第5話 でかい熊を運んでギルドに向かおう

 あたりにはレッド・グリズリーの毛皮や肉が焼けた匂いが立ち込めていた。レッド・グリズリーが完全に沈黙していることを確認すると、アリソンは鉤爪の生えた手を切り落とそうとした。


「何してるの?」


「これが倒した証になるの。これ全部は持っていけないでしょ?」


 たしかにそうかも知れないが、もったいない。


 そこで、俺はダンジョンの中でやったことを思い出した。


《身体強化》だ。


「ちょっと試したいことがあるんだけど、いい?」


 アリソンはキョトンとしていた。


「良いけど……」


 俺は《身体強化》を使った。さっきは使いすぎてしまって制御できず、体が吹っ飛ぶかと思ったので今回は力を抑える。一歩踏み出す。脚が頭の上まで上がるということはなかった。


 俺はレッドグリズリーの頭を持ち上げ、胴体を持ち上げた。徐々に《身体強化》の出力をあげていく。


「よいしょ」


 レッドグリズリーの体は大きすぎて全部を持ち上げることは出来ないが、引きずりながらなら運ぶことができそうだった。


「運べそうだよ」


 俺がそう言ってアリソンたちを見ると二人とも目を見開いていた。


「随分力持ちなんだね、そんな細い体で……」アリソンはそうつぶやいた。




 レッドグリズリーの脚が引きずられて地面に跡が残っていくが気にせず俺たちはあるき出した。


 俺は気になったことを尋ねた。


「さっき二つの属性を持つ人間はいないって言ってたでしょ? でも盾には二つの属性がついてた。理由を少し考えたんだけど、もしかして俺、コルネリアと『契約』しちゃったってことない?」


 アリソンは苦笑した。


「サーバントは二人の人間と一度に契約できないんだよ。逆は良くて、一人の人間が複数のサーバントと契約することは出来るけど」


「ああ、そうか。いい考えだと思ったんだけど。だってもしそれが出来たら、俺とアリソン二人から魔力を同時に受け取れるわけでしょ? 二つの属性が混ざっててもおかしくない」


「そっか、ニコラ、水の属性持ってるんだもんね」そうかそうかとアリソンは頷いた。


「持ってるけど……それがどうかした?」


「そう……だから……」


 アリソンは考え込んでから言った。


「たぶん、ニコラは私に魔力を送ったんだよ。水の属性もってないもの。考えられるのはニコラから魔力を受け取った、ということだけ。共生する魔物たちみたいに」


「『マッドモンキーのマットとトニトクラブのトム』か」俺が言うとアリソンは笑って頷いた。


『マッドモンキーのマットとトニトクラブのトム』はサーバントと人間の関係性を教えるよく知られた童話だった。


 そしてそれは共生する生物達の話でもあった。


 魔力を持っている魔物たちの中には他の種族の魔物と魔力を送り合うことで互いに利益を得て生活しているものもいる。


 例えば水辺に生息し体に泥を塗りつける習性があるマッドモンキーは水の属性を持っているがそれだけではうまく狩りが出来ない。鳥に向けて水をかけたりするが、落ちてくることはない。


 そこで彼らは泥をぬりつける際、トニトクラブと言う雷の属性をもった小さなカニをいっしょにすくい上げて、互いに魔力を交換しあう。


 マッドモンキーは雷の属性を持った魔力を受け取ることで、雷をまとった水を撃って鳥を落とすことが出来るし、トニトクラブは体の維持のために水の属性を使っている。


 俺はそれを読んだときに人間も魔力を誰かに分けることができたらなあ、と思った記憶がある。


 でも、できなかった。どうやら魔法を使えなければ魔力の受け渡しはできないようだった。


「でも、俺、魔力送ろうなんて考えてないよ?」


「そうなんだよね。そこが不思議」


 と、そこでコルネリアが言った。


「魔力を送ろうと思って送ってるわけじゃなくて、常に溢れてるんじゃないか? 今も私がアビリティを使おうと意識するとすごい力の存在を感じるし」


 溢れてる?


 アリソンが「ああ」と言って頷いた。


「そのブレスレットだよきっと。たくさんアニミウム付いてるでしょ。そこから溢れてるんじゃない?」


 アリソンは俺の手を指さした。


 魔力中毒症を防ぐこれか。俺はブレスレットをみた。


 ……もうこれ、外せるんじゃないか?


