第15話 アリソンの決意

念話テレパシーなんて使えるんだ……」アリソンはそうつぶやいた。


『ええ。人間にはめったに使わないけれどね。ともかく助けてくれてありがとう。あの男は一年前にも私を襲って大けがさせたから……』グリフォンはアリソンを見た。『はじめあなたと会ったとき、あの男の仲間かと思って警戒したわ』


 アリソンは苦笑した。


「あれは私の兄なの。あまりそう思いたくないけど」


『ええ。そうでしょうね』グリフォンはくちばしを開閉させた。笑ってるんだろうか。


『あの後ドラゴンの卵を抱えて傷は癒えたけれど、魔力が足りなくなって大変だったわ。一年も衰弱したまま過ごしたの』


 アリソンは俺を見た。


「卵なら俺が孵したよ」俺が言うとグリフォンは驚いたように俺を見た。


『あれを孵したの!? エルフが持って行ったけど……』


「手伝えって言われて」


 グリフォンは俺を見て驚いた。


『魔力が多いとは感じていたけれどそこまでとは思わなかったわ』


 グリフォンはアリソンを見ていった。


『何かお礼がしたいのだけど、私にしてほしいことはある? できることならするつもりよ』


 アリソンが考え込んでしまったので、俺は彼女に耳打ちをした。


「テイムさせてくれって聞いてみたら?」


「そんなことできるわけないじゃん」アリソンが眉をひそめる。


『テイムは厳しいわね。もう私も歳だし。あと50年若ければ受けたけれど』グリフォンは残念そうに言った。


『あなた、魔物をテイムしたいの?』


 アリソンはうなずいた。


「ええ。私魔力が少ないから。魔力の多い魔物と契約したいの。ただ本を読んでも詳しいやり方がわからないし、それにどんな魔物がいいのかもわからない」


 グリフォンは少し考えてから言った。


『当てがないわけじゃないわ。ただ、少し大変かもしれないけれど』


「本当!?」アリソンはグリフォンに顔を近づけた。


『ええ。ノルデアという島にテイマーがいたはずよ。彼に教わるといいわ。私の体力が戻ったらお礼にそこまで飛んで連れて行ってあげるけど……』


 グリフォンは俺を見た。


『私が乗せられるのは一人までよ。サーバントはいいとして、あなたは難しいわね』


 アリソンは俺を見てから言った。


「一人しか無理? 途中まで馬車とか船で行くとか……」


『無理ね。だって、ノルデアは宙に浮いてるんだもの。そこまで人を運んで飛べる魔物はそう多くないわ。私も往復なんてしたくないし』


 アリソンはうなった。


『どちらにせよ私の回復を待たなければいけないわ。少し考えることね』


 アリソンはうなずいた。


 帰りの馬車でアリソンはずっと黙って外ばかり見ていた。俺は声をかけようとしたがコルネリアに制止された。


 ギルドに戻ると、ギルドマスターが俺たちのところにやってきた。


「やあ、お疲れ様。ジェイソンたちと一悶着あったみたいだね」


「どうして知ってるんです?」俺が聞くと彼は苦笑した。


「ジェイソンが自分で言ってきたんだよ。『アリソンに負けたからギルドを出て行く』とさ。詳しい話は聞いていないが何があったんだ?」


 俺はことの一部始終を話した。アリソンはずっと黙っていたけれど。


「そうか、グリフォンが……。それは助かった。ありがとう」


 ギルドマスターは感謝して依頼の報酬を俺たちに渡した。



 翌日、俺はいつものように魔法の練習をしていた。

 属性魔法を第二段階へどうやって進めたらいいか全くわからない。俺は水の球をふわふわと浮かせてなんとか形作ろうとしたが、まるで粘土でもこねているかのようにグニャグニャとゆがむだけで形にならない。


 そういえばジェイソンはサーバントではない普通の剣に雷をまとわせていたな。ライリーは剣の姿をしたナディアにまとわせたりしていたけど。


 サーバントじゃなくてもいいのか?


 俺は革の袋を取り出して中身を確認した。いつもの鉄の剣でもいいんだけど、なんかもっといいやつがないかと思った。魔力の伝達がいい剣とかないんだろうか。


 剣が何本か入っていたはずだが、大きさがよくわからない。


 一本一本取り出して地面に並べる。


 一つは真っ黒な鞘に真っ黒な剣身の剣で、太陽の光に黒光りしている。


 一つは一見普通だが、剣身の真ん中、フラーと呼ばれる部分に赤く透明な硬いものが埋め込まれている。


 一つはナイフといった方がいいくらい短い剣で、戦闘用と言うより観賞用だ。


 ほかにも5本ほど剣があったが普通のやつが一つもない。かろうじて一本目の真っ黒なやつが使えそうだ。黒いけど。


 ほかの剣をしまうと真っ黒な剣を腰につけて抜いた。ずっしりとした重量感があるが、《身体強化》をすればなんてことはない。ライリーの剣術を遠くから眺めていたけれど、実際に剣を振ったことはないのでどうすればいいのかよくわからない。俺は適当に剣を振ってみた。


 わからん。


 まあ今は剣術の時間ではないのだ。


 俺は黒い剣に水をまとわせる前段階として、魔力をまとわせてみた。


 その瞬間、ボワンと黒くまがまがしい色をした靄みたいなものが剣を覆って俺は驚いて魔力を止めた。


 え、何今のやつ。怖っわ。


 水でも雷でもない見たことのないオーラみたいなものだった。何か不安になるようなそんな雰囲気があった。


 もう一度怖いもの見たさで流してみると、やっぱり黒い靄が現れた。


 だめだこれは。怖すぎる。俺は黒い剣をしまった。


 次に取り出したのは赤く透明な硬いものが埋め込まれた剣だった。これなら大丈夫だろうと思って魔力を流したら、燃えた。


「熱っつ!!」慌てて剣を落とすと地面が燃えた。


「やばい!!」


 でかい水の球を出して剣にかけた。じゅじゅじゅといって炎は消え、俺はびしょ濡れになった。またかよ。


 俺は剣を持ち上げるとちびちびと魔力を流して小さな火を作り、体を乾かした。


 と、そこにコルネリアがやってきた。


「あれ、アリソンは?」


「今頃寝てるよ。夜は考え込んで眠れなかったらしい」


「そうか」


「それより何だそれ。火の属性まで持ってたのか?」コルネリアは俺が持っている剣を指差した。


「違うよ。これ多分魔道具だ。魔力を流すと勝手に火をつけてくれる」さっきの黒いやつもそうなのかもしれない。禍々しすぎるけど。


「ふうん」コルネリアはそう言ってじっと剣を見た。


「サーバントにも魔道具みたいな効果をつければ、属性持ちになれるのかな? 人間とサーバント別々の属性を持てば今の俺とアリソンみたいなことができそうだ」


 コルネリアは首を横に振った。


「いや。多分無理だろうな。その剣で水の玉は出せないだろ? 全部の魔力を火に変えてしまってるんじゃないか?」


 俺は試しにやってみたが確かに火しか出なかった。


「革の袋を使うときに『空間を広げてたくさんの物が入れられるようにして……』なんて考えないだろ? 考えなくても使えるということは、考えてもその機能を変えられないということだ」


 コルネリアの言葉に俺はうなずいた。


「もしサーバントに魔道具みたいな効果をつけたら、魔法が一つしか使えなくなりそうだね」


「ああ。今のアリソンとニコラみたいに柔軟に二つの属性を掛け合わせるということはできない。そういう意味では今の二人はかなり貴重な関係性なんだよ」


 コルネリアは俺をじっと見た。


「何?」


「ニコラはどう思ってるんだ? アリソンについて」


「応援したいと思ってるよ」


 コルネリアは「だあ」とため息をついた。


「ちげえよ。そうじゃない。アリソン自身についてだよ。この前がっつり抱きしめ合っただろうが」


 それはコルネリアがそうしてくれと言ったからだが?


 でもあの感じはすごくすごく心地よかった。


 アリソン自身についてどう思ってるか?


 そりゃあ、


「大切な人だよ。安心してそばにいられる人だ」


 コルネリアは腕を組んだ。


「あの子を悲しませないと誓えるか? 裏切らないと」


 何の話をしているのか読めてきた。


 アリソンが離れている間に新しいパーティメンバーとうまくいくのが嫌なんだな。前もほかのパーティに誘われたとき心配そうな顔をしてたもんな。


 俺はコルネリアにうなずいた。


「うん。絶対に裏切らない。アリソンが戻ってくるまで待ってるよ」


 コルネリアは満足そうに微笑んだ。


 彼女が戻っていった後、腰にぶら下げていた普通の剣を抜いた。


 魔法の練習をするのに魔道具じゃあ意味ない。


 剣に魔力をまとわせ、水の属性をつけてみる。ぼわんと剣に水がまとわりついた。


 ……スライムを突き刺した後の剣みたいだ。


 俺は剣を振ってみたが、水がばしゃばしゃはねるだけでライリーがやっていたように斬撃を飛ばすことができない。《身体強化》をして思いっきり振っても、飛ぶのは水滴だけで、斬撃ではない。


 つーか、そもそも斬撃を飛ばすってなんなんだ?


 よくよく考えれば今まで水の球を宙に浮かせられたのは《感覚強化》でやったように「体の外部に魔力を持ってきた」からで、そこに運動なんてものは全くなかった。静止した魔力を使って、静止した水の球に変換したというのが正しい。


 つまり、斬撃を飛ばすには、魔力を外部に持ってくるだけでなく、魔力を運動やら押し出す力やらに変換する必要があるわけだ。


 どうやるんだ?


 うんうんと唸ったがあまりいいアイディアが思い浮かばなかった。



 翌日ギルドに向かうとアリソンがいた。何かを決意したようなそんな顔をしていた。


「決まったの?」彼女の前に座ってそう尋ねるとアリソンはうなずいた。


「グリフォンの提案を受ける。ノルデアにいくことにする」


 そうか。


「さみしくなるね」


 俺ははっと口を押さえた。そんなことを自分が言うなんて思ってもみなかった。


 アリソンは小さく微笑んで「ありがとう」とつぶやいた。


「必ず帰ってくる。どのくらいかかるかわからないけど。だからお願い、ニコラ」


 アリソンは俺の手を握った。


「戻ってきたら、また一緒にパーティを組んでほしい。……隣にいさせてほしい」


 俺は彼女の手を握り返した。


「もちろん」


 彼女は目を潤ませて、微笑んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る