2つの太陽③

「あ、え~と、僕は夏川と言います。大学の友人達とこの海に遊びに来てまして……さっき着ていたTシャツに思い切りコーヒーを零してしまったので、代わりのTシャツを1枚買いました」


 容疑者1人目、夏川宏人(なつかわひろと)22歳。上半身は何も身に着けておらす水着のみ。手にはTシャツが1枚入った袋と財布を手にしていた。


「その友人とやらは何処にいる?」

「あっちに皆いますよ」

「そうか。そこの刑事さんよ、彼の友人達に本当かどうか確かめて来てくれ」


 いつの間にか現場を仕切る形になっていた京蔵。その場にいた警察の者達が、あくまで一般人である京蔵の指示を聞く必要は微塵も無い。だがしかし、京蔵の佇まいと雰囲気が完全に場を掌握していた。言われた刑事も一瞬悩んだ表情を浮かべたが、そのまま速やかに事実確認をしに行くのであった。


「次、横のアンタは?」

「……はい。私の名前は砂山と申します。会社のBBQで来ておりまして……買い出しで飲み物とタオルを買いましたけど……」

「成程。ちなみに、その着けている時計はアンタのか?」

「え、ええ。そうですけど」

「分かった。おい、そっちの刑事さん。彼女の事も確かめて来てくれ」

「あ、はい。了解しました」


 容疑者2人目、砂山敦子(すなやまあつこ)30歳。水着の上にパーカーを羽織り、大きな帽子を被っている。時計を腕に着け、飲み物とタオル数枚が入った袋を持っていた。


「次、アンタは?」

「私は佐藤。1人で海に日焼けをしに来ていただけです」

「何を買った?」

「サンダルですよ。さっきちょっと海に入った時に流されちゃって……」


 容疑者3人目、佐藤佳代(さとうかよ)28歳。水着の上に着たTシャツをお腹の辺りで結び、手には小さな財布が1つ。


「最後、アンタは?」

「俺も1人でサーフィンをやりに来てただけっすよ。ほら、あっちの人が少ない方に他のサーファー達もやってるでしょ?」

「海の家で何買ったんだ?」

「それが刑事さん聞いて下さいよ! 帰ろうと思ってシャワー浴びてたら外に置いてあったバッグ盗まれたみたいで無いんすよ。取り敢えずスマホと財布と鍵は防水ケースに入れたままバスタオルと一緒にシャワールームに持ち込んでたんで良かったですけど、いや、正確には何も良くないんすけど……バッグに入っていた着替がなくなったからわざわざそこで2000円もするダサいTシャツ買う羽目になったんですよ!」


 容疑者4人目、森田海(もりたかい)25歳。水着に上はTシャツ。首には防水ケースに入ったスマホや鍵が提げられており、腕には時計を着け手にはバスタオルが持たれていた。


 こうして、容疑者と思われる4人全員から話を聞いた京蔵と鶴田。何時からだろうか、京蔵は両手をポケットに突っ込み、話を聞きながらやや首を傾け、視線は下を向いていた。


(あれは……)


 鶴田はもう分かっていた。初めて見たのは彼と出会った日。銭形永二の遺体を見つけた時に“それ”を目の当たりにした。


 亀山京蔵という男が考え事をする際に無意識に取る姿。京蔵と行動を共にしたこの3ヶ月の間でも鶴田は数回目にしていたのである。緊張感漂う現場で、そんな京蔵の姿を見た鶴田だけは自然と安心感が生まれていた。何故ならば、もうこの事件は解決すると鶴田は思ったからである。


 暫しの沈黙が続いた後、急転直下の解決ショーが幕を上げた。


「――やっぱり“いやがった”な。この中に」


 突然口を開いた京蔵に、皆の視線が注がれる。


「いたって……犯人分かったんですか京蔵さん」

「ああ。逃げた強盗犯最後の1人は……アンタだろ? “佐藤佳代”」

「……⁉」


 皆の視線は京蔵から佐藤佳代へと一気に移された。


「ちょッ……何で私が⁉ デタラメ言わないでよ! 強盗犯どころかどう見てもただの海水浴客でしょ!」

「どう見ても海水浴客か……俺に言わせれば不自然だらけだ」

「何がよ!」

「そもそもよ、アンタが着ているそれ、本当に水着か?」

「「――⁉」」


 京蔵の言葉に佐藤佳代は勿論、その場にいた者達が反射的に再度彼女を見ていた。


「俺はそんなの見ただけじゃ違いは分からねぇが、上はTシャツで覆っているし、仮に家が近かったとしてもまさかそんな格好で来た訳じゃねぇよな?」

「それだけで疑ってるの? 言ったでしょ、日焼けしに来ただけだから荷物は最低限しか持ってないだけよ」

「今時“携帯”もか?」

「そ、それは忘れただけよ家に」

「そうか。まぁ取り敢えずそう言う事にして話を進めるが、逆を言えばアンタ以外の奴らは証拠がある。この大学生の兄ちゃんとBBQで来ている彼女は、わざわざ“自分以外”の人間を話に出してきた。今さっき行った刑事達が戻れば直ぐに分かるが、お世辞にも賢い噓とは言えねぇ。だが事実ならアリバイとしては完璧だ。


