボコボコと泡立って波打っている。


 もっと、温度を下げないと!!


 俺は必死に水の壁に魔力を送った。


 と、俺の体の周りだけ急激に冷え始めた。見ると俺の腕の周りだけ円を描くように氷が出来ている。何が起きたのかよくわかっていなかったが、熱いよりずっと良い。


 おそらく俺の手はやけどしてしまっている。

 蒸気と光にくらむ視界で、徐々にトレントの動きが鈍くなるのがわかった。


 突然、ぐらりと体が揺れ、トレントは背中から倒れ込んだ。俺は剣から手を離す。炎が消え、蒸気だけが残る。俺は地面に着地すると叫んだ。


「熱い熱い!」


 自分に水をかけて体を冷やす。

 両手を見ると真っ赤になって皮が剥けている。


 うわ、ひでえ。


 俺は水の球を作ると手を突っ込んだ。


 やっぱり遠距離から攻撃できる手段がほしい。俺がそんなことを考えていると、誰かが向こうから走ってきた。


「ニコラ様!!」


 そう叫んでエイダが俺に抱きついた。俺は水の球を消して両手を上げた。

 ナディアもルビーを背負ったままこちらに近づいてくる。


「二人共どうしてここにいるの?」


 俺が尋ねるとエイダとナディアは口を揃えていった。



「それはこっちのセリフです!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る