 俺はレッドグリズリーを背中だけで持つと片方ブレスレットを外して地面に置いてみた。


 グン、と背中が軽くなった。《身体強化》が強力になりすぎて、レッドグリズリーの体が一瞬宙を舞った。


「ぎゃあ!!」とアリソンは叫んだ。


「おっと」俺はなんとかレッドグリズリーを受け止めた。


 危ない危ない。俺は一度レッドグリズリーを地面においた。


「な、なな、なんでそんな事できるの!?」アリソンは少し怯えていた。


「これ、《身体強化》だよ」


「サーバントもいないのにどうしてアビリティが……?」


 俺は自分の考えを話した。


「俺が健康になったのは、体を魔力が循環するようになったからだって言ったでしょ? 体に魔力を循環させられるってことは、魔法を使えるってことだよ。まだ全然うまく使えないけど」


 アリソンは目頭を押さえて、それからため息をついた。


「ニコラといると、驚かされてばかりだよ」


 やっぱりこのブレスレットはつけてたほうが良いみたいだ。またレッドグリズリーをぶんなげてしまっては困る。俺がブレスレットを付け直すと、コルネリアが言った。


「やっぱりそのブレスレットだな。外しているときは魔力が減った感じがしたが、今はまた溢れて増えてる感じがする」


 常に魔力を溢れさせているのもどうかと思うけど、今までもそうだったしまあ良いか。




 ついに俺たちは街の前まで来た。


 大きな壁に囲まれた街だった。俺は自分の家からほとんど出たことがなかったのでその大きさに口をぽかんと開けた。


「でっか」そうつぶやくと、アリソンは笑った。


「王都はもっと大きいよ。ここは小さい方」


 世界は広いんだとしみじみ思った。


 どうやらレッドグリズリーは、門の外にある解体場で処理されるようだった。運んでいくとテントが張っていてその近くに解体場と見られる石造り地面があった。拷問器具みたいな禍々しい刃物たちがずらりとぶら下がっていて俺は少しビビった。


「この時間は人が少ないね」アリソンはそう言っていた。


 他に人はいなかったのでそうなのだろう。


 アリソンがテントに声をかけるとギルド職員の女性が一人現れた。


 彼女は俺が石づくりの解体場においたレッドグリズリーを見てすこしおどろいていた。


「随分大きいですね。どうやって運んできたんです?」


「引きずってきました」俺が言うと、彼女はクスクスと笑った。ジョークだとおもったのだろう。


 ギルド職員はレッドグリズリーの周りを回って小さく頷くと、アリソンにいくつか質問をして何かを書いてから言った。


「血抜きはしましたか?」


「あ」アリソンはしまったと言った顔をした。


「肉としての価値をつけたいのであれば必ずしておいてください。それと、アビリティで冷やせるのであればしておくと更に価値が上がります」


「はい」アリソンはしょぼんとした顔をしていた。


「と言って、まあ、あの近くは『死の川』がありますからこのレッドグリズリーも水を飲んでいるでしょう。肉はもともと食べられませんね。魔石なんかは価値がつくでしょう。20分ほどお待ちを」


 20分間、俺は解体の様子を見守った。完全に知的好奇心からだったが、グロくてやめておけばよかったと後悔した。


 結局、レッドグリズリーは爪と俺の頭くらいの大きさがある魔石が売れるようだった。


 魔石はドワーフやらエルフやらが作った魔道具を動かすために使うらしい。日常的に魔道具を使うわけではないのでどのくらいの大きさでどのくらいのものが使えるのかわからないけど。


「討伐報酬も含めて8万ルナですね。ここにサインを」アリソンがサインをすると、ギルド職員は金属の板と紙をアリソンに手渡した。板にはギルドのマークが描かれていて番号がついていた。


「板といっしょに紙をギルドの受付に渡してくださいね。そこで報酬をもらってください」


 俺たちは門から街の中にはいった。


「まずはニコラの服からだね」


 と言われて、服を買ってもらいそこそこ見られる姿になった。


「あの、俺お金ないんだけど」俺が言うとアリソンは言った。


「さっきレッドグリズリー倒したじゃん。手柄はニコラのものだよ」


「倒したのはアリソンでしょ。俺は何もしてない」


 アリソンは少し考えてから言った。


「じゃあ半分にしよう。それでいい? ニコラから魔力をもらったから倒せたんだし、それにここまで運んでくれたでしょ?」


 まあそれなら、と俺は頷いた。




 ギルドは街に入ってすぐのところにあった。


 中に入ると武装してサーバントを連れた人たちがあちこちにいた。壁の大きな掲示板にはいくつも紙が貼ってある。アリソンは「討伐依頼だよ」と言っていた。


 奥には受付があって、忙しそうに職員が働いている。


「私は報酬を受け取ってくるから、ニコラは冒険者登録をしてなよ」


 俺は頷いて別の受付に向かった。



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