12 過去と始まり⑧

「おいおい冗談だろ!」

「早くここから出してくれ!」

「何なんだよあのマスクした奴らは⁉」

「どうなっているんですか⁉」


 保たれていた理性という名の糸が切れた。

 取り残された市民の人達は皆パニックになってしまっている。無理もねぇ。たった今理由も無く死の淵に立たされてしまったのだから。


 動揺、不安、焦り、困惑、緊張、憤り……。

 様々な感情が一気に溢れ出したこの場を鎮めるにはどうすればいい――。


「こうなったら無理矢理でも扉壊して逃げるぞ!」


 やべぇ。それは絶対にダメだ! 奴らは常に俺達を見ている。


「待って下さい! 奴らソサエティは常にここを監視しています。下手な事をすれば直ぐに爆破される可能性もあります!」

「ふざけんじゃねぇ! だったらどうするんだよ⁉ 爆発するまで大人しくしてろってかッ!」

「警察がどうにかしてくれていますよね⁉」

「窓から外に逃げればいいじゃないですか」

「そうですね、きっと警察の人達が待機してくれていますから生存を知らせましょう」

「窓の近くに非常用の何かあっただろ、梯子か滑るやつ! 全員それで脱出するぞ」

「私でも降りられるかのぉ」

「大丈夫!お婆さんも降りられるよ。安心して下さい」

「急ごう。時間がない!」


 皆は一斉に窓際へと走って行く。



 ――パァンッ!!


 無意識のうちに、俺は天井目掛けて銃を発砲していた。


 こんなやり方は確かに間違ってる。だが時間もねぇし手段を選んでる場合じゃない。


「焦る気持ちは良く分かります。だからこそ今は俺の言う通り何もせず落ち着いて下さい。皆さんは必ず我々警察が助け出します。もう2発目は撃たせないで下さい」

  

 急な発砲で場が一気に静まり返った。

 こんな状況で更に脅すような真似をして本当に申し訳ないと思っている。

 

 俺は皆にそう言い、急いで爆弾の部屋に戻りながら一真に話しかけた。


「一真! 大丈夫か!」

「今のところはな……。そっちは大変みたいだな。この状況じゃパニックになるのも無理ないけど」

「そんな事よりどうなってんだ⁉ 本当にどっちか切らねぇと解除出来ないのかよ!」

「俺に怒鳴られてもな」

「本部長! 山本さん! 一真の方の爆弾解除出来るんですよね⁉」


 俺のこの問いかけの答えは、誰の声でもない、絶妙に嫌な“間”だった――。


「おいッ! 何とか言えよッ!」

「落ち着くんだ黒野刑事。 今必死で解除方法を考えている所だ!」

「……万が一に備え、大至急外で待機している者達も避難させるんだ!急げ!」


 電話の向こう側から本部長のそんな指示が聞こえてきた。


 クソがッ……!

 

 現場は勿論、外で待機している警察達も本部にいる警察達も皆、想定外の状況に困惑しているのが手に取る様に分かってしまった。誰1人として顔を確認していないのに、全員がまるで苦虫を嚙み潰した様な表情をしているのが当たり前に目に浮かんでくる。


「一真!!」

「そんな大声出すなよ。みっともないぞ」

「冗談言ってる場合じゃねぇだろ……!」


 爆弾の部屋に着き、再度画面を確認すると、赤い数字のカウントダウンが既に1分を切っていた。


「千歳、教えてくれよ。……お前の“直感”ならどっちだ?」


 何言ってるんだこんな時に。


「昔からよく当たるだろ?お前の勘」

「何言ってんだよ! どっち切っても爆発するんだぞ! 言えるかそんなもん!」

「って事は既に“答え”は出てるのか」


 残り40秒――。


 一真の言葉に心臓の音が高鳴った。

 少し前に感じた嫌な予感。

 あれは、この事態に巻き込まれる事の前兆だったんだと思っていたが、どうやら“違った”。


 いつもなら直ぐ消えるのに、こんな時に限ってまだモヤモヤ残ってやがる。

 この非現実的な状況にいるからなのか、はたまた嫌な予感が続いてるからなのか、どっちかは良く分からない。

 だけど、こんなクソみたいな状況でクソ程の役にも立たない俺の直感が、“後者”だと訴えている――。


 残り30秒――。


「時間がない。碧木さん! 直ぐに隣の部屋へ避難して下さい! ここより幾分か助かる可能性が高い! 急いで!」

「ダメです! こんな事言いたくありませんが、もうどの道生きるか死ぬかです。刑事さんとはいえ、私より若いあなた1人に全てを背負わせたくありません!」

「頑固な人だなぁ。まぁいいけどもう。……千歳、時間がない! 俺の最後の頼みだ。 お前の直感を教えてくれ! 頼む。黒と白……どっちだ?」



 残り15秒――。


 ふざけんじゃねぇ……ちくしょうッ……!






 残り10秒――。





「――黒だ」



……」




 

 残り5秒――。












「ありがとな千歳。お前と出会えて楽しかった。絶対アイツら捕まえてくれよ――」








「……⁉ かずッ『――ドォォォォォンッッ!!!』







 



 


























「――状況を確認しろ! 現場はどうなっている!」「取り残された人達の家族から連絡が入っています!」

「現場を映していた画面が消えました!恐らく携帯が壊れた様です!」

「直ちに現場へ向かわせろ!」「急げッ! 奴らの居場所は特定出来たか⁉」

「建物が崩れた模様! 瓦礫と一緒に数人が落ちてきたとの事!」「近くに犯人グループがいる可能性もある!怪しい奴を見かけたら取り押さえるんだ!」「マスコミや記者の電話は切れ!そんなもの後回しだ」

「待機していた医療班も直ぐに向かう様に!」「人命を第一優先に動け!」

「被害状況は⁉」「白石刑事と連絡は付いたか?」「至急、至急!」

「爆破の影響で火災も発生しています!」「人質達の安否はどうだ⁉」「 消防も現場に駆けつけています!」






 静まり返る現場。

 手から落ちた携帯から、ただただ騒がしそうな声が聞こえてきた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る