第9話 初めての依頼
「ひいい!! なんでこんなにいるの!?」
馬車で現地に向かうとゴロゴロと10頭ほどのラバータートルが転がっていた。アリソンは俺とコルネリアの後ろに隠れて震えている。
依頼をした村の村長らしき男がやってきて言った。
「ああ、助かります。今年は随分多くて困っていたんですよ。怪我をする村民もいますし。去年まではグリフォンが食べていたようで数は少なかったんですが、討伐されてしまったようですからね。……そうそう、貴女に似たサーバントを持っている男性に」
村長はコルネリアを見てそういった。
ということはジェイソンが討伐したんだろう。
村長は腕を組んで遠くをみた。
「あれはここらへんの守り神だったんですかねえ。あのグリフォンがいなくなってからこういうことが多いんですよ。最近はブラックボアやら、でかいカタツムリやらに農作物を荒らされましたし。それにドラゴンがきたこともありました」
「ドラゴン?」俺は驚いた。襲われたらこんな村ひとたまりもないんじゃ?
「ええ。ただ被害はありませんでした。すぐにいなくなってしまいましたし」
アリソンは俺たちの後ろに隠れたまま、眉をひそめて言った。
「1年くらい前、たしかに兄さんは大怪我して帰ってきたことがあった。『グリフォンを追い払ったぞ』とか言ってたっけ。……そのグリフォンって討伐依頼出しました?」
「とんでもない。温厚な性格でしたし被害もなかったのでなにもしませんでしたよ。なのにある日その冒険者がやってきて、村の近くでグリフォンと戦っていたんです。大きなアビリティを使ったのか、ものすごい音がしてましたよ。山にはいってしまったんで最後までは見ていませんが」
「また勝手なことしてる」とアリソンはブツブツとつぶやいた。
「ともかく今回の依頼はラバータートルです。よろしくおねがいしますね」
村長はそう言うと村に戻ってしまった。
「今までもこういうことあったの?」俺はアリソンに尋ねた。
「ええ。兄さんは自分の力を示したいみたい。討伐依頼もないのに魔物を狩って迷惑をかけてるの。……ってことはこれは兄さんの尻拭いなのね」
アリソンはそう言って深くため息をついた。
「私もね、ニコラと同じなの。戦士の家系なんだ。私たちは物心ついたときから父さんに認めてもらうために必死で剣術やアビリティを磨いた。冒険者をやってるのもその一環なの。兄さんはずっとそれにとらわれてる。だから、力を示そうとしてるのね」
「アリソンもそうなの? 認めてもらいたくて冒険者を?」
アリソンは苦笑した。
「最初はね。でも私は出来損ないって言われてたから、最初から期待されてなかった。実はね、ニコラに会う直前まで冒険者をやめようと思ってたんだよ。ランクも上がらないし、パーティも組んでもらえないから。でも、ニコラが現れて私にもアビリティが使えるようになった。すごく感謝してるんだよ」
そう言って彼女は微笑んだ。
「よし、やるか」
一匹のラバータートルのそばに行くとコルネリアがそういった。ラバータートルは亀のくせに凶暴だった。歯を噛み合わせてカチカチならし、威嚇している。
俺たちはまだ何もしていない。なんでそんなに襲う気満々なんだお前。
というかこいつ歯あるのか。
アリソンはまだ少し離れた場所にいた。
「ほら、アリソン」
「わ、わかってる!」アリソンはコルネリアのそばまで歩いてくると盾になった彼女を持った。
俺はアリソンの背に触れる。
「コルネリア、水だけ出せる?」アリソンはラバータートルに怯えながら尋ねた。
「……やってみる」コルネリアは自信なさげに言った。
俺の手が暖かくなる。今日の朝、魔法の練習をしたためかかすかに魔力の流れがわかるようになっていた。
ボワン、と眼の前に両手を広げたくらいの直径の水球が浮かんだ。が、パチパチと音がしていて、完全に水の属性だけでできているわけではないようだ。
「難しいな。どうしても雷の属性が混ざる」
「とりあえずこのまま、ラバータートルに使ってみる?」アリソンはそう言って、手をラバータートルの方へと向けた。
亀が水球に包まれる。慌てた様子で腕をバタバタと動かし、首を伸ばし始めた。
アリソンは剣を手にしたが、そこで固まってしまった。
「何してんの?」コルネリアが尋ねた。
「このまま切ったら、私感電するよね?」
電気の走ってる水の中に鉄の棒を入れればそれは感電する。
「……そうだね」俺は頷いた。
ラバータートルは水球の外に鼻を出して呼吸をしている。逃げ出そうと必死になっていて、その顔はこちらを睨んで牙を向いている。
こっわ。
アリソンがまた悲鳴を上げた。
ただ、こころなしか亀の動きは鈍い気がした。
「ねえ、このまま雷の出力上げてみたら?」俺は提案してみた。
「効かないのに?」
「でもなんか動きおかしいじゃん。首とか、腕には雷効くんでしょ?」
威嚇のために鳴らす口はさっきより音が小さい気がするし、それに鼻がときどき水中に戻ってしまっている。