そうなると、現時点でそれを証明できないのはアンタとサーフィンをやっていたこの兄ちゃん。だが少なからず兄ちゃんの方は車の鍵を持ってるから車も調べられるし、あっちにいる他のサーファーが彼を見ている可能性もある。まだ分からねぇがな」

「こんなの全部アンタの憶測じゃない! 1個も確かな証拠がないでしょ!」

「確かにな。だったらよ、悪いが皆“財布”を見せてくれるか?」


 京蔵が徐にそう言うと、皆はそれに従い自らの財布を前に出した。京蔵が真っ先に手に取り確認したのは当然佐藤佳代の財布であった。


「見てみろ。何故か財布の中の札まで“濡れて”やがる。これはどういう事だ?」

「……⁉ これは……落としたのよ海に……! それも言ったでしょ?少し海に入ったらサンダルが流されたって! その時よ」

「大方、車と一緒に海に落ちた時に履いていたズボンと靴は脱ぎ捨て、この海水浴客の中に紛れ込んだんだろう。だが分かる通り、砂浜は暑すぎてとても裸足じゃ歩けねぇ。まぁこの濡れた札を使う事も出来たが、そんな客がいりゃ店員も覚えているだろうな。だから小銭で買えるサンダルだけ買ったんだろ。携帯持ってねぇから電子マネーっていう線も消えるしな。


それに何より、アンタが結んでるそのTシャツ……ひょっとしてそこに“付いている”んじゃねぇか? 言い逃れ出来ない、血痕って言う証拠がよ」

「……⁉⁉」


 明らかに彼女の表情が一変した。まるでその数秒の沈黙が答えかの如く――。


「あの時、ガードレールにぶつかった衝撃はかなりのものだったろう。死んだアンタの仲間達を見りゃ一目瞭然だ。後部座席や窓や鞄にも返り血が飛び散っていたからな。アンタにも付いてる可能性が高い。でもまぁこれは初めからアンタの言う様に俺の憶測でしかないがな。

だが直ぐに分る筈だぜ。海に沈んでいるであろうアンタのズボンや靴が見つかればな。そうじゃなくても、お粗末な強盗なんて捕まるのは時間の問題。優秀な警察が多いらしいからな。今からでも潔く罪を認めた方が幾らか楽だと思うぜ俺は」


 ぐうの音も出ないとはこういう事だろう。京蔵の言葉に、言い逃れ出来ないと諦めたのか、佐藤佳代は自ら罪を認めるのであった。


「……もうここまでね……。因果応報、自業自得。ずっとこんなのが続くとは思っていなかったけど、終わりは何ともあっけないわ……。あなたの言う通り、シャツの裾には彼等の返り血が付いているし水着でもない。海の中に脱ぎズボンや靴も脱ぎ捨てたわ……。咄嗟にしては上手く紛れ込めたと思ったけど、確かにお粗末よね……」


 罪を認めた彼女は警察に連行されていき、事件は一気に終わりを迎える事となった。捜査も一段落した頃、慌ただしかった水浴場も次第に落ち着いていき、いつも通りの平和な海の光景に戻っていった。


 象橋によって京蔵と鶴田は事件後の聴取はせず、本来の目的であった依頼人のブツを持ち、再びハーレーダビッドソンに跨り颯爽とその場を去って行くのであった。


「――大変な日でしたね」

「まぁあれ以上面倒にならなかったと思うしかねぇな」

「そう言えば象橋警視長と話したんですよね? あれから一切連絡ないですけど……」

「そう簡単に捕まる相手じゃねぇからな。末端の奴ら100人捕まえても奴には辿り着けない」

「気が遠くなってきました」


 鶴田は思っていた。

 当初から、自分の中でやる気が漲っていた分その反動によって最近のモチベーションは下降気味。勿論簡単な捜査で無い事は分かっていたが、ここまで動きがないとは少しだけ想定外だった。


「ずっと気張ってると肝心な所でミスるぜ。もうちょい余裕を持った方がいいなお前は」

「京蔵さんが持ち過ぎなんですよ。いきなりライフルなんて渡されたら誰でもテンパりますよ」

「俺は迷わず撃つけどな」

「それもどうかと思いますけど」


 そんな会話をしながら、2人は真夏の日差し中、ハーレーダビッドソンを豪快に走らせビルへと帰って行った。



 夏の海で起こったまさかの事件。京蔵の活躍で事件は無事解決へと至った。そして、決して口には出さない鶴田であったが、実はずっと思っていた事がある――。


 それは……真夏の太陽が猛烈な日差しを照り付ける中、鶴田は更に人の倍暑さを感じていた。


 何故ならば、いつも隣にいる亀山京蔵という男のスキンヘッドが、夏という演出も掛け合わさり、今までとは別次元に輝きを放っていたからである。それは鶴田が彼と初めて出会った時の窓越しの反射とは全くの別物。反射とかいうレベルではない。最早そこに太陽がもう1つ存在するかの如くそのスキンヘッドは輝いていたと……。鶴田は強くそう思っていたのだった――。

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