第18話 『やさしい魔法 改訂5版』

 アリソンを送り出したはいいものの、俺はいろんなことに行き詰まっていた。


 まず魔法だ。全然斬撃が飛ばない。そもそも魔力を力に変換する方法が全然思いつかない。


 それから依頼もそうで、ランクは上がってアリソンと受けていたのと同じものを受けられるようにはなったけれど、アリソンがいないので雷の魔法は使えない。水の魔法だって水の球を作るしかない。彼女の存在がもうすでに恋しくなっていた。


 他のパーティからのお誘いはすべて荷物運びで、全く魅力を感じなかった。というかお前たちは俺じゃなくて革の袋が目当てだろう。知ってんだぞ。


 そんな折、マヌエラが街に戻ってきた。前回と同じくギルドの奥の部屋に通された。


「あれ。ウィンターは?」


 俺はマヌエラよりもウィンターに会うのを楽しみにしていたので開口一番そういった。


「ウィンターは母親と一緒じゃ。いろんなところにつれていくんじゃと。いわゆる人脈づくりじゃな」


 そこら辺は貴族に似ていた。


「そちに会いたがっておったぞ」

「そりゃそうだ。俺が親なんだから」

「妾もな」


 マヌエラは深くうなずいていた。


「で、何かくれるの?」俺は尋ねた。報酬は後日渡すといわれていた。いまがその後日だ。

「そうじゃそうじゃ」マヌエラはそう言ってまた空中に円を描いて、真っ黒な空間を作り出し、手を突っ込んだ。

「ええと……これじゃ」彼女が取り出したのは一冊の本だった。


『やさしい魔法 改訂5版』


 俺は眉をひそめると、革の袋から『やさしい魔法』を取り出した。


「もってるが」

「それは古すぎるし、鬼畜仕様になっとるじゃろ」


 第一章一節で二つの属性を混ぜるくらいにはね。


「こっちは最新版でちゃんと易しく解説しておる。年々エルフも魔法が下手になっておるんじゃ。魔道具ばっかり使っとるせいじゃな」


 一ページ目を開くと「魔力の流れを感じよう」からスタートしていた。これだよこれ。はじめからこっちがほしかった。


「後はこれじゃな」


 マヌエラが取り出したのは布の袋で中には金属でできた輪っかがいくつか入っていた。大きさはいろいろで徐々にちいさくなっている。最後は指輪位の大きさになっていた。そのほかに一本細い棒が入っている。


「なにこれ」

「魔法の練習用に使う道具じゃ。アニミウムで出来ておる。使い方は全部その本に書いておる」


 俺はその二つを革の袋にしまった。


「これで全部じゃな」


 なんかしけてんな。


「前回のでかなり渡したじゃろうが。あと渡せるのは情報くらいじゃ」

「情報?」


 マヌエラはうなずいた。


「おぬしは人間としてはかなり特殊じゃろ? 体内にあるアニミウムで魔法を使っておる。もしかするとアニミウムについての理解が深まれば、魔法も変わってくるんじゃないかと思うての。例えば、別の属性が使えるようになるとかの」


「使えるようになるの!?」


 俺が期待して聞くと、マヌエラは言った。


「知らん! ただ何か発見はあるんじゃないかと思うての」


 マヌエラは蝋で封のされた手紙を取り出した。蝋に押された判子は見たことのない模様で、何やら文字のようなものが描かれていた。


「アルコラーダに行き、ヴィネット・バデルという女にこれを渡すのじゃ。アニミウムの権威じゃぞ」


 アルコラーダって……。


「アニミウムの鉱山がある?」

「そうじゃ。普通の人間はあまり近づかないが、おぬしは関係ないじゃろ」


 俺は頷いた。アルコラーダでは大量のアニミウムが空気中に含まれている。つまり吸い込めばサーバントと契約できなくなる。近づくなと言うのはそういう意味だった。

 マヌエラが言ったように俺には関係がない。


 行ってみるか。


 アリソンが帰ってくるまで時間がある。ずっとここにいる必要もないだろう。


 それに、今までずっとベッドで本ばかり読んでいた俺は外の世界を全く知らなった。エントアに来てアリソンにあって、いろんな場所を見て回った。


 もっと世界を見てみたい。

 海を見たい。砂漠を見たい。空に浮かぶ島を見たい。


 今までできなかった旅をしよう。


 マヌエラは本当に俺にこれを渡すために来たみたいで、すぐに街から出て行った。いつかまた会えるだろう。


 思い立ったが吉日と思って、地図を買い大体の距離を試算してみた。

 が、途中魔物が発生する危険な森がある。どうしよう。冒険者を雇う?

 そう思って近くの街を見ると……。


 ボルドリー。そこは俺の元許嫁であるローザの家が領主をしている土地だった。

 彼女はきっと新しい人と結婚するんだろう。俺が死んだと思っているかどうかはわからないけれど、そもそも俺は廃嫡されている。もう身分が違うんだ。


 会わないほうが良い気がした。俺はもう彼女にとって過去の人だ。


 ボルドリーにはよらずまっすぐ向かおう。一人で森に入るんだ。


 そのためには魔法の練習が必要だ。今の俺は《身体強化》で近接的な攻撃(パンチとかキックであり剣術ではない)くらいなら出来るけれど、今回通る森に出てくる魔物は遠距離からの攻撃が必須らしい。


 俺は《闘気》も使えるので気にせず通り抜けることも出来るみたいだが、いい機会だ。行き詰まっていた運動の魔法を習得してから行こう。

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