「……やってみる」アリソンはそう言って、コルネリアに指示した。
水球から発していたパチパチという音が大きくなる。
と、ラバータートルがびくんと動いて、そのまま動かなくなった。
アリソンが魔法を解くと、地面にドスンと落ちてきた。首が伸びた状態でピクリとも動かない。
「倒した?」アリソンが剣の先でツンツンと頭をつつく。ラバータートルは動かない。
「倒した!」彼女はホッとしたようにそういった。
同じ方法で残りのラバータートルを処理していく。
「ふっふっふ。お前たちなどもう怖くないさ」アリソンはそういって落ちていた木の棒で甲羅をつついた。ラバータートルは「グワ」と口を伸ばして木の棒を噛み切った。キレイにバツンと枝の先がなくなった。
「ひい!」とアリソンは後ずさってコルネリアの後ろに隠れた。
最後の一頭を倒すと、アリソンは地面にしゃがみこんで安堵のため息をついた。
「ああ、やっと倒した。怖かった」
人型にもどったコルネリアは少し考え込むようにしてから言った。
「なあ、ニコラ。アリソンに抱きついてくれないか?」
「え!?」と俺とアリソンが同時に驚いた。
「な……なな、なんでそんな」アリソンは明らかに動揺していた。
「いや、今日ずっと水の球を出してはいたが、雷の属性がついていただろ? ニコラがアリソンともっと接触すれば、水の属性がもっと感じられるんじゃいかと思ってな。なにかつかめるんじゃないか?」
「……ほんとに?」
「ああ」コルネリアは頷いた。
アリソンはしばらくもじもじしていたが、立ち上がると意を決したように鎧を外した。
今までは背中の僅かに空いた部分に手を宛てていたが、これなら、たしかに体を密着できる。
彼女は両手を伸ばした。顔は赤くてうつむきがちだった。
「ニコラも、ほら、防具外して」コルネリアが平然とそういった。
俺はある一瞬まで冷静だった。今までだって女性と抱きしめ合う機会はいくらでもあった。
メイドのエイダに介護されてきたからな。
ベッドから起こされたり、車椅子に座ったり。ひどく調子が悪いときはそうせざるを得なかった。
そこにドキドキなんて微塵もない。むしろ、辛く苦しい記憶しかない。
だからこれだってそれと同じ、ただの作業の一環なんだと思っていた。
俺は革の鎧を脱ぐと、アリソンの前に立った。
顔赤くした彼女は上目遣いで言った。
「ニコラ、……早く」
心臓がぎゅっと鷲掴みにされる。
俺は更に彼女に近づいた。小さな頭が俺のすぐそばにある。アリソンは目をそらして、俺の胸に耳を当てるようにして抱きついた。柔らかい彼女の体が俺にピッタリとくっついている。
「ニコラも、腕回して」アリソンはそういった。
俺の手は震えていた。ぎゅっと彼女を抱きしめると俺の頬は彼女の頭にくっついた。
「今汗かいてるから、匂い嗅がないでね!」アリソンの声が振動で伝わってくる。
魔力とは違う何か温かいものが胸の中にじんわりと広がっていく。ドキドキと緊張していたけれど、いまは彼女の体温が心地よかった。
「コルネリア! どうなの!?」アリソンが尋ねた。
「うおお! すっごい魔力! でも多分、さっきと同じだなこれ。水の属性だけにはならないな。練習が必要だ。……もう離れていいぞ」
コルネリアは腕を組んでそう言った。
俺はもう少しこの感覚を味わっていたかった。アリソンは俺の背から手を離したが、俺はまだ、彼女を抱きしめていた。
「ちょっと、ニコラ。もういいんだよ」アリソンは俺の腕の中で顔を上げて、俺の脇腹をぽんぽんと叩いた。
「もうちょっとこうして……」俺が言うと、コルネリアが近づいてきて、俺の頭を叩いた。
「離れろ」
「痛い」俺は渋々アリソンから腕を離した。
アリソンは離れると、俺を見上げた。
「もう、びっくりするでしょ?」彼女は頬を膨らませていた。顔は真っ赤で、多分それは俺もそうなんだろうと思った。
メイドに介護されていたときとは違う。全然違う。
女の人って抱きしめるとこんなに柔らかくて、温かくて、心地いいんだ。
と、そこに村長が歩いてきて頭を掻いた。
「おや、お邪魔でしたかな」
「いえ! そんなことありません」アリソンは鎧を身に着けながらそういった。
俺が鎧を身に着け終えると村長は言った。
「確かに、ラバータートルはすべて倒されていますね。どうやったのかはわかりませんが、大きな傷もなく素晴らしい」
どうやらラバータートルは村が引き取って商人に売るらしい。そこらへんも報酬にはいっているんだろう。
依頼書にサインをもらうと俺たちは冒険者ギルドに戻るために馬車に乗り込んだ。
馬車のなかで、アリソンはなんだかよそよそしかった。コルネリアは対称的にニヤニヤしていたが。
ギルドに戻って報酬をもらい、昨日と同じように半分に分けた。アリソンは最後までよそよそしかったが、別れ際に顔を上げて言った。
「明日も、よろしくね」
俺は頷いた。
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