05 過去と始まり①


 ♢♦♢


~特殊捜査課~


 再びソサエティからの犯行声明が届く3ヶ月前。


 碧木明日香が特殊捜査課に配属してきた日――。



「あ、私は……実は、6の犯人を捕まえたくてここに来ました――」


 その言葉で俺達は固まった。

 固まったというより、余りの想定外の発言に、返す言葉が直ぐに出てこなかった。変な沈黙が少し流れたが、それを打破したのは灰谷さんだった。


「碧木さん……は、何歳だ?」

「今年23になります!」

「若っ! 明日香ちゃんそんな若いの? 同性だから余計歳感じちゃうじゃない私」

「そこそこの歳だろ」

「あ″ぁ? 何か言ったか水越」


 流石水越さんだ。よくサラッとそんな爆弾発言を……って、そうだ。爆弾は爆弾でも今確かにこの子――。


「6年前の爆破テロ追ってるってどういう事だ?」


 その事件だけは聞き逃す筈がねぇ。何でこんな子がその事件を追ってやがる。


「落ち着け黒野。何で新入りの女の子いきなり睨んでるんだお前は! すまんな碧木さん」

「い、いえ大丈夫です」

「答えになってないだろ」

「ちょっと! いい加減にしなよ黒野君」


 自分でも分かってる。配属したばかりのこの子に何で俺はムキになって突っかかっているんだ。初日にこんな先輩が絡んでくるなんて最悪な部署だと思われただろう。自分でも少しヤバいなと分かってる。でも、今この子が口に出した“それ”だけは抑えられない。


「あなたが黒野さんですよね?」

「――⁉」


 緊張か遠慮か。控え目で大人しそうだと思っていた彼女は、俺の顔を見て表情が変わった。

 真っ直ぐと俺を見つめるその瞳はとても力強く、揺るぎない信念を感じさせるものだった。


「2度目になりますが、私の名前は碧木明日香! 私がここの特殊捜査課を志願したのは、今言った通り、6年前の猟奇爆破テロの犯人を捕まえたいからです! 」

「だから何でお前がそいつらをッ……「その爆破テロで母が亡くなりました」


 俺の言葉を遮ってそう言った彼女は、ほんの少しだけ涙を滲ませていた様に俺は見えた。


「まさか……明日香ちゃんのお母さんがあそこに……?」

「はい。6年前に爆弾が仕掛けられた“亀山町ランドタワー”、“天馬町センターホテル”、“有兎楽町合楽ビルディング”。その3つのうち、爆破されたランドタワーとセンターホテル。当時、私の母はランドタワーに入っている会社で働いていました」


 話を聞いて驚いた。まさかあの事件の被害者家族が目の前に現れるなんて思いもしなかったから。しかも刑事として。面接の志望動機を聞いてるかの様な会話だったが、彼女が刑事としてここまで来て、犯人を捕まえると口にしているその覚悟は誰が見ても一目瞭然だった。


「悪い……」


 先輩として、人として。ちゃんと謝るべきなのに、その一言が俺の中で精一杯の返事だった。情けねぇ。


「いえ、全然気にしていませんので。あの、それよりも……黒野さん」

 

 彼女は、また真っ直ぐと俺の目を見て言った。


「6年前のこの事件、当時ランドタワーと合楽ビルディングでのが、黒野さんと殉職された『白石 一真しらいし かずま』刑事なんですよね?」

「――!」


 はっきりと“その名”を聞いたのは何年ぶりだろうか。


 不思議だ。名前を聞いただけで、アイツとの思い出が走馬灯の様に頭を駆け巡る。何気なく会話したのがつい昨日の事みたいだ。


 彼女……碧木は、きっと自分なりに色々調べた上で俺に今聞いているんだろう。そりゃそうだよな。“同期”を失った俺でも探し続けてるんだから、自分の親を失ったとなれば何が何でも捕まえたいよな。今更奴らを捕まえたからといっても、当然死んだ人たちは戻ってこない。そんな事は誰もが分かってる。でも、だからこそ唯一俺達に出来る事は、やっぱり犯人を捕まえる事だけなんだ。


「中途半端に追ってる訳じゃなさそうだな」

「勿論です」

「いいよ。何が聞きたいんだ? 本気で捕まえる気があるなら、俺が知ってる事は全部教えるよ。碧木」

「は、はい! ありがとうございます!」


 碧木は嬉しそうな表情をしながら喜んでいた。今の俺に出来る事はそれぐらい。心の底から喜べるのは、アイツらを捕まえた時。それしかないんだ。

 

「黒野が先輩っぽく見えたぞ一瞬」

「この件に関してだけでしょ」

「そうね。それ以外基本適当だから黒野君は。報告書もすぐ溜めるし」


 何故か一瞬にして俺の悪口大会が開かれた。


「では早速いいですか? 黒野さん」


 先輩達も大概だが、この子もこの子だな。確かに教えると言ったけどそんな直ぐ? 今なの? まぁ別にいいけど。そういう奴嫌いじゃないし。


「なぁ~にニヤけてんのよ」

「ニヤけてないですよ別に」

「ふぅん。天パのくせに明日香ちゃんみたいな子タイプなの?意外ね」


 また何を言い出してんだこの人は。いちいち絡み辛ぇしまた微妙に悪口入ってるぞ。


「天パは関係ないしタイプでもねぇ」

「私も黒野さんはタイプじゃないです!」

「アッハッハッハッ! 灰谷さん、黒野君が早くも明日香ちゃんに振られました!」

「お前もうコクったのか!捕まえるのは凶悪犯だけにしとけよ」

「灰谷さん上手い」


 鬱陶しい。もう本当に嫌だぜこの部署。碧木が入ってきたし、そろそろ本気で異動願い出してやろうかな。


「うるさいっすよ。そんな事より、俺に聞きたいんじゃないのか碧木。 “ソサエティ”について――」

「――!」


 俺がそう言うと、碧木が真剣な表情になった。

 どんな些細な事でもいいから全てを教えて下さい、と碧木に言われ、俺はいつの間にか当時の事を話し出していた――。

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