第二部 ~黒の捜査線~

02 動き出した捜査線①

 ♢♦♢


~某所~


「――1人確保!」

「黒野! 残りそっち行ったぞ!」

「了解」


 特殊捜査課に新入りの碧木が配属してきて早3ヶ月が経った。

 

 決して差別ってわけじゃないけど、俺よりも年下で育ちの良さそうな女の子が来たときは驚いた。こんな子が特殊捜査課に入って大丈夫なのかと。多分俺だけじゃなくて、皆も思ってたよな? 


「おい、こっちにもサツがいるぞ!」

「構わねぇ! こっちは3人だ!」


 だがそんな心配とは裏腹に、碧木は肝っ玉が据わって根性があった。

 後から聞いた話だけど、どうやら警察学校でもかなり優秀な成績で卒業したらしい。刑事になってからというもの、人を見た目で判断出来ねぇと思い知らされているのに、これだけは何時まで経っても直らないな。


「どけオラッ!」

「邪魔すんじゃねぇ!」


 建物の裏口から必死で逃げている3人の男。路地裏だから通路が狭い。すれ違うのがギリギリぐらいか。手には当たり前の様に刃物を持ってる。それに加え、今盗んできた物でも入ってんのか? 1人の男は季節外れのサンタの如く、何かが入った袋を背負っていた。


 そう。

 俺達特殊捜査課は、ついさっき入った緊急要請で、強盗が起きている現場へと出動しているとこだ。

 

 強盗犯は4人組。今回の犯行はお世辞にも賢いとは言えない。大した計画性も実行力も無ければ運もない。衝動や思い付き、見様見真似の素人犯行だ。


 その証拠に、4人もいるのにまるで連携が取れていない挙句既に1人は確保され、今俺の方へ立ち向かおうと来ているのかはたまた逃げて来ているのか……何がしたいか分からないが、迫って来るコイツらを捕まえるのが俺の役目。 

 

「死ねッ!」

 

 怒号を上げながら、1人の男が持っていた刃物で俺に切りかかる。

 ――シュ……ガッ! ドンッ!

「なッ……⁉」


 こんな事も日常茶飯事。俺はその刃物を躱し、続けざまに相手の顔面目掛け掌底を放った。相手はそのまま吹っ飛び、すぐ横の建物の冷たい壁へと衝突した。


 刃物を人に向けた事がない素人の行動は、大体パターンが決まっているから楽なもんだ。これで取り敢えず1人ダウン。残りの2人も勢いそのままに突っ込んでくるが、それじゃあもう結果は決まっている。


 ――ザッ! ドドン! ガッ!

「……がはッ……」

「どうやって逃げ切る気だったんだお前らは? こんな発想じゃ――」


 ――ズザァッ!

「……⁉」

「こうなるのがオチだぜ」


 1人は鳩尾に入れた蹴りによって蹲り、もう1人は強引に逃げようとたから押し倒し確保。押し倒したそいつの背中の上にいる俺はそのまま手錠を掛けた。


「捕まえたか黒野!」


 丁度片付いたところで、反対側にいた灰谷さんと碧木が駆けつけて来た。


「当たり前でしょ」

「凄っ。1人で3人も」

「ご苦労だったな。相変わらず“勘”が冴えてやがる。コイツらも早く……「灰谷さん後ろッ!」


 蹲っていた1人が急に立ち上がり逃走した。……が、瞬時に反応した碧木がそれを阻止。


「はッ!」


 見かけからは想像できない程力強くしなやかな動き。合気道の有段者らしい。


 碧木は逃走しようとした犯人の腕を掴み見事バランスを崩させた。倒れ込む犯人の上に乗ると、碧木も手錠を掛け犯人を拘束した。


「強盗及び器物破損の罪で署に連行します」

「危なかった~。ナイスだ碧木」

「咄嗟に動けないって事はもう歳ですね灰谷さんも」

「そ、そんな訳ねぇだろ! まだまだ現役だ」


 そんな事を話しているうちに、次々と応援に来た警官達が犯人をパトカーに乗せ連行していった。周りに集まっていた一般の人達もザワついていたが、これで次第に落ち着くだろう。何はともあれ、皆が無事ならそれでいい。


「よ~し。俺達も署に戻るぞ」


 俺達特殊捜査課の仕事はざっとこんなものかな。俺はこの特殊捜査課に来て6年になるけど、勿論今までにもっと危険な目に遭った事は多々ある。いつもスムーズに解決。とはいかないが、最初の頃と比べたら幾らか経験積んでマシにはなっているだろう。


「よく対処したな」

「ありがとうございます。黒野さんにはまだまだ及ばないですけど」


 碧木は本当によくやっている。俺が碧木と同じぐらいの時はこんなしっかりしていなかったからな。芯がしっかりしてて割と人懐っこい。コミュニケーション力が高いっていうのかな。俺とは本当に真逆のタイプだ。まだここに来て3ヶ月しか経っていないのに、もう特殊捜査課の一員として当たり前の様に馴染んでいるし。


「それにしても、よくよね。黒野さんのその“直感”」

「そんな事ねぇよ。 たまたまだ」

「誰も怪我なく済んで良かったですね! 後は帰って報告書まとめるだけです」

「はぁ~、それが1番面倒なんだよな」


 俺にとってはこの報告書が何よりも強敵かもしれない。めんどくせ。このまま直帰したいぜ全く。碧木は報告書まとめるのも苦じゃないみたいだし、何なんだこの子は。しっかりし過ぎていて自分が恥ずかしくなるな。


 でも、碧木が来てからもう3ヶ月も経つのか。

 

 配属初日にまさか“あの事件”を口にするとは思いもしなかった。1つの事件が起こる度に、直接的な被害者じゃなくても、きっとまだまだ俺の知らない所で、苦しんだり悲しんでいる人が沢山いるんだよな。


「早く乗れよ2人共! 戻ってからも仕事溜まってんだから!」

「もっと人増やせよじゃあ」

「そんな簡単な事じゃないですよ。人件費や経費が色々と掛かって大変なんですから」

「何をブツブツ文句言っているんだ若者達」

「文句じゃないっすよ。より良い職場環境の提案です」

「また馬鹿な事言ってるなお前は」


 他愛もない事を言いながら、俺達は車で署へと戻って行った。

 今日も無事終了。

 


~県警察本部~


「――お疲れ様! じゃあ“こっち”の溜まった書類も頑張って処理してね黒野君。私達は帰ろうか明日香ちゃん」


 今日の報告書をまとめて直ぐ、不敵な笑みを浮かべながら藍沢さんはそう言った。

 マジかよ。全然無事終了じゃねぇ。帰れないぞコレ。こんなに溜まってたのかよ。まぁ溜めたの俺だけどさ。


 こうして皆は帰って行った。

 だが俺は、その後この溜まった報告書ともう一勝負したのは言うまでもない。


 くっそぉ! 俺も早く帰りてぇ!


 


 この時はただひたすらそう思っていた。

  

 だってそうだろ? 次の日に、まさか“あんな事”が起こるなんて誰も予想していなかったのだから――。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る