第20話 Cランクの森に入る

 翌日ギルドに挨拶をした後、俺は準備運動をして、アルコラーダに向けて走り出した。


 《身体強化》を使えば、疲れ知らずで走り続けられる。馬車よりもこっちのほうが速いし、それに俺は走りたかった。運動できる喜びは何度感じても良い。

 アリソンと別れてから俺はアニミウムのブレスレットをつけていなかったから、魔力は十分に溜まっているし、一日中走っても問題ないだろう。


 風が気持ちいい。ときどき《身体強化》を緩めたときに感じるかすかな疲労が運動しているという実感になる。

 途中冒険者やら、農民やらにおかしな目で見られながら、俺は魔物がわんさか出るという森までやってきた。


 額の汗を拭っていると馬車が森に入っていくところだった。貴族か金持ちだろう、結構しっかりとした馬車で護衛の騎士もちゃんとつれていた。こんな森を通らなければならないなんて大変だなと思いながら、俺は地図を広げて昼食をとった。確かこの森は冒険者で言えばCランク以上で挑む場所のはずだ。あの騎士たちは優秀なんだろう。


 と、突然遠くの方で爆発音が聞こえた。誰かが戦闘をしているらしい。Cランクの森だしあのくらいの音はするだろうと俺はパンをかじった。


 昼過ぎにここまで来れたから、事故がなければ今日中にはアルコラーダにつけそうだった。この森を通り抜けるのにどのくらいかかるのかと言うのがよくわからなかったが、まあ、魔物を無視すればなんとかなるだろうと思っていた。別に戦いに来たわけじゃないからな。


 森に入ってすぐに《感覚強化》の上位版探知を使ってみた。練習しまくっていたら《闘気》と同様にできるようになっていたのだ。今の所でかい魔物は見当たらない。俺は準備運動をして走り出した。


 獣道と言うには広すぎる道がずっと続いていた。ただ地面は凸凹していて馬車には辛い道だろう。


《身体強化》をしたまま軽快に走っていると突然道の端からグリーンウルフが飛び出して来た。俺がさっとしゃがみこんで躱すと、道の反対側に走って消えていった。


 一匹か。あれは群れで行動する生き物だったはずなんだけど。それに獲物を見つけたらすぐに飛びかかって襲う性質があったはずだ。あいつは俺を飛び越えて逃げていった。獲物であるはずの俺を飛び越えて。

 それだけ切羽詰まっていたということだ。


 俺は後ろを振り返った。


 俺が走ってきた道に巨人が現れた。いや、その体は木でできていた。

 トレントだ。


「《探知》仕事しろよ!!」


 俺は走った。水の属性しか使えない今の俺にトレントは最悪の相手だった。革の袋に火が出る剣はあるがあれはどちらかといえば松明だ。服を乾かす以外に有用な使い方がわからない。火が出るだけで遠距離攻撃はできない。


 トレントは俺に気づかず、グリーンウルフを追って道の反対側に姿を消した。

 俺は安心して前を見た。


 ……馬車が止まっていた。騎士たちが剣を抜いて馬車の向こうに立ち、何かを喚いている。


「ルビーお嬢様! 馬車から降りて逃げてください!!」


 騎士が叫ぶ。彼らの前にはさっきとは別のトレントが立っていた。背中には大量の枝があって葉が生えている。鼻はなく、真っ赤に光る目と、適当に掘ったかのような斜めの大きな口があった。


 俺は逃げようかと思って木の影に隠れた。水の属性しか持たない俺がどうこうできる相手じゃない。騎士の中には火の属性を持っている奴がいるだろうし、彼らがなんとかするだろう。


 と、馬車から怯えた様子の少女が降りてきた。彼女を見た瞬間、俺は固まってしまった。


 似てる。

 ローザに、俺の元婚約者にとても似てる。


 そこで思い出した。ルビーはローザの妹の名前だ。というか気づくべきだった。ここらへんの貴族といえばローザの家に違いない。


 ローザにもその家族にも会いたくなかった。俺はもう過去の人で今更会ってどんな顔をすればいいかわからなかったから。余計な気を遣わせたくなかったから。


 ただ、同時に申し訳なくもあった。俺は突然ローザの前からいなくなった。俺の家と彼女の家の双方に利益があるから婚約をしていたはずだ。それが突然反故になったようなものだ。彼女も彼女の家族も全く悪くない。悪いのは俺の家族だ。


 馬車から降りたルビーは転んでしまった。腰を抜かしてしまったのか、彼女はしゃがみこんでしまった。


「立てない……立てないよ……」

「ルビー! 私の背に!」


 その女性の声を聞いたことがあった。


「なんで……」


 ルビーを背負ったのはナディアだった。それを補助をしていたのは、俺をずっと世話してくれたメイドのエイダだ。


 どうして彼女たちがここにいるんだ?

 近くにライリーたちもいるのか?


 そう考えている間にもトレントは攻撃を仕掛けている。騎士たちはサーバントを構えてアビリティをつかう。俺が予想したとおり、火の属性を持った騎士がいた。


「《火焔剣》!!」


 その声がここまで届く。

 斬撃が火をまとってトレントにぶつかる。が、トレントはびくともしない。火も一瞬だけ枝をチリチリと燃やしただけで、トレントが腕をふると消えてしまった。


 トレントに火は有効だが、かなりの火力が必要だったはずだ。乾燥した木じゃないんだ。水分を多く含んでいる。


 どうやらあの騎士はあまり魔力が大きくないらしい。


 そうだ。俺はもうブレスレットをつけていないんだった。彼は俺の魔力を使えていない。今ブレスレットをつければ……、と革の袋を開いたが、遅かった。火の属性を持った騎士はトレントに薙ぎ払われて、木に体をぶつけ動かなくなった。


 他の二人は属性持ちではないらしい。ただの斬撃をくらわせているが、あまり威力が強くない。


 ルビーは怯えて悲鳴を上げている。ナディアはなんとか彼女を背負って走り出したところだった。


 俺は革の袋から剣を取り出した。火の出るあの剣だ。


 考えがあった。全く、何のために遠距離からの攻撃魔法を練習してきたかさっぱりわからない。


 やるか。エイダに恩返しも出来てないからな。


 俺は木の陰から飛び出した。


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