第6話 マッドモンキーのマットとトニトクラブのトム
「冒険者登録したいんですけど」
俺がそう言うと受付の女性はにこやかに言った。
「ではこちらに記入を」
俺は書類を書いていった。廃嫡されたので名字はなく名前だけ。それからサーバントもいないので空欄。その理由を正直に書く。水の属性を持っていることも書いておいた。
受付に渡そうとすると、突然、男が俺に体をぶつけて割り込んできた。俺は《身体強化》を使う暇なく飛ばされて地面に倒れ込んだ。
「痛った」
「君みたいなヒョロヒョロのガキがこんなところに来るんじゃない」
その男は俺を見下ろして睨んでいた。ブロンドの髪でイケメンだった。雰囲気が誰かに似ていた。
「ジェイソンさん。ギルド内でまた暴れられると困ります」受付の女性は少し怯えたようにそういった。
「暴れないよ。僕は忠告してるだけだ」
何なんだこいつは。確かに俺はヒョロヒョロのガキだけどさ。
ジェイソンと呼ばれた彼の後ろには女性のサーバントが立っていた。褐色の肌で白い長髪。やっぱり誰かに似ていた。彼女は俺に駆け寄ってきて心配そうに言った。
「大丈夫ですか?」
「近づくなユリア」ジェイソンはユリアの襟を掴んで俺から引き剥がした。
彼の後ろから――ジェイソンのパーティだろう、男のサーバントを連れている――ユリアとは別のサイドテールの女性が歩いてくると、俺の書類を見て笑った。
「あなた、サーバントも持ってないの? 『アニミウムが体内にあるから』? 死の川の水を飲んだの? 間抜けだね」
クツクツと彼女は笑った。
「ねえ、エミリー見なよ」ジェイソンはサイドテールのその女性に言った。「こいつジャラジャラとアニミウムのブレスレットつけてる。過宿罪だ」
「ほんと。『大罪人の生まれ変わり』だからそんなに間抜けなのね」
「サーバントを持てない上に、過宿罪で体が弱いときた。君、よく冒険者になろうとおもったね」
ジェイソンとエミリーはケタケタと笑った。それは二人だけではなく、近くにいた冒険者数人も同じように笑っていた。ジェイソンは仲間を得たかのようにしたり顔だ。
彼らの言ってることは今の俺には的外れで、『大罪人の生まれ変わり』と言われても何も感じなかった。嘲笑ってくる彼らを俺は冷めた目で見ると、立ち上がって服を払った。
「お、立ち上がったね。僕と勝負でもする気?」ジェイソンは俺を睨んだ。
全然そんなつもりはなかったので俺はぽかんとしていた。
何いってんだこいつは。いいたい放題言うところがライリーやバカ親父に似ていた。
と、俺の後ろから声が聞こえた。
「兄さん。やめてください」
見るとアリソンが立っていた。
俺はようやくそこで気づいた。ああ、ジェイソンはアリソンに似てたんだ。そしてユリアはコルネリアに。
兄妹だったのか。
ジェイソンは少し驚いたように言った。
「アリソン、知り合いかい? ならすまないことをしたね」彼は笑って、続けた。「出来損ない同士、馴れ合って仲良くするといい」
彼の首には縦長の金属がついたネックレスがあった。色は金色。
彼は別の受付の方へと歩いていってしまった。
ジェイソンのサーバント、ユリアだけが残って俺に言った。
「あの、……すみませんでした。ちょっと今日は機嫌が悪かったみたいで、それで……」
「ユリア! 早く!」遠くでジェイソンが呼んでいる。
「とにかく、すみませんでした!」ユリアは頭を下げると走っていった。
あの契約者につくなんて、生きにくいだろうなと俺は思った。数日前の俺みたいに。
「ニコラ、大丈夫?」アリソンが心配そうに言った。
「押されただけだから、大丈夫。お兄さんいたんだね」
アリソンは下唇を噛んでいった。
「ええ。あまり性格が良くない兄がね」
俺はユリアの後ろ姿を見て尋ねた。
「コルネリアとユリアって似てるけど……」
