第14話 グリフォンを助ける

 一週間後、アリソンは目の下にクマを作って現れた。彼女は本を読み終えたようだが、まだ足りないみたいだった。


「他にテイミングの本はないの?」ギルドで会うと彼女は開口一番そういった。


 俺は袋に魔力を込めて探したが、見つからなかった。アリソンに見せながら次々本を出してみたけど読めないものは読めないらしい。




 今日の依頼はグリフォンの様子を見て、餌を近くに置くことだった。グリフォンは俺たちを見ると一瞬警戒したがすぐにそれを解いて、餌をガツガツと食べ始めた。まだ衰弱しているが、ドラゴンの卵が離れたからだろう、少しは体力を取り戻しているようだった。


 巣にいる間も離れた後もアリソンは何かをものすごく悩んでいるようだった。


「なんでそんなに悩んでるの?」


 アリソンは顔を上げて言った。


「本でね、ある記述を見つけたの。魔物をテイムすると、魔力を共有できるんだって。つまり、魔力大きい魔物と契約できれば、私は魔力の問題を解決できる」


 俺は眉間にしわを寄せた。


「え? 俺がいるじゃん。魔力の問題は解決したでしょ?」


「そうだけど……」アリソンは少しうつむいて言った。


「今のままじゃだめなの。ニコラはどんどん進んでいっちゃう。エルフに頼られる位にね。でも私はずっとここにとどまってる。差は開いてくばかりでしょ」


「俺はまだ第二段階の魔法を使えない。攻撃なんかまともにできないから、アリソンにおんぶに抱っこだ」


「今はそうかもしれない。でもニコラはすぐに使えるようになる。もう《闘気》だって使えてるもんね。そしたら私は何のために一緒にいるのかわからないでしょ」


「二つの属性を掛け合わせる攻撃ができるじゃん」俺が言うとアリソンはさみしげに微笑んだ。


「それは……私じゃなくてもできるでしょ? もっと優秀な人とでも」


 きっとアリソンの心にはずっとそれが引っかかっていたんだろう。いつかほかのパーティに俺が誘われたときも彼女は遠くからみているだけだった。


 彼女は以前の自分に戻るのが怖いんだ。


 その気持ちはよくわかった。俺だって、貴族だった頃の自分に戻りたくはない。


「ニコラは共生関係になろうっていった。知ってる? 共生にはいくつか種類があるんだよ。寄生もその一つ」アリソンはうつむいた。「私はきっとこのままじゃニコラに寄生して生きることになる。そんなのいや。いつか捨てられるんじゃないかっておびえて眠るのはもういやなの」


「捨てたりなんか絶対しないのに……」家族に裏切られた俺は絶対にそんなことしない。


「こう言い換えてもいい。私はニコラの重荷になるのは嫌なの」


 アリソンはそこで下唇を噛んだ。


「でも、ニコラのそばを離れたくない……だって私……」


 彼女は潤んだ目でまっすぐ俺を見上げ、それから、そらした。


 そのときだった。


「あれ、アリソン。こんなところで何をしてるんだ?」


 見るとそこにはジェイソンたちのパーティが立っていた。


 ジェイソンはクスクスと笑った。


「まだそんなやつと一緒にパーティを組んでいたのか?」


「兄さん……こんなところに何しに来たの?」このあたりの依頼はDランク以下のはずだった。


 ジェイソンは笑ってグリフォンの巣を見た。グリフォンは立ち上がってこちらの様子を見ている。


「リベンジをしに来たんだ。グリフォンを倒すんだよ。おまえみたいな出来損ないには到底できないような偉業をなすんだ」


「また、そんなことを……」アリソンは歯を食いしばった。


「さあ、そこをどくんだ」ジェイソンはアリソンに肩をぶつけて先に進んだ。グリフォンの威嚇する声が聞こえる。


 アリソンがきびすを返してかけだした。


「アリソン!」俺は彼女を追いかける。


 アリソンはグリフォンの前に立ちはだかった。ジェイソンは驚いた顔をしている。


「なんだ、邪魔するの?」


「ええ、もちろん」


 ジェイソンは笑った。


「いいの? 僕は容赦なく出来損ないのお前を斬るよ」


「知ってる」アリソンはジェイソンを睨んだ。「私が出来損ないだってこともよくわかってる」


 コルネリアが盾になってアリソンの手にひっついた。


「私はまだ、一人で兄さんを超えることができない。それがただ悔しい」アリソンは俺を見た。


 俺はブレスレットを外して地面に落とすと、アリソンに触れた。


「二人でも超えられないだろ」ジェイソンは笑って、ユリアを盾にして腕につけ、剣を抜いた。


「《雷撃剣》」ジェイソンはそう唱える。彼の剣が電気を帯びる。彼の後ろでパーティメンバーがあくびをしている。


 アリソンは剣も抜かずに言った。


「……《流水剣》」


 宙に巨大な水でできた剣が浮かぶ。雷の要素は微塵もない。


 アリソンたちは完全に属性を使い分けることに成功していた。


 ジェイソンは固まって、唖然としていた。


「どうして? …………なんで、水の属性が? それに、なんだこの大きさは!! お前……魔力が少なかったはずだろ!?」


 ジェイソンの後ろにいたパーティメンバーもぎょっとしている。


 アリソンは手を降った。水の剣がグンと飛んでいき、ジェイソンたちの目の前に突き刺さる。波のように水があふれ、ジェイソンたちは飲まれてしまう。


 ジェイソンはまだ《雷撃剣》を手に持っていて、水に飲まれて感電する。


「ガアアアアアアアアア!!」


 彼らの叫びが一瞬聞こえて消える。パーティメンバーたちは気絶してしまったようでピクピクとしか動かない。


 ジェイソンは雷に少し耐性があるのか、かろうじてまだ意識があって、剣を杖のようにして立ち上がった。


「クソ……、クソお! どうなってる!? どうしておまえがああ!!」


 ジェイソンは叫んでまた「《雷撃剣》」と叫んだが、それは出なかった。


「ユリア!!」ジェイソンは盾に向かって叫んだ。


「ずぶ濡れの今、雷を使えばどうなるかわかるでしょう!?」ユリアはそういった。


「クッソお!!」ジェイソンは地面を蹴った。「認めない!! 絶対に認めないからな!!」


「わかってる」アリソンは言った。「認めてもらう必要はない。認められたくてやったわけじゃないから」


 ジェイソンはアリソンをぎっと睨んだ。


 アリソンは言った。


「兄さんとは違う。私はもう認めてもらうために生きてるわけじゃない。いつまでも父さんに縛られてる兄さんとは違うの」


 ジェイソンは歯を食いしばって、吐き捨てるように「クソ!」とつぶやいた。


 パーティメンバーが徐々に目を覚まして立ち上がる。


 彼らはふらふらとその場を立ち去った。


 アリソンが後ろに倒れそうになって俺は体を支えた。


「ああ、ごめん。少し力が抜けただけ」アリソンはそう言って笑った。


 いつの間にかグリフォンが近づいてきていて、アリソンの腹に鼻をこすりつけた。アリソンは少し驚いてからグリフォンの頭をなでた。


『ありがとう』


 頭の中に声が響いて俺はビクッと体を震わせた。それはアリソンも同じで俺と顔を見合わせた。


「ニコラ、今何か言った?」


 俺は首を横に振った。


『私よ、私』


 グリフォンが顔を上げて俺たちをじっと見ていた。


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