第10話 魔法の練習をしよう2

 翌日、俺は昨日と同じように、街の外で魔法の練習を開始した。


 アリソンたちの話を元にすると、《身体強化》が体の内側へ向けた魔力の使い方なのに対して、《感覚強化》は外側で、ある程度身につけると体の外に魔力を出せるらしい。


 そういえばカタリナといっしょに水を出したときは「空中に出た」というよりは「手が濡れた」という感覚が正しかった。多分、カタリナは魔力を外側に出すことがあまり出来てなかったんじゃないか、と思う。


 俺は周りの空気の流れを感じ取ってみた。確かに意識すると魔力が体の表面に集まっている気がする。かすかに流れを感じるがそれと同じにひりひりと全身が腫れたような感覚に陥った。


「痛い!!」


 俺は叫んで、集中をやめた。すぐに痛みは引いて元に戻った。


 え、《感覚強化》って痛覚も強化されんの?


 ドM御用達かよ。


「痛覚はなし。触覚だけ。痛覚はなし……」俺はそう唱えながらまた空気の流れを感じ取る。


 さっきよりマシだが痛いものは痛い。


 ちなみに聴覚でやってみたら、近くを馬車が走った瞬間、頭が揺れるような衝撃があってもんどり打った。しばらく音が聞こえなくなって、俺は鼓膜が破れたのかと思った。


 視覚はうまくいかなくて、普段より視界がぼんやりしてしまった。


 何もうまくいかん!!


 挫けそうになってしゃがみこんだ。痛いのに耐えるのはさすがにつらすぎる。


 諦めるか……。


 そこで、ふと、俺は死を覚悟した瞬間を思い出した。


 以前は努力をする力すらなかった。


 ようやく努力できるようになっても投げ出すようなら、今までと同じだ。無力なままだ。


 周りのいいように流されて、落ちていくだけだ。


 幸福を願ったんだ。今まで手が届かなかった幸福が手の届く場所にあるんだ。


 俺は立ち上がって、集中した。


 それから毎日俺は《感覚強化》の訓練を行った。




 アリソンになにかいい方法はないかと聞いたが、


「私、痛覚まで強化されなかったし」


 と言われてしまって泣きたくなった。俺は多分また加減ができていないんだろう。


 冒険者としての仕事もレッドグリズリーのような大きなものはなかったが、細々とこなしていた。


 俺は《身体強化》で重いものもらくらく運べるので、引っ越しや、荷物の運搬の仕事をアリソンたちとは別に一人で受けたりした。


 初めて行ったときは、


「ほっそいな、お前」と言われて眉をひそめられたが、実際運べることを証明すると結構頼りにされて嬉しかった。


 結局、冒険者は実力主義なのだ。サーバントと契約できないとか、魔力中毒症だとかそういう悪条件があっても、力を示すことができれば認められる。


 ある日、別の冒険者パーティに声をかけられた。


「なあ、あんた。荷物持ちポーターとしてパーティに加わらないか? 今よりずっと稼げるぞ」


 パーティの中には荷物運びのときに一緒に仕事をした冒険者が数人混じっていた。彼らのリーダーはCランクだから、依頼としては上の物を受けられる。


 いつの間に来ていたんだろう、アリソンが少し遠くから気まずそうに俺たちを見ていた。


「いや、今のパーティがあるから、遠慮するよ」俺が言うとリーダーの男は小さくため息をついた。


「魔力の少ないあの子だろ? やめておいたほうが良い。お情けでパーティを組んだんだろうが、お前はお人好しすぎる。実力のない人間と組むと被害を受けるのは自分だぞ? それにいつまでたってもランクが上がらない」


 彼の言うことは最もだけれど、アリソンは別に実力がないわけではない。現に一人でランクをEからDに上げている。


 ないのは魔力だけだ。それも今は俺との「共生」で解決している。彼らは知らないだろうけど。


「うまいことやってるんだよ俺たち。だから心配しなくていい」


 リーダーは「そうかい」といって鼻から息を漏らした。


――わかってないな。


 たぶん彼はそう思っているだろうけど、俺だって君にそう思っているよ。


 彼らが行ってしまってしばらくしてからアリソンは近づいてきた。彼女はうつむきがちで俺の前に座った。コルネリアは彼女の隣に座ると頬杖をついた。


「まあ。そういう誘いも来るわな」


 非難の目を向けるんじゃない。


「断ったところみてただろ。心配しなくてもパーティは解消しないよ」


「ほんと?」アリソンは上目遣いで尋ねた。


 それやめてくれ。動悸が激しくなる。


「ほんとだよ」


 アリソンはホッとしたように頷いた。


「ありがとう」







 魔法の練習を一ヶ月くらいやってようやく痛みなく空気の流れを感知出来るようになった。


 これでようやく外側に魔力を向ける準備ができた。今までは皮膚の表面だけで、何なら服があるところは空気の流れを感知できなかった。


 外側を探知する。体から離れたところを。


 ちょっと先、指の爪くらい離れたところを意識する。


 地面に生えていた草をちぎって投げ、手を伸ばしてギリギリを通っているのを探知しようとする。


 もう少し!