ああ、とコルネリアは言った。
「もともと同じサーバントだったんだ。前のサーバントが戦闘で壊れて死んだあと、二つに分けて作り直されて、また新しく『祝福』を受けたから似てるんだ」
サーバントたちは金属加工によって作られた後、『祝福』によって人格化し、人と契約することで人型に顕現してアビリティを使えるようになる。『祝福』のプロセスは教会に秘匿されているが、教会はサーヴァントを「神の使者」と呼んで敬っているからきっと神聖な方法なのだろうと俺は思っている。
一つのサーバントを二つに分けるなんて初めて聞いたから俺は少し驚いた。
「あの、登録の続きをしたいんですが」受付の女性に言われて俺は冒険者登録を続けた。
さっき他の冒険者達に笑われたから、サーバントがいないとか、過宿罪とかだと登録できないのかと思ったら特に問題ないようだった。
「初めはEランクです。これをどうぞ」
金属のプレートが付いたネックレスを受け取った。アリソンたちがつけていたのと同じ形だったが、金属は鉄のようだった。
「鉄はEランク、銅はDランク、銀はCランク、金はBランク、ミスリルはAランクです。一応アニミウムはSランクですが今のところSランクの方は存在しませんので気にする必要はないかと。ランクが上がるごとに受けられる依頼も変わります」
ということはジェイソンはBランクだったんだな。
アリソンはDランクでひとつ上。ということは彼女はパーティも組まず一人でランクを上げたことになる。それから諸々の説明を受けたが、ランクを上げるのは大変みたいだったから、アリソンはかなり頑張ったんだろうと思った。
「これで冒険者登録は完了です。お疲れさまでした」
受付の女性はそう言って微笑んだ。
ギルドから出るとアリソンは俺に袋を渡した。中を見ると銀貨がジャラジャラとはいっていた。
「4万ルナから服の代金を引いた額はいってる。さっき言ってたとおり報酬の半分だよ。あの大きさのレッドグリズリーはBランクがパーティで挑むものなんだってさ」
「ありがとう」俺は中身を確認した。
一般的なメイドの月の報酬が8万ルナくらいのはずだ。一日でその半分を稼いだことになる。冒険者は稼げるが、命がかかってるのは身を持って体験した。だが今の俺には唯一と言っていい金を稼ぐ手段だ。
俺は健康的な体を手に入れた。冒険者登録もした。そして今、4万ルナという金を手に入れた。
ようやく第一歩だ。
「ニコラ」アリソンが俺を呼ぶ。
俺はアリソンをみた。彼女は少しためらいがちに言った。
「あのね……」
沈黙。下唇を噛んで、なにか悩んでいる様子。
「何?」
アリソンは意を決したように言った。
「私と……パーティを組んでほしいの。今までずっと、魔力が足りなくて誰もパーティを組んでくれなかったから。でも、ニコラならって……。お願い。これからもいっしょに依頼を受けてほしい」
アリソンは目をつぶって手を差し出した。
俺はカタリナを思い出して、少しだけ躊躇った。
また裏切られるんじゃないかというイメージがこびりついていた。
期待するな、と頭の中で声が響いた。
……期待、なんだろうか?
これは俺がアリソンに一方的に何かを願うような関係なんだろうか?
違う。
きっとマッドモンキーのマットはトニトクラブのトムに期待しているわけじゃない。
トムはマットに愛情があるわけじゃない。
でも彼らはうまくやっている。
俺は言った。
「いいよ。共生関係になろう、トム」俺はアリソンの手をとった。
彼女は一瞬キョトンとして、それから笑った。
「よろしくね、マット」
彼女の笑顔はとても美しく輝いていて、俺はしばし見とれてしまった。
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