 もう少しでできそうだ!!


 と、思って力むとすぐに痛覚が戻ってきて、痛みに呻いてしゃがみこんだ。




 更に一週間後、俺は《感覚強化》をある程度形にした。草を舞わせて、手をのばすと触れていないのに近くを舞い落ちているのがわかるようになった。もちろん痛みはもうない。


 聴覚やら、視覚やらもだんだん使えるようになってきた。


 聴覚は強化するとここから遠く離れた門番のあくびをする声が聞こえるようになったし、視覚は遠くのものがはっきりと見えるだけでなく、動体視力まで向上して、目の前で文字の書かれた紙を高速で触っても内容がわかるようになった。


 ともかく、外側に魔力がある感覚は完全に掴んだ。


「やるぞ!」


 俺は手を伸ばした。


「水 水 水 水 水」俺は念じるように唱えてから、カッと目を見開いて、魔力を外側に流した。


 先に言っておく。俺は力みすぎた。


 ボワンとレッドグリズリーよりでかい大きさの水の塊が宙に出現した。


 成功した!!


 が!!


「やっちまった!」


 気づいたときには遅い。


 俺はびしょ濡れになるだけじゃなく、押し流されてゴロゴロと転がり泥まみれになった。


 やっぱり俺はマッドモンキーのマットなのかもしれない。




 そう話すとアリソンは涙を流して笑っていた。


「笑い過ぎだよ」


「だって……あはは!! ……あはは!!」アリソンの笑いは収まらなかった。


「でもついにやったんだな」コルネリアは微笑んでそういった。


 そうだ、ついにやったんだ。


 二週間毎日毎日練習してきた。


 思えばいままでこんな風になにかに本気で取り組んで、達成できたことなんてなかった。いつもベッドの上でうなされているか、本を読んでいるかだった。外に出たって振り向いてくれない家族を見たり、やる気のないカタリナと成果の上がらない練習をだらだらとするだけだった。


 俺は初めて、初めて何かを成し遂げたんだ。


 じゅわりと、魔力とは違う温かさが胸に広がって、全身に鳥肌が立つ。


 こんなに大きな達成感は初めてだった。




 翌日からも俺は毎日魔法の練習をしていた。水の球は作れるようになったが、これは属性の第一段階だ。第二段階に進みたい。


 ボワンと宙に水の球を浮かべてウンウン唸っていると、突然後ろから声をかけられた。


「そこの者、何者じゃ?」


 振り返ろうとした瞬間、俺の体はなにかに押されたようにトンっと浮いて、水の球に突っ込んだ。そのまま水ごと地面に落ちる。


 おい、またびしょ濡れになっただろうが。


「何すんだ!」俺が体を起こすと空中に無数の透明なナイフが浮かんでいた。まるでつららのように透き通って空間を湾曲している。ナイフの一つは俺の喉元近くを浮いていた。


 ナイフはどう見ても魔法で出来ていた。操っているのは女性で、顔を隠していた。彼女はエメラルドの目で俺を睨みつけている。


 そして、サーバントと見られる道具類は一切つけていなかった。


「何じゃこの莫大な魔力は。答えろ、おぬし、何人食った・・・・・?」


 それは抱いた女性の人数の話でしょうか?


 それとも言葉通りの意味でしょうか。


 どちらにせよ……。


「何の話をしてるかわからない! 俺は誰も食ってない!!」


「嘘を吐くでない! ならばどうしておぬしは魔法を使ってるんじゃ!! サーバントもなしに!!」


 ナイフが更に近づいてくる。俺は悲鳴を上げて叫んだ。


「体の中にアニミウムが大量にあるんだ!! だから魔力が循環しているだけだ!!」


 ピタッとナイフが止まった。俺はビクビクしながら目を開けた。


「詳しく聞かせてもらおうかの」


 ナイフの数が極端に減ったが、首の一本は消えていなかった。


 俺は今までの出来事を話した。魔力中毒症から、アニミウムの大量摂取まで。


 女性はそれを聞き終えると眉間にシワを寄せて頷いた。


「なるほど。じゃから体内で魔力が循環しているというのだな」


 彼女はナイフを消した。俺はようやく「ふう」と息を吐き出した。


「失礼なことをしたの。種族柄色々と警戒する必要があったんじゃ」


 彼女はそういいながら顔に巻いていた布をとった。


 尖った耳と美しい顔があらわになった。


「おぬし、名は?」


「ニコラ、だけど」


「妾はマヌエラ。エルフじゃ。失礼にも襲ってしまった詫びをしたい。いつもはどこに居るんじゃ?」


「冒険者ギルドだけど」


「では、7日間以内に向かおう」


 彼女はそう言って顔に布を巻くと行ってしまった。


 俺はずぶ濡れのまま座り込んでいた。


「まずはこれをなんとかしてくれよ